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第10話「萌芽の森」

更新滞ってました。無事に国家試験(笑)合格できたので、またぼちぼち執筆します。ただ最近デッサンにも嵌ってスケッチブックに鉛筆カキカキしてるので、頻度は分かりません。ブクマ登録&高評価して下さるとモチベ上がるんですけどね。|ω・`)チラッ

 迷宮第一階層は、萌芽の森と呼称されている。

 その由来には、この階層が新緑に恵まれているという逐語的な意味合いもあるが、中堅冒険者以上なら肌身を以て実感している別の理由がある。それは下階層で朽ちていく冒険者や魔物の血肉を吸い上げて、第一階層の新緑が形成されているという仮説であり、不規則に生成される宝箱に入ってる魔道具も、迷宮の養分となった冒険者の元装備品なのではないかという疑惑である。

 しかし、確かめる術はない。大昔、迷宮探索に挑む冒険者の装備品に特定の目印を付けることが義務化された時期もあったようだが、結局何の成果も得られなかった。

 そのため、研究機関も迷宮の解明ではなく、専ら魔道具の原理解明に舵を切ってしまった。迷宮都市が重商主義から資本主義に移行しつつある現在、連動してより利潤率の高い産業分野に偏るのは当然と言えば当然の帰結であったが。


 また話を戻すと、萌芽にはもう一つ意味込められている。

 それは新緑の芽吹きが転じて物語の始まりという意味であり、迷宮という死の渦に吸い込まれる冒険者(レミング)たちにとっての序章を指している。

 多くの駆け出しにとっては、たとえ迷宮の恐ろしさを口煩く聞かされていても、想像の範疇かそれ以下と高を括るのが、この第一階層なのである。もちろん、そう錯覚させるのは迷宮の思惑通りなわけで、迷宮の狡猾さにはつくづく畏怖すると言えよう。


 さて。広大な第一階層であるが、収容所(パノプティコン)含めて人類の研究施設は、地上出入口付近に密集している。

 第二階層に続く通路へ歩みを進めるほど魔物との遭遇率は高まり、迷宮の狡猾なトラップや強敵も増えて危険性が跳ね上がるのだ。

 迷宮では油断をした者から死んでいくのが定石である。

 確実に人類の生存圏から離れていくフランツ一行にとって、それを理解できない者はいなかった。


「よし、今日はここで一夜を明かそう」

「はーい」


 フランツ一行は雑木林の林冠が途切れた空間(ギャップ)を見つけ、ほのかに夕日が差し込む頃合いを見計らって野宿の準備を進める。

 初日の移動距離にしては上々であったし、暗くなってから準備を進めるのは危険だからだ。

 第一階層とはいえ、ここは迷宮。

 周囲には獰猛な魔物が潜み、いつ襲おうか此方を入念に窺っているかもしれない。

 慎重に越したことはないのだ。

 そのため、夜間の過ごし方は生存に直結する最重要項目であった。

 例えばテントは狭く窮屈だが、みなで身を寄せ合って寝た方が良い。充分な安息ではないが、何かあった時に後悔するのは自分たちなのだ。どうせ迷宮にいる限り、真の意味で安息などないのである。

 それに、見込みがあるとはいえ、新入りのファム少年にも迷宮の厳しさを実感してもらうべきだろう。

 貴族階級の生活がどうであるかフランツには知る由もないが、別に身を寄せ合って寝ることで、あわよくば彼にお触りしたいなどと邪な考えはない。シャルロットであるまいし。

 フランツはそうした邪念を振り払うと、荷物を下ろして率先して準備を行う。慣れたもので、仲間たちも各々が指示なくしてテキパキと行動するが、ファムだけは勝手が分からずシャルロットに教えてもらっていた。

 ふん。冒険者たるもの指示なくして動かねば。この辺はまだまだ子供だな。まあゆっくり教えてやればいいか。

 そう思って目尻を下げるフランツであったが、結果として彼女はファム・ファタ―ルという魔法使いに驚嘆することになる。


「じゃあ、僕は簡易防壁でも創ってみますね」

 

