44話 王太子と聖女(2)
なんにしてもエルレーン自身にも呪いに対する耐性がある事が分かり、ひとまずの安全は確保できるだろうとなった。
だが、このままではいられない。幸い呪いは掛かったままなので新たな呪いを掛けられる事はないという。程度にもよるが、死の呪いなんて重たいものは重ね掛けできないそうだ。
「だがまぁ、ここに隠れたままじゃ状況は好転しないよな」
そう漏らすのはアロイスだ。頭の後ろで手を組んで、ソファーにどっかりと体を預けてしまう。
「できるだけ早く健在を示さなければなりません。死んだ事にされては思うつぼです」
難しい顔で唸るのはエルレーン。まぁ、当然だな。
「この呪いを掛けた相手について、エルレーン自身は心当たりはあるのか?」
虎之助の問いに、エルレーンは酷く悲しげな顔をした後で……頷いた。
「叔父上だと思います」
「まぁ、だろうな」
アロイスはすんなりと肯定する。が、本来は不敬なんだろう。相手はこの場にいないとはいえ王族だ。そしてこれを、同じ王族のエルレーンの前でしているんだ。
ただ、エルレーン自身が苦笑して頷いてしまい咎める様子もないのでいいのだろう。
「叔父上は……なんといいますか。可哀想な方なのです」
「可哀想?」
「……己と他人を比べる事でしか、幸せを感じられないのです。そうして得た幸福すらも、また他と比べる事で足りなくなってしまう。幸せはいくらでも得られるのに、それに気づく事ができないのです」
そう、彼は本当にそう思って言っているのだと表情や声音で分かる。とても、心の綺麗な者なのだろう。
「ですが、それを嘆いてもどうにもなりませんし、だからといって好き勝手にさせるわけにはゆきません。私は王の子として、この国に住まう民の生活と権利を守る義務があります。叔父上がこの国を私物化しようというなら、同じ王族の私が止めなければいけないのです」
その決意もまた、強く確かだと思う。清廉さと優しさ、そして強さを併せ持つ。エルレーンという人はそんな、綺麗で強い人物に思えた。
「だが、どうするよ。トラの身代わり人形だって徐々に劣化して、効果切れたら死の呪いが掛かるんだろ? 解呪したってまた掛けられたら厄介だし、今度は呪詛じゃなく暗殺者がくるかもしれん。王弟をどうにかしないかぎりはイタチごっこだ」
アロイスの言う事はもっともだ。現状、これが一番厄介だったりする。
幸い、エルレーンは死んでいない。ならば当然、死の証拠など敵は持っていない。まさか「我々が呪い殺したのでエルレーンは死んだ」なんて公言もできないだろう。
だが状況的には死んだ可能性が高い。消えたのが絶望の森なら余計にだ。死体がなくても「森の魔物の食われたのだ」とでも言えばいい。
だからって対策もなしに生きている事を示し、城に戻ったら……呪いは今の所どうにかなっているとして、次は暗殺となれば。
悩ましい現状に人間三人は腕を組んで悩む。
そこに、違う方面から声がかかった。
「では、聖獣のお力を借りる……というのは、いかがでしょう?」
不意に出た提案に虎之助はキョトッとしてカフィを見る。
が、アロイスとエルレーンはギョッとした顔をした。
「おいおい、冗談だろカフィ? 聖獣は人嫌いで気位が高いってので有名だろ。姿も現してくれないっての」
「そうでしょうか? エルレーン様が聖女であれば、現状最も適した聖獣と接触出来る可能性がありますが」
「……ユニコーン、だね」
エルレーンの低い声に、虎之助も反応する。
ユニコーンは角を持つ白馬で、イメージとしては浄化などの光属性。確か、処女を好むとか。
「エルレーンは身綺麗だろうが……」
「え?」
「いや、恋人がいればそうではないか? 25歳なら……」
「あぁぁ! あの! それは、はい。身綺麗、ですが」
「?」
「トラは鈍感だよな。王子様にはちと、刺激の強い話だ」
真っ赤になったエルレーンは何故かもじもじするし、アロイスは呆れている。まぁ、あまり品のいい話だとも思わないが大事じゃないのか? ユニコーンに好かれるためには。
「ご主人様、そこはまぁ、置いておいて。実は先代の聖女様はユニコーンと懇意だったという話があるのです」
カフィにも苦笑された。そんなに妙な事を言っただろうか。
だが、同時にもたらされた情報の方が大事だ。先代の聖女というと、エルレーンの母親だろう。その人物がユニコーンと懇意であったなら、現状を訴えて協力を得られればなんとか。
「欲しいのはユニコーンの角です。彼の角にはあらゆる呪いから身を守る力があると言われています」
「それを使ってアイテムを作れば、少なくとも呪いに関しては万全の備えが出来るのか」
警戒すべき相手が暗殺者だけになるのは有り難い。相手の手数はできるだけ減らしたいものだ。
「ただ、そうなると問題はユニコーンに会えるかどうかだ。そもそも聖獣なんてのは気まぐれで、住んでる場所は異空間だという噂だ。そんなものとどうやって接点持つんだ?」
「それに、聖獣とはとても強い種族。万が一機嫌を損ねようものなら戦いを回避できません。無防備に殺される可能性だって高いのです」
そんなに強いのか……。確か前にここの屋根から見た白鯨は大きすぎて途方に暮れた。あんなのが敵となって襲ってきたら……流石に勝てる気がしない。
だからといって現状のまま時間をかけるのも得策じゃない。ラトマリスの町の人達を思い出すと、彼らの不幸は回避したいと思える。
何より、リーベの死と王女の呪いがタイミング的に怪しすぎる。もしも関係しているなら……虎之助としても思う所はある。
「接点を持てる可能性はあります」
自信ありという様子でカフィはニヤリと笑う。かわいい黒のくまたんなのに、そんなニヒルな笑い方しちゃだめだよ……と、微妙に思う虎之助だ。
そんな主の思いなど気にせず、カフィは地図にある湖を指す。以前アビサル・サーペントがいた場所だ。
「この湖は元々神聖な場所で、聖獣の水飲み場だったのです。また最近戻ってきたと、兎部隊も報告していました。ここを足がかりに数日張り込みをして待ってみるというのはどうでしょう?」
全員が顔を見合わせる。まったく勝ち目のない作戦、というわけでもなさそうだ。
「……結局、どうにかしないとだしな」
「妹姫の件もある。悠長にはしていられないんだろ?」
アロイスと虎之助、双方がそう言ってニヤリと笑い拳を合わせる。
それを見てエルレーンの方が涙ぐんだ。
「お二人とも、協力してくださるのですか?」
「乗りかかった船だしな」
「俺は拾った時にはある程度覚悟している。だから大丈夫だ」
「っ! ありがとう、ございます!」
きっちりと頭を下げたエルレーンに、虎之助もアロイスも笑って彼の肩を叩くのだった。




