第11話 テンガイ・治まらぬ憤怒と怨み!
それからというもの、相手のことを知っておきたい、自分の世界のことをより知ってもらいたいと考えた健は、誘波により異世界監査局の異界技術研究開発部――そこの第三班班長を務めるアーティ・E・ラザフォードのもとへ案内された。
「えーと。あなたがアーティさん?」
健が想像していた『アーティ・E・ラザフォード』という人物像は、白峯とばりのような快活で美しい大人の女性だった。しかし違った、実際の彼女は明らかに自分の背丈より大きい白衣を引きずっている、一見すれば小柄で不健康そうな金髪美少女――だったのだ。女性だとは聞いていたのだが、こうもイメージも違っていたとは……。健は内心、半分喜び半分がっかりしていた。
「あー、如何にも。私がアーティだが」
「……僕よりちっちゃいんですね」
「あー、貴様は二メートル越えの巨人女が好みなのか? 貴様よりでかいとなるとそうなるぞ。それともなにか? 背が高ければ偉いのか? 確かに高ければ有利なこともあるだろうが、それは低いことにも当て嵌まる。そもそも今ここでその質問をする意味はない。違うか? 違うなら貴様の意見を聞いてやる」
「へへ。そりゃあそうですけどもぉ」
健の言葉がカンに障ったのか当のアーティからはふてくされた顔をされたが、健は笑って愛想よく振舞いごまかした。同行していた誘波はいつも通りに微笑んでみせた。
「あー、それで私に何の用だ?」
「タケちゃんと交戦した異世界人――ウツセミ・テンガイについて調べてほしいのですがぁ……アーちゃんなら、出来るでしょう?」
「あー、任せておけ。そんなの新しいツールやプログラムを組むより簡単だからな。例の虹色水晶の調査と並行しても問題ない」
「本当ですか? いやー助かる! 相手のこともっと知っておいたほうがよさそうなんで、お願いしますね!」
「あー、ただし、調べられることは限られるぞ」
健はアーティにお辞儀をして、テンガイのことを調べてほしいと頼み込んだ。――次の段階に進むにはしばらく待つ必要がある。周りはやけに機械的で近未来的なものを感じさせるが、健にとって時間を潰せそうな場所はあまりない。アゴに指を当てて健は困り顔をして思案を巡らせる――。
と、そうしているうち、健はうしろから誰かに肩を叩かれた。唇を細め、気になって振り返ってみるとそこには、メガネやサングラスをかけた痩せぎすの男性や、横に太い体格の男性、男女の健全なおつきあいよりも同性同士の深く熱い友情が好きそうなオタク風の女性などから構成された――科学者たちのグループがニヤニヤと笑いながら待っていた。
「君かえ~? この前コッチに飛ばされたっていう異世界人は」
「そうですが、僕の名前は――」
「東條健さんっしょ? 誘波さんたちから君のことはいろいろと伺ってるギョエ」
「す、既に僕のことご存知でしたかっ!」
「でもオイラたち、君が住んでいた世界のことをもっと知りたいんだなー。しっぽりお話聞かせてくれない? 答えは聞いてないんだな」
「は、はーい」
科学者たちに質問の嵐でまくしたてられ少し戸惑いながらも答えることとする、健。その笑顔は苦そうだった。
――それから、しばらく経ち――
「ロボットの武器はどういうものが好きだっけェ?」
「定番のビームサーベルとかビームライフルとかはもちろん好きですけど、盾のついたキャノン砲なんかもシブくて好きかなあ!」
「ゲームは得意ぞえ?」
「まあまあ、中級者ってところかな」
「お、お母さんは美人?」
「美人じゃ足りない、女神さまと呼ぶにふさわしい!! 姉もいますけどそっちも……上玉!!」
「えーと、おっきいほうと小さいほうとどっちが好きなんだなー?」
「何を言ってるんです、どっちもに決まってんだろォ!!」