 彼はそう言って膨大な魔力量を活かし、土魔法を遺憾なく発動させると、ものの数分で分厚く背丈の数倍はある土壁を形成してしまった。

 おまけに歪んだ地表を整地してテントを建てやすくしているし、防壁の内側から外を窺えるように窓枠まで設えている。

 なんて出鱈目な魔力の出力量だろうか。私は規格外の状況に、思わず唖然としていた。


「ほほほっ。これは驚いたわい」

「マジかよ」


 これには長年共に迷宮へ潜っているラクラウとイブも同様の反応であった。

 シャルロットだけは、ファムくん凄いねぇ偉いねぇと言って平然と抱きしめていたが。


「あ、せっかくなら小屋も創ってみましょうか?」

「え、いや。それは構わないが、魔力は枯渇しないのか?」

「はい!全然大丈夫ですよ」 


 夕焼け照らす中、灰色の瞳をキラキラ輝かせた少年は存分に魔法を行使する。

 私の許可を得てパーティに貢献出来ているのが余程嬉しいのか、単純に魔法を遺憾なく発動させられることが嬉しいのか定かではないが、いずれにしても末恐ろしい才覚であった。

 あー、うん。そっかそっか。まあ大丈夫ならいっか。

 未だに目の前の現象が信じられず、自分の常識の範疇をはみ出た理に思考が追いつかない。

 あれ、魔法が強力なのは周知の通りだが、魔法とは火炎球を飛ばすとか、刹那的な単発攻撃が中心なんじゃなかったっけ?こんな圧倒的な質量を動かせるもんだっけ。


「まあ、迷宮都市にいる平民出自の魔法使いと、本家本元の宮廷魔法使いの血筋を比較するもんじゃないってことかのう」

「……ああ、そうだな。もしかしたら上位冒険者の中には、あんなことできる連中もいるのかもしれないが、手の内は隠すのが冒険者の基本だからな」

「文字通り、住む世界が違うというわけか」

「ははっ、言えてるよ」


 大人陣が苦笑と自虐を交えた雑談に耽る中、ファム設計士の新築一軒家が完成した。

 多少時間を掛けた甲斐あって、小屋は岩石で出来ており頑丈そうな造りであった。これなら雨風や敵襲の初動も防げるうえ、5人が寝るには十分すぎるスペースだった。

 そんな大自然に囲まれた完成ほやほやハウスに一番乗りするのは、当然はしゃいだ子供であると相場が決まっている。


「わはははッ!今日はパーティだぜ~!」


 案の定、イブが特徴的なギザギザ犬歯を剥き出しにして、小屋に吸い込まれていった。彼女も迷宮探索の経歴が長く危険性は熟知しているはずだが、内なる子供が打ち勝ってしまったようだった。

 真っ白な尻尾も耳も元気に天を向いている様子を見ると、すっかり調子を取り戻したようで何よりではあるが。


「ここ、迷宮だよな?」

「そうじゃな。迷宮じゃな」

「ささ、早く入ってくださいな」


 仲良く感覚が麻痺しそうな大人たちを他所目に、若き魔法使いは内覧を勧めてくる。

 その背中にはセクハラ僧侶がピッタリとくっ付いており、嬉しさと誇らしさと感動が入り混じったのだろうか、相変わらず気持ち悪い笑みを浮かべて少年の身体をぺたぺたと触りながら、中へどうぞどうぞと同調している。

 もはや突っ込む気力も起きない私たちは、勧められるがまま入室し、淡々と食事を済ませると足早に床に就いてしまう。

 他方、イブやシャルロットは少年にべったりで、他にどんな魔法が使えるのか、貴族生活はどんな環境なのか等々、夜更けまで問いただしていたようだったが。


 その晩、私は初めて迷宮で熟睡できてしまった。

 


