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ルギア

 ジリジリとした夏の日差しを全身に浴びる中、空人(クウト)は暑苦しいフライト用スーツを着て、空人専用のフライト機――ブルースカイの整備が終わるのを待っていた。

「よう、クソガキ。整備終わったぞ」

 いきなり腹立たしい口調で話しかけてくるのは、ブルースカイの整備を行っている会社、スカイ社の社長だ。社長とは言っているが会社自体小さく、社員も十三人しかいない。容姿の方も酷く、元々白だった薄汚れたタンクトップにカーキ色の短パン。昔のアニメに出てくる虫取り少年をそのままおっさんにしたような格好をしていて、社長とはほど遠い。

「本当に大丈夫なのか、おっさん」

 空人の方も社長なんて形だけの肩書きに敬意を払わず、『おっさん』と呼んでいる。

「当たりめぇだろ、クソガキ。それとおっさんって呼ぶな。社長だ、社長」

「お前もクソガキって呼ぶな。海谷(カイタニ)様だろ」

「なんでクソガキに様付けせにゃならねぇんだよ」

 こんな下らない会話をしているが、実はただのおっさんではない。このおっさんは戦闘機の世界シェアナンバーワンの会社、クウィーンズ社の技術開発部から声がかかったほどの腕前を持っているのだ。しかもそれだけではない。空人の父であり、地球帰還軍(バックス)の英雄である海谷星斗(セイト)専用機のブラックスカイも手がけた、とんでもないおっさんなのだ。

 なぜクウィーンズ社を蹴ったのかはいまだに不明だが、その話を蹴ったことが失敗だということは火を見るより明らかだ。

 こんなにスゴイおっさんならさぞかし儲かっているだろうと思われがちだが、実際のところそうではない。儲けているどころか大赤字だ。大きな理由としてはスカイ社の出している「スカイシリーズ」に「乗れない」というクレームが大半を占めていることにある。確かに腕は良いのだが肝心な頭が悪く、尋常じゃないスピードは出るが、まっすぐ飛ぶことすらままならない程の機体バランスで、素人はおろか、プロライセンスを持っていても乗れる人は極僅かだ。

 とはいえ、星斗の機体を作っていたことは大きく、いまだにコアなファンからは「観賞用として」スカイシリーズを買っていく客も僅かだがいるらしい。

「おめぇもデビュー戦だって言うのに緊張しねぇんだな」

 おっさんが不意に声をかけた。

「なんでそんなこと聞くんだ。普通だろ」

「はっはっはっは、答えまで同じでいやがる」

 空人は訳が分からず、首をかしげているとおっさんが懐かしそうに空を見上げた。いつもならいい歳して格好つけたおっさんに突っ込みを入れているところだが、嬉しそうなその顔を見ていると不思議と突っ込む気は失せた。

「さすが親子だな。お前の親父も新人のクセして数多の戦場をくぐり抜けてきたような猛者の目ぇしてて、最初は新人かどうか疑ったモンだ。俺も何十人と新人を見てきたが、お前ら親子ともう一人の三人だけだ、最初から勝つ気でいやがる奴ァ」

 もう一人、というのが気になったが、おっさんは馬鹿笑いしながらどこかへ行ってしまって聞きそびれてしまった。


 ようやく準備が整い、他の選手もスタートラインに機体を並べ始めた。空人もそれに続き指定の位置に機体をセットする。と言っても空人がセットしている訳ではなく、スカイ社の社員が専用の機械を使って動かしている。

 今日エントリーする機体すべてがラインに並び、選手達が控え室に入ると、それを待っていたかのように男のアナウンサーが実況を始めた。

「今年もやって参りました。第二十三回ニューフライヤー杯」

 アナウンサーテレビでお馴染みの言い回しでだらだらと話し始めた。開始までの暇な時間を埋めるためとはいえ、もっと他に面白い話題はないのかと空人は思うのだが、アナウンサーはテンプレート通りに進行していく。

「そして、今回もっとも注目の選手、海谷空人選手です。海谷選手はなんとあの英雄、海谷星斗(セイト)の息子ということで、今大会の注目を得ています」

 続いて、空人の顔写真が大画面に映し出された。

 会場はなんだか盛り上がっているようだが、空人本人にしてみれば恥ずかしいだけだ。

 恥ずかしさを紛らわすためか、別のことを考えていると、ふと(ソラ)のことが頭に過ぎった。見に来てくれているのか気になったが、今の空人にそれを確かめる術はない。見に来てようがいまいがやるべきことは一つ。勝つことだけだ。

「必ず勝つ」

 そう小さく呟くと右手の拳を握りしめ、様々なフライト機が並ぶラインにポツンと存在する青一色でペイントされた機体――ブルースカイに目を向けた。

 ブルースカイとは、ブラックスカイの後継機に当たる機体だ。その名の通り機体は空のように透き通った青でペイントされている。

 形はとても奇妙で、機体の先端が鳥のくちばしのように下に向かってカーブしていることから、本人は嫌っているらしいが「ブルーバード」と呼ばれていたりする。また、両翼の形も他の機体とは全く異なっている。本来はフライト機というのは両翼をある程度広くし、垂直方向への空気抵抗を大きくすることで、重力のある空間での飛行を可能にしている。