すっかり雰囲気になじんだようで、戸惑っていた健は科学者たちの質問に対し流暢に答えるまでになっていた。本人からしたら認めたくないことだろうが、ここまで波長が合っていることを見ると案外似た者同士なのかもしれない。
「あー、貴様らどけ。邪魔だ」
「「「「「「あっハイ!!」」」」」」
そうしているうちにアーティが、USBメモリと書類を綴ったリングファイルを持って健の前に現れた。ほかの研究者連中を鬱陶しそうに払ってから、健の顔を見上げた。
「あー、待たせたな。貴様に頼まれていたことをたった今済ませてきたところだ」
「アーティちゃ……さん?」
「今、ちゃんって言いかけたろう。これだから背の高いやつは……」
「うッ」
愚痴をこぼしながらアーティは健へファイルとUSBを差し出す。
「あー、それにはテンガイに関することをまとめてある。ただし憶測の域を出ない不確定な情報は載せていないからそこは口頭で話すぞ。ファイルを見ながら聞け」
「はい」
「あー、ウツセミ・テンガイ。格好などから察するに、ヤツは恐らくかつて東洋に似た文明圏を持つ世界に住んでいた」
「住んでいた? まさか……」
ここでアーティに今思ったことを質問したらふてくされた顔をするだろう。そう思った健は質問をせずファイルを読み進めた。
「あー、ヤツの現れた場所から採取した僅かな情報を分析した結果……ヤツの世界は滅んだ可能性があることがわかった。これは推測だが、その世界の『守護者』――こちらでいう監査官、ラ・フェルデの聖剣士、貴様の世界では『エスパー』だったか――が、何らかの事情で世界を守れなかったのかもしれん」
「そうか……それであいつ……」
健はアゴに手を当ててやるせない顔を浮かべる。それを見たアーティは怪訝な顔で、健を見上げる。
「あー、貴様どうしたんだ。テンガイに同情でもしたのか?」
「いや、どうして監査局を怨んでるようなこと言ってたのかなって」
「あー、ヤツの住んでいた世界が滅んだかどうかは定かではないし、まだ推測の段階を出ていない。無闇に相手に同情するのは良い傾向とは言えないな」
「……」
非情になれということか、と、健は思い、沈黙。アーティはため息を吐いて健を鬱陶しがるように、「あー、もう用は済んだだろう。いつまで突っ立ってる」
「そうですよぉタケちゃん。ここにいては気持ちの整理もつかないと思いますし、私の屋敷に戻りませんかぁ?」
「!?」
法界院誘波。どことなくシリアスな空気を破壊しながら彼女はまた、突然に姿を現して健を驚かせた。付き合いの長いらしいアーティはクールな様子で然程も驚いてもいない。健だけ口をあんぐりと開けていた。
「うふふ、そんなに口を開いちゃって可愛いですねぇ。驚きましたかぁ?」
「慣れましたァ」
苦笑いして見せた健であるが誘波にかかれば何を考えていたかお見通しであり、「いいんですよぉ強がらなくても」と健の肩を叩き、優しく声をかけた。
「それじゃあ、私たちはこれで帰りますねえ」
「テンガイについて調べてくださってありがとうございましたーッ」
用も済んだので、誘波は健を連れて自宅である和風屋敷へと転移する。いなくなったのを確認したアーティは、「あー、人は好いが邪魔くさいヤツだったな」とつぶやいて、健のことを彼女なりに評価した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それは、健と誘波が和風屋敷へ戻ってからのことだ。伊海学園1号館、異界監査局の本部でもあるその中へガラスを突き破り襲撃者が現れた。笠を被った風来坊を彷彿させる格好の――テンガイだ。彼の存在に気付いた監査局の局員たちは武装し、本来の戦闘員である監査官が到着するまで歯を食い縛り敵意をあらわにした顔で迎え撃つ。
「お前は、先日の!?」
「復讐の時は来たり――」
武装した局員たちの前でテンガイは笛を取り出す。しかし炎は出ない。報告されていたのと話が違う――?