---



 翌朝、魔物の住処にならないよう小屋を取り壊して、私たちは出発する。

 イブは名残惜しそうにヤダヤダ残しておくんだと駄々を捏ねていたが、ファムにまた創ってあげますよと言われたら大人しくなった。現金なやつだ。

 その後は適度に魔物と遭遇したが、通常よりもかなり少ない頻度であった。

 ラクラウと雑談をしながら考察を交わしたが、おそらく体外に漏れ出すファムの魔力を魔物が感知しているのではないかと仮説を立てた。

 冒険者組合の研究報告書によると、魔物は一般的な生物同様に目視や嗅覚といった五感で対象物を認識しているが、中には魔力探知で此方の動きを察知する種族や個体もいるらしい。

 第一階層の魔物はそうでもないが、たしかに下層の強力な魔物は目視では追えないはずの攻撃を躱すことが往々にしてある。

 並外れた身体能力はもちろんのこと、不思議な第六感があるものだと思っていたが、あれは微量ながら事前に漏れ出てしまう闘気や魔力の出力の揺らぎを見ていたのだろう。そこから動きの推測を立てることが可能というわけだ。

 もっとも、人間であれば優れた戦闘センスが要求されるが、魔物なら野生の勘で容易にこなしてしまうものだからタチが悪い。


「ふむ。仮に小僧の魔力オーラが魔物除けになっているとしてじゃ。第一階層の魔物なら好都合じゃが、下階層だと逆効果になるかもしれんのう」

「む。どういう意味だ?」

「そのままの意味じゃよ。弱き魔物は自らの摂理を知っておる。だが強き魔物はより好戦的に強者に向かってくることもあると思うての」

「———つまり、下階層では魔物を寄せ付けることになる、と?」

「うむ。あくまで仮説じゃがな」


 ラクラウが恐ろしい推論を立てるが、魔物の特性を考えるとあながち否定できない。

 もし仮説が当たっていたとしたら、序盤は進みやすく、中盤から終盤にかけて難易度が跳ね上がることになる。

元々の迷宮の性質上そうなのだが、魔物との遭遇率まで跳ね上がるのは計算外だ。

 むしろ下階層の強力な魔物こそ、戦闘を避けるように探索を進めるが定石だというのに。帰還率に直結することになってしまう。行きはよいよい帰りは怖いというやつだろうか。


「———第四階層、いや第三階層までの課題だな」

「ああ、それまでに一定の結論と対策を講じておく必要があるじゃろうな」


 ラクラウとの相談は一旦そこで終わった。

 まったく。これだから規格外な強者はいけ好かない。フランツは無意識に唇を噛んだ。

 彼女の大嫌いなものは天才と強者である。士官学校で嫌という程思い知ったことであるが、自分は凡人だ。だがそれは良い。自他ともに認めるところである。

 しかし天才と強者には、厄介事がその存在に惹かれて常に寄ってくるのだ。文句の一つも言ってやりたくなるが、大体凡人はその恩恵を受けているため何も言い出せない。

そのうえ、その厄介事と現実的な問題の擦り合わせに苦難するのが、いつだって凡人である彼女の役割だった。

 考えるだけで頭が痛くなってくる。


「えへへ。ファムくんは本当に可愛いねぇ。頬っぺたぷにぷにしちゃうぞ☆」

「もう、やめて下さいよ。ここは迷宮なんですから」

「え~、でも本当は嬉しいでしょ?だってこんなに触っても嫌がらないしさ」

「おい、ズルいぞッ!俺にも触らせろよぉ」

「ダメですぅ。イブはちゃんと索敵と罠感知に徹して下さい~」

「ぐぬぬぬ」


 パーティ後方からは脳内ピンクの甘い声音が漂っており、先方からは悔しさの涙を流しそうな唸り声が響き渡ってくる。おまけに彼女らの対照的な声は共鳴し合い、それは図らずともちょうど中間に位置するフランツの蝸牛へと誘われる。

 その瞬間、それは彼女の何とも度し難い苛立ちのボルテージを爆発させるに至ったのだった。


 お前らッッ!いい加減にしろ!!!

 私だって可愛い少年にベタベタ触りたいし、あわよくば手を繋いでキャッキャウフフしたいわ!!だけど立場があるから泣く泣く汚れ役やら頭脳役やってンだわ!ちょっとは私の身を考えろバカ女共!!!