 だがブルースカイはその常識を思いっきり覆している。両翼の面積は通常の機体の三分の一以下で、おまけに羽を取り付ける角度が急で、極限に空気抵抗を受けない構造になっている。上から見るとちょうど「A」のようにも見える。

 空気抵抗を受けないということは、その分抵抗がなくなる上に機体も軽くなるため、自然と最高速度は上がる。しかし、空気抵抗がないということは同時に機体バランスも悪いということでもある。羽が広ければ多少バランスを崩しても、空気抵抗が影響して急に傾いたりすることはない。だが、ブルースカイの場合、抵抗がほとんど受けないため少し傾ければその方向に過度に傾くということである。

 そんな"あり得ない"機体を操縦できるのは、空人以外いないだろう。そういった点では、父親である星斗と似ているかもしれない。


「まだ試合始まらないのかなぁ」

 一方観客席では、やかましい男のアナウンサーのトークにうんざりしている一人の少女がいた。

 肩まで伸びた人口では決して作れいないような綺麗なクリーム色の髪の少女、山城(ヤマシロ)桜花(オウカ)は、先ほどから最前列の特別招待席で頬杖をついて、幼馴染みの活躍を今か今かと待っていた。

 実を言うと桜花は二時間以上前からこの席に座っていた。彼女が几帳面な性格なため余裕を持たせようと一時間前に家を出たが、同時に天然でもあるため、どこをどう時計を読み違えたのか、予定より一時間――つまり、予定より二時間も早く家を出てしまった。ついでに予定よりも早く着いてしまうというさらなる不測の事態が重なり、このような状況になっている。

 長い間退屈な時間を過ごしたことを男性のアナウンサーのせいにするのは筋違いではあるが、桜花の失態を考慮した上でも退屈であることには変わりがない。

「ねぇ、早く始めるように言って来てよ」

 そう無茶苦茶な依頼をされた特に何の権力も持たない百八十センチを超える長身に今時珍しい黒髪の少年――(カンナギ)(ヒジリ)は、無力な少年らしい返答をする。

「いやいや無理だよ。試合までもう少しだし、待とうよ」

 その返答に納得がいかないのか、つまらなそうに一列に並べられたフライト機達を眺める。

「あのさ、空人の"ひこうき"ってどれ?」

 聖はビックリしたように彼女に視線を向けるが、本人はいたって真面目らしい。幼馴染みの機体を知らない桜花にも驚いたが、フライト機を"ひこうき"と呼んでいるところにも驚いた。

「空人のは右から二番目の青い奴だけど……。もしかして、フライト機についても全く知らなかったりする?」

「ふらいとき……あぁ、知ってるよ? テレビでよくやってるじゃん」

 確かに彼女の言う通り、フライトについての扱っているテレビ番組は少なくない。だが、彼女の言っている「知っている」と彼が言う「知っている」に微妙どころかとんでもないズレがある気がするのは、間違いではないだろう。

 ここで聖は思いきってある質問をぶつける。

「フライト機って何で動いてるか知ってる?」

 小学生でこの質問の答えを知らない人はいるかもしれないが、それも極少数だ。高校生ともなれば、もはや一般常識の部類に分けられても何の不思議もない。

 だがこれに対しての返答はとんでもないものだった。

「え? 酸素?」

 聖は一瞬、ホワイトアウトしそうになったが、何とか持ちこたえた。

「そんな訳無いでしょ。ただでさえ酸素が限られてるのにそんなことしたらこのコロニー内の人全員が酸欠で死んじゃうじゃん」

 コロニーでは地球と違って使用できる場所がかなり限られてくる。人が住むスペースも視野に入れつつ、酸素を生み出すスペースも作らないといけないため、どうしても酸素は最低限のスペースに収められる。そんなところでフライト機という娯楽遊びをしていたら、一週間で酸素が空になるに違いない。

「え、違うの? じゃあなにぃ?」

 本当に、本っっっっ当に真面目な顔で聞いてくる様子を見て、聖は改めてこの少女が天然なのだということが分かった。

「『ルギア』だよ、『ルギア』」

「ああ、聞いたことあるかも」

 聖は少しため息をつき、説明を続ける。

「正式には『L.U―gear』と言って、このエネルギーを実用化したLudger(ルートガー)Urmersbach(ウルメルスバッハ)博士のイニシャルのL.Uに歯車って意味のギアの二つをくっつけたことが由来らしいよ」

 うんうんと首を縦に振り、興味津々に聞いている桜花にもう一つ質問をしてみた。

「じゃあ、ルギアが千五百年くらい前までなんて呼ばれてたか知ってる?」

 悩むそぶりも見せずに、

「知らない!」

 今時小学生でも知ってるのに、と心の中で呟き、少し面白そうに答える。

「魔力だよ、魔力」

 桜花がまた質問を返そうとした時、会場からは歓声が上がった。

「お、始まったみたい」

 聖はそう言ってラインに並ぶフライト機の群れへ視線を向けた。

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