局員たちが戸惑っている様を嘲笑うかのようにテンガイは笛を吹き――広範囲に強力なスーパーソニックを発して攻撃。彼らの全神経をズタズタにしたうえ、昏睡させた。
「フ……我が魔笛が炎しか操れないと、思っていたのか?」
テンガイが不敵に笑う、ひとりだけ昏睡せずに済んだ局員を見つけると刀を抜いてゆっくりと歩み寄る。昏睡しなかった局員は腰を抜かしていて、更に目の前には刀を持ったテンガイが迫ってきていて身動きが取れない。
「ひぁぁぁぁいいいいいいいいいいッ」
「まずはひとり――」
刀を振り上げて、テンガイが局員を手にかけようとしたときだ。黒い焔がほとばしり、光の刃が軌跡を描いて飛び交い、そして鋭く重たい一太刀がテンガイにのしかかった。
振り向いて間一髪攻撃を防いだテンガイの目に飛び込んだのは、両手に黒焔を宿した“魔帝”リーゼロッテ、光る聖剣を構えた“聖騎士”セレスティナ、長剣エーテルセイバーとヘッダーシールドを握った“勇者”健が並び立った光景だ。臆せず鼻を鳴らしてテンガイが、「これは、これは……」
「お前がお探しの相手は僕たちだろ?」
「あとひとり足りないが。法界院誘波はどこにいる」
「誘波殿は別件で手が離せない。貴様は我々で捕縛する」
「とどめを刺すのは、“魔帝”で最強のこのリーゼロッテよ!」
「では、いやでも呼び出さねばならぬようにしてやろう!」
問答を終えてから先に仕掛けたのはテンガイだ、すばやい斬撃を繰り出して健たち三人を突き飛ばし、1号館から外へと戦場を移す。誘波の働きかけで学生や一般市民は人払い済みだ。
テンガイの太刀筋はやはり見事なものでリーゼロッテの黒焔は跳ね飛ばされ、セレスティナの斬撃もまた跳ね除けられ、ましてや健の渾身の一撃さえも躱され、つばぜり合いに持ち込んでもテンガイのほうが技量・力量ともに偏差で上回り健を押し返した。
「く……強い」
「手ぬるいわ!」
テンガイの鋭い一太刀を健が盾で防ぐ、一瞬の隙を突いて健は踏み込んでの斬撃を見舞った。
「ふたりとも下がりな、ちょっと冷たいよ!」
「ふん、面白いことするみたいね」
「了解した」
更に動きを止めてから攻撃に転じようと、健はエーテルセイバーに氷のオーブをセット。周囲に身を裂かんばかりの凍てつく冷気が広がり、シルバーグレイの剣は青系を基調とした冷たい輝きを放つ吹雪の剣へと変わった。これにはほとんど生身のテンガイも身を守らざるを得なかった。
「むうう~~~~ッ。しばれるのう……」
「燃やしてやるッ!」
「てぇぇぇぇいッ!!」
リーゼロッテの手から黒焔が放たれると同時に、健は空気中の水分を凍結させその上を滑走、黒焔が命中したタイミングを見計らい、テンガイをすれちがいざまに斬って、斬って、斬りまくる。そこにセレスティナが空中で一回転しながらの追撃を加え、とどめに健が空中から唐竹割りをお見舞い。打ち上げられたかと思えばテンガイは、瞬く間に地べたへ叩き付けられた。
「うぐぐぐ、私の、復讐の邪魔をするなあああああ……ッ」
「観念しろテンガイ、関係のない人たちまで巻き込むな!」
「関係のない? ふ、ふははははははははッ」
起き上がったテンガイは咎めてきた健の意志を跳ね飛ばすように、哄笑する。
「お前、何がおかしいの!?」
「フッ、おめでたい奴らよ! 私の世界が滅ぶ光景に見てみぬふりをしていた者どもに、何の罪もないと思っているのか!?」
「世界が滅んだ?」
「そもそも異界監査局の役目とはその世界を守ることではなく、あくまで監視すること。それによってどれほどの世界が滅びの道をたどったことか? 私が元いた世界もそうだ! 今にも私のいた世界が滅ばんとしているときに、お前たち監査局は手を差し伸べなかった!」
「! そんなことが……」
テンガイが激しながらさりげなく過去を語り出した時、戦場と化した1号館周辺の空気は凍り付いた。皆、顔がより真剣で凛々しくなった。ただひとり、自信たっぷりだったリーゼロッテの顔さえも疑念と怒りなどが混じった複雑なものとなったほどに。
セレスティナが忌々しく口を開く。
「この者、思い違いも甚だしい。ラ・フェルデの聖剣士と同じように、監査局もこの世界を守るために存在する。そのために監視する対象は異世界との門だ。異世界そのものではないし、異世界そのものを監視し干渉するなど“次元渡り”の能力者でない限り不可能に近い。ウツセミ・テンガイ、貴様の世界の守護者が何をしたか知らんが、この世界に復讐することは逆恨みですらない。ただの八つ当たりだ!」