 そう、叫び喚き散らかせたらどれだけ良かっただろうか。

 冒険者の迷宮での死亡率は高いが、その内訳を分析した統計によると、驚くことに仲間同士の不協和音が直接的にも間接的にも少なくない原因を占めているという。

 この研究報告から導き出される結論は、揉め事なら迷宮外でやれという教訓である。

この場でリーダーである彼女まで感情的になってしまうと、いよいよ収拾がつかなくなってしまう危険があった。

 

「フゥ、フゥ、落ち着け私。冷静になれフランツ。そうだ、私は大人だ。良識ある健全な大人なんだっ」

「———お前さんも大変なんじゃな」


 隣を歩くラクラウに宥められるが、フランツはもう泣き出したい気分であった。

 もちろん、なんで自分ばっかりと思わなくもないが、不幸体質なのは今に始まったことではなかった。

 苛立ちや怒りに身を任せて行動し、事態が好転したことなど一度もないのだ。いつだって、彼女が誇れるものは忍耐強さと努力だけだった。

 フランツはそう思い返して冷静な自分を取り戻すと、極めて理性的に場を戒め、警戒を怠らなかった。迷宮では貴重な煙草に早速手を出してしまったが、必要経費だろう。味がほのかにしょっぱいのは内緒だが。


 そう。なにせ、ここは危険な迷宮なのだから。

 少しの油断や不協和音が命取りになるのだ。



---



 迷宮に潜って数日が経過した。

 一行は順調に第一階層を行進していたが、岩肌剥き出る峠道で狗頭鬼(コボルト)の群れに遭遇した。

 今回の探索、魔物との遭遇率は著しい低記録を叩き出していたが、群れとなると勝手が異なるようである。ファムの魔力オーラを探知はしているものの、集団は個に恐れないということだろうか。

 対して今までパーティの紅一点に埋もれていたファムであったが、もはやただチヤホヤされるだけの存在ではなかった。場数こそ少ないものの、これまでの戦闘で若干の経験を積んだことで、彼は恐ろしいまでの成長を見せていた。

 もちろん最初は、魔物とはいえ生命を殺生することに抵抗感があったようだ。一回目の戦闘では、攻撃ではなく味方との連携を学び、二回目の戦闘では魔物の動きを拘束することで支援に努めていた。

 しかし三回目の戦闘でいよいよ覚悟が出来たのか、彼は酷く冷たい表情で魔物を屠るようになっていた。まるで、せめて苦しまないよう一撃で絶命させることを信条にしているかのように。

 そして、その信条は今回も例に溺れなかったようだ。

 

電磁砲(レールガン)


 ファムは小石サイズの金属塊を生成すると、初心者魔法使い用の短い魔法杖に左手を添える。

 そして電極に見立てたその二極から青白い電流を流すと、対象目掛けて金属塊を超高速で射出した。


「グポッ」


 着弾の瞬間は誰も見えない。

 ただ結果として一体の狗頭鬼(コボルト)の頭が一瞬にして爆ぜたという事実が、その場にいた者が唯一認知できたことであった。

 ファムは『電磁砲(レールガン)』が有効だと分かると、それよりも威力が低減するが連射可能な別の魔法に切り替える。


岩石砲(ストーンキャノン)


 まだ呆気にとられる狗頭鬼(コボルト)たちであったが、この時点でようやく何者かから攻撃を受けたのだと認識し始めた。

 対してファムは、今度は魔法杖の先端に拳大の岩石を生成すると、前方へ勢い良く投射する。


「ボッ」

「ボッ」

「バンッ」


 堅く質量がある物質同士が衝突し、乾いた破裂音が一面に響き渡る。

 当たり所によっては人体の水分が爆ぜるような炸裂音に切り替わるが、大した違いはない。

 突然の出来事に逃げ惑う狗頭鬼(コボルト)たちを、ゆっくりと確実に一体ずつ仕留めていくだけだ。

 中には起伏激しい岩肌に隠れる個体もいたが、その場合は『電磁砲(レールガン)』に切り替えて岩壁ごと抉り取り始末していった。

 戦闘とは命の取り合いであり、些細な油断や憐みが自分の命を危険に晒すのだ。

 やるなら徹底的に、神への祈りは戦闘後に捧げろ。それが冒険者としての心構えだとラクラウに教わったことだった。


 狗頭鬼(コボルト)たちは、体躯こそ人型だが頭蓋は醜い狗そのものである。そうでなくとも魔物である彼らの感情は読めないが、この遭遇は彼らの殲滅に終わった。

 戦闘は淡泊だった。



ーーー



 峠を越えると、迷宮入口付近とは明らかに雰囲気が異なっていた。

 第一階層の序盤では森林や草原がメインフィールドであったが、この中盤以降では蒼穹と碧海が果てしなく広がり、島々が点々と浮かんでいた。


「……海、ですか。相変わらず迷宮とは人智を超えてますね」

「ああ、第一階層はここからが厄介だぞ。魔物の毛色が一新され、単純な力量だけではどうにもならん」

「どういう意味ですか?」

「迷宮の本番ということだ。狡猾で人智の範疇を外れた化け物が潜む、死との闘争の始まりだ」


 フランツに訊ねるも、抽象的な回答しか返ってこなかった。

 パーティの皆の表情も険しく、明らかに先程までの余裕がない。

 しかし、その理由はすぐに分かることになった。

 

 峠道を下り、島々へと出航するために海岸を歩いていたときだった。

 見渡す限りの青一面、生い茂る木々から蟲の囁きや小鳥の囀りが聞こえており、まるで真夏の瀬戸内海を想起させていたが、遠方に見える湾岸に独り佇む人影が見えた。

 強い日照りに蜃気楼がかさみ、その顔や背格好など仔細は定かにならない。

 その人影は黒っぽく、呆然と海の彼方を眺めているだけだった。

 佇まいは至極普通、潮風香る豊かな自然に黄昏る気持ちは分からなくない。

 しかし、何かに強烈な違和感を覚えた。

 何かがおかしかった。


 その違和感に気が付くのと、先頭を歩くイブが合図するのは同時だった。

 そう。この危険な迷宮に「独り」で佇んでいたのだ。


「イブ」

「ああ、分かってる」


 フランツが合図すると、イブは懐から小型の無線機のようなものを取り出した。

 どうやらそれは、近辺の対象を定めて音声を拾うという偵察用の魔道具であった。

 彼女は注意深く体勢を屈めて人影にゆっくりと標準を定めると、幾分の操作を加えて耳に当てた。


「…フランツ、残念ながら当たり(クロ)だ」

「ああ、やはりか。心が折れた新人冒険者なら救いがあったんだがな」


 彼女たちは人影から目を離さず警戒を強め、淡々と言葉を交わす。

 いつもじゃれ合っているイメージが強いだけに、事態が緊張していることが分かる。

 だが、具体的なことは何も分からなかった。


「ちょっと待ってください。一体何が起きてるんですか?」

「おいっ、静かにしろ。バレるとめんどくせェんだよ。……まあ実際に聴いてみるのが早ェからよ」


 イブはそう言って、視線を前に向けたまま無線機を渡してきた。

 俺は受け取った魔道具を、恐る恐る耳に当ててみる。

 すると、雑音交じりにブツブツと途切れた無機質な音声が聞こえてきた。


「……助けて下さい。この魔物に殺されます。助けて下さい。この魔物はおかしいです。助けてください。この島はおかしいです。助けて下さい―――」

「なッ…」


 無線機からは、呻くような不気味な声で、言葉を単調に反復する音が聞こえた。

 それは「声」であるはずなのだが、声と表現するには妙に人間味がせず、何か靄がかかって掴み所がなかった。

 ふと、フランツが初めに言った言葉を思い出す。

 ここからが迷宮の本番だ。狡猾で人智を越えた化け物が潜むと。


「―――ッ」


 その途端、背筋に寒気が走るのを感じた。

 狗頭鬼(コボルト)のように、魔物とは既に対峙している。意思疎通ができず、自分と同じような体躯の敵が襲い掛かってくる恐怖は、生命が脅かされるという本能的な恐怖を味わう。