「黙れ! お前たちに何がわかる!」
復讐心という怒りと怨みに駆られるがまま、テンガイはまたひとつ魔笛を取り出す。先程使用したものとはまた違う――。
「私たちを見殺しにしたこのような監査局、いや……世界など滅ぼしてくれる――」
「滅ぼす? 世界を?」
ピクリと反応するリーゼロッテ。
何やら底知れぬ怒りが彼女の中から溢れ出てきた。
「お前、それがどんなに退屈なことかわかってんの!」
「無論だ! だが安心するがいい。滅んだ後は『退屈』などというくだらない感情など存在し得ない世界に変わる!」
テンガイは笛を三人に見せつける。
「この笛らは、私が滅んだ世界の『欠片』を集めて作ったもの」
「世界の欠片――?」
「わかりやすく言えば……私が作った魔笛の数だけ、拾い上げた欠片の数だけ監査局が見放した世界があるということだ!」
「だからそれは違うと言って――」
セレスティナを無視してテンガイが数ある魔笛のうちのひとつを吹く、周囲の景色が揺らいでいく。陽炎だ、それも――ヒートアイランド現象などのそれではなく、【次元の門】が開く前兆の。
「この陽炎――テンガイ、貴様【次元の門】を意図的に!」
「驚くには早いぞ!?」
セレスティナが驚いているそばから、ワームホールのような【次元の門】より巨大な怪物が飛来し唸り声を上げる。鎌のように発達した前脚、巨躯についたこれまた巨大な複眼、二対の翅―。まるで放射能でも浴びて異常な進化か、退化を起こしたトンボだ。
好戦的なほうに入るリーゼロッテや冷静で真面目なセレスティナでさえも、これには震撼させられた。健もまた、口をあんぐりと開けて動揺している。彼は突然姿を現したこのクリーチャーについて、なにか知っているようにも見えた。
「!? あ…ああ……ウソだろ、どうしてここに……」
「心当たりがあるのか小僧」
「当然だ……なぜだ? なぜシェイドがこの世界にッ!!」
「ふははははははははッ! そうだ、こやつはお前のいた世界にいた怪物! 逃走してきたところを私が捕らえ、手なずけ、異次元空間でエネルギーを取り込ませ『進化』させた!」
「!?」
「小僧! お前の世界から連れてきたこのシェイドを使ってまずは監査局とこの街を滅ぼしてくれる! その次は世界各国だ!」
驚く健たちへテンガイは次々に種を明かし、さらには魔笛を吹いて超巨大クリーチャーと化したトンボのシェイドを操って――1号館から街のほうへと向かわせた。
「あやつを止めなければお前たちには何も守れぬ! だが、私を倒さなければ監査局も終わる! さあ、どうする!? ムワハハハハッ!」
魔笛を構えたままテンガイが狂気じみた高笑いを上げる。このまま指をくわえていろというのか? それは、出来ない。少なくとも健には。いや、リーゼロッテにもセレスティナにも同じことは出来ない。
「あーもう! タケル、あのトンボの出来損ないは何!?」
「話はあとッ! あいつだけでも倒さないと、街がッ……」
「だがテンガイがあの化けトンボを操っているのだろう? ヤツを止めねば」
「あのシェイドって怪物はみんな残忍で、情けも容赦もないんだ! 仮にあいつを止めてもシェイドのほうは暴れるだけ暴れて破壊と殺戮の限りを尽くす!」
「まどろっこしいわね! とりあえず目の前のあいつをさっさと燃やせばいいのよ!」
「だからあいつを倒しても――」
「迷っている時間はないぞ!?」
表面上は不敵に笑いながらも憤怒と怨みに駆られているテンガイは魔笛を吹き奇怪な音を鳴らし続ける――。
「聞いてくれ、僕があの怪物を倒しに行くから君たちはテンガイを頼む!」
「最初からそのつもりよ!」
「そうだな、二手に分かれるべきだ」
「もし誘波さんが来たらそのときはその場の判断に――」
理不尽且つ絶望的な状況を打破しようと健が機転を利かせ、リーゼロッテとセレスティナに指示を出したそのときである。荒れに荒れる戦場に一陣の風が吹き――誘波が姿を現した。
「あ、あなたは!」
「き……貴様……!!」
「誘波さん!?」
「イザナミ!?」
「誘波殿!?」
「法界院誘波!?」
…
何とかして、終わらせます。