 しかし耳元で囁いた無機質な音は、眼前の人影を得体の知れない怪異として認識させるには充分だった。

 何より人面樹(トレント)狗頭鬼(コボルト)も魔物であるが、生きているという点でまだ可愛げがあった。命の取り合いをしているのは迷宮だけでなく自然界も同様であり、不思議と馴染み深いものである。

 だが今回はその重みが却って、この怪異の形容しがたい恐怖を一層引き立てていた。

 生きているのかも分からず、命の取り合いをするのではなく、一方的に命を危険に晒される感覚。

 襲撃に関わらず、存在自体が根源的な恐怖に触れるようなの不気味な感じがする。


 たぶんこれ、同じ魔物として分類してはいけない存在だろう。


「シャルロット、頼む」

「はい、お任せください」


 青ざめる俺を他所目に、シャルロットは付与魔術(エンチャント)を皆に掛ける。

 それは認識阻害の魔術であり、此方から目立つように物音を立てない限り、敵に認識されにくくなる。

 魔力消費が激しいため連発できないが、使い所を渋るのも冒険者にとって命取りになるのだ。


未解影(アンノウン)に出くわした時は、見つからないことが最優先じゃよ」

「アン、ノウン?」

「その名の通り、奴らの正体は分からん。ただ経験則として分かるのは、何もない場所に突如出現したと思えば、生者の真似事で獲物を誘き寄せるんじゃ。もちろん、ブツブツと呟く言葉に意味などないぞ。あれは、そう音を出せば誘き寄せやすくなると学習しているだけじゃからな」

「……怖すぎません?」

「そう、気味が悪いから戦わないの」


 シャルロットが付与魔術を掛け終わると、俺たちは足早にこの場を去った。

 未解影(アンノウン)は誘き寄せた獲物を殺すことが多いが、獲物を取り込むこともあれば、逆に憑依することもあるらしい。そして、取り込んだ生者の情報を読み取って、奴らは新たに言葉を学習するのだ。

 また、憑依された生者の状態は千差万別だという。

 次第に様子がおかしくなり、主に人間性の喪失に至ることが多いが、全く症状が出ないこともある。

 厄介な点は直ちには変化が生じないことであり、いつ憑依の症状が表出するか分からない爆弾を抱えてることになることだ。

 実際、先に見た収容所(パノプティコン)には、憑依された症状なき冒険者が一定数在籍しているという。それも万が一の暴発に備えて、地表の都市に被害を出さないため強制的に。

 迷宮都市にとって、地表に魔物が溢れ出ることの外部不経済がそれだけ凄まじいと予想できる。

 だからこそ、未解影(アンノウン)は特に危険な魔物であり、不気味さから忌み嫌われているのだ。

 改めて、迷宮の恐ろしさに胸が締め付けられる。


「この先、こんな怪異を相手にしなきゃいけないんですか…?」

「もちろん。今後はこんな怪異がうじャうじャいるからな。時にはやむを得ず戦闘もある。改めて、そんときぁ、期待してるぜ」


 既視感あるイブの期待が降り注ぐ。

 彼女は前回と異なり真剣な表情で言っており、冗談でもないのだろう。

 今回は俺も引きつった苦笑いしかできなかった———。

 


 さて第一階層、萌芽の森の由来についてもう少し語ろう。

 「萌芽」の由来は、冒頭で述べた通りである。

 では「森」の由来は何か。逐語的に森林を意味するのか。

 それは半分正しく、半分間違いである。ここでの森とは「杜」を指しているのだ。


 杜には、門や戸を閉めるという意味がある。 

 例えば、神社は神様の居場所とされ、人が住む世界とは異なる空間と見なされているが、神社を囲む形で植えられている木々はこの杜に該当する。

 つまり、ここから転じて、杜には「この世とあの世の境目を示す門」の意味があるとされる。

 

 迷宮第一階層「萌芽の森」は、あの世への入り口であった。

 ここから先、敵を魔物と言うべきか怪異と称するべきか、俺は結論を出せずにいた。



迷宮内部、ありきたりな魔物出すテンプレルートも一度描いたんですが全消しました。異世界ファンタジーモノに、SFミステリー的な不気味要素を入れてみました。

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