43話 王太子と聖女(1)
リビングではアロイスが膝にスピアーを乗せ、その背を撫でている。どうやらスピアーはアロイスを気に入ったらしく、随分と懐いた様子だ。ただ、アロイスの方が少し躊躇っている。中身がケルベロスと知った彼は明らかにビビったわけだし。
「おっ、無事に目が覚めてよかったな王子様。あんなトンチキな方法が本当に効くとは」
「貴方は……確か、Aランク冒険者の、炎のアロイス?」
「アロイス、そんな二つ名だったのか」
アロイスを見たエルレーンが顎に手をやり思い出しながら口にし、虎之助は苦笑する。これにアロイスは恥ずかしそうに顔を赤くした。
「そういうのは自分で付けるんじゃねーんだよ! 周囲が、勝手に」
「シンプルでいいんじゃないか? 獄炎の……とか、爆裂の……とかよりは」
「あっ、それはマジで勘弁して」
中二病を引き摺る古のオタク風味で伝えると、彼はガックリと肩を落とし、エルレーンは可笑しそうに小さく笑った。
「エルレーン様、まずはお食事をどうぞ」
トコトコと近付いたカフィに促されて彼は食卓へ。野菜とベーコンのスープにパンという、胃に優しい内容だ。
「美味しそう。これはカフィ殿が作ったのかい?」
「僭越ながら」
「凄いな。屋敷妖精って、こんな事もできるんですね。城の妖精もいつかこのように育つのでしょうか?」
「それについてはなんとも。妖精も様々ですので。ですが、大事にしてくれる者を嫌う妖精はありませんので、大切になさってくだされば何かしらの形で応えてくれるでしょう」
丁寧かつ邪魔にならない感じでカフィは話し相手になり、エルレーンはスープを一口食べてぱっと目を輝かせている。
そんな様子を少し離れたソファーで、虎之助とアロイスが酒を飲みながら見ていた。
「思った以上に気さくな王子様だな。庶民派だとは聞いていたが」
「あぁ。俺も少し驚いた」
正直、王族とどう接すればいいかなんて虎之助も分からなかったから、とても緊張していた。アロイスからある程度は聞いていたが、それでも庶民と王族だ。元の世界よりも階級制度が根強いこの世界ではどうなるか……という感じだったのだ。
まぁ、エルレーンに関しては杞憂だったが。
「主、これからどうするのだ? 主の紙人形は今の所は問題ないが、呪詛が強まれば危ないのだろ?」
ソファーで寛いでいるクリームに問われ、残念ながら虎之助は頷く。元より間に合わせだったのだ、長く効果が続く事は期待できない。
ただ、こんな間に合わせでも効果があったのが救いだ。ひとまずエルレーンが目覚めた事で時間的にも猶予があり、意志の疎通もできる。もう少ししっかりした形代……いっそのこと、推しぬいみたいなものを作るのも……いや、時間がかかるから今はパスだな。
何にしても、もうちょっとちゃんとした身代わり人形を作っておくのがいいだろう。
「貴族や王族は呪詛まみれだって話もある。お前のその人形が呪いの身代わりになるなんて広まったら、貴族連中相手にデカい儲け話になるな」
「あのなぁ、これは確かに身代わりにもなるが、使い方を変えれば呪いの道具にもなるんだ。俺は誰かを傷つけるものを売り歩くのは好かん」
丑の刻参りなどまさにこれだ。藁人形に相手の名前を書いたり、写真を貼ったり、時には髪の毛なんかを入れて人に見られないようにして釘を打つ。
人形は身代わりとなってくれるかもしれないが、こんな使い方をすれば呪う道具にもなりえてしまう。
まして魔法技術士なんてスキル持ちの虎之助が作った人形ならどれだけの威力があるか……想像だけで恐ろしい。
「私の呪いは、トラノスケ殿の特殊な魔道具が肩代わりしてくれているのですか?」
不意に声がかかり見ると、食事を終えたらしいエルレーンが側にいた。
アロイスがソファーを譲ろうとしたが、彼はそれを手で制して隣に座る。その膝にクリームが乗って、エルレーンはちょっと嬉しそうにしていた。
「不思議に思っていたのです。私にかけられた呪いは死の呪いだったでしょうに、何故今、こんなに元気なのかと。素晴らしい魔道具のお陰だったのですね」
「あぁ、いや……そんな立派なものじゃなかったよな? 紙で作った人型?」
「紙人形だな」
「そのような物が呪いの身代わりになるのですか!」
目を丸くしたエルレーンに、アロイスも虎之助もなんとも言えない顔になっていた。
実際どのようなものなのか、片付けを終えたカフィが箱を持ってきてくれる。見るだけでズモモモモッという黒い瘴気を帯びているそれにエルレーンはドン引きしているが、現実も見えたようだ。改めて、虎之助に何度も頭を下げている。
「何がって、やっぱトラの魔道具だな。あんな即席の人形でこの呪いを受けとめちまうのが」
「流石の私も驚きました。ご主人様の才については疑いようもありませんが、呪いまでどうにかしてしまわれるとは」
「たまたま知識があっただけだし、あれは応急処置だ。素材が紙だからな、耐久性が怖い。ってなことで、一応予備を幾つか作っておきたいんだが、いいか?」
「こちらからお願いしたいくらいです。よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げたエルレーンに頷いて、虎之助は頷く。そしてあの後の時間で作っていた小さな木の人型を置いた。
いわゆるこけしで、顔は描いていない。マジックツールボックスの彫刻刀で彫ったものだ。
『マジックツールボックス』
呼び出すと、今度は前と同じく筆と墨、そしてしめ縄が出てくる。これを、アロイスもエルレーンも不思議そうに見つめた。アロイスは若干引きつった顔で。
「おいおい、トラよ。これ、どうなってる? さっきは同じスキル名で彫る道具が出てきただろ」
「クラフトする用途で毎回変わる。今回は筆文字を書く事を意識していたからこれだ」
「そんなスキル、聞いた事もありません! レアスキルですよ!」
神様仕様だって言ったらもっと驚くだろうな。言わないけれど。
「エルレーン、正式な名前は?」
「エルレーン・シルヴァリスと申します」
筆文字でカタカナを書く事になるとは……名前も長いから少し書きにくいが。
「誕生日は?」
「9月19日です」
「年齢は25で合ってるか?」
「はい」
ここまで書き込む。あとは……。
「悪いが、ここに血を一滴貰えるか?」
「え? はい、構いませんが」
少し驚きながらも了承され、カフィがすかさず小さな針を差し出す。それで指先をちょっと刺してもらい、それをこけしに付けるとその体にぐるりとしめ縄を巻いて強く縛った。
それだけでこけしに何か魔法がかかった感じがする。鑑定で見てみると『身代わりこけし(エルレーン専用)』と出ていた。
「これでおそらく数日は大丈夫だと思うが」
「ありがとうございます」
「一応、害がないか鑑定してもいいか?」
「鑑定スキルもお持ちなのですね。構いません」
人物を鑑定する時は相手の同意を得ておくほうがいいとアロイスが言っていたので一応。これが緊急時や悪人相手なら不要なんだが、エルレーンは違うから。
そうして人物鑑定をすると、状態異常に『死の呪い』とあるが、その横に(身代わり人形により現在は正常化)と出ている。ちゃんと効果はあるようだ……が!
「聖女!」
「え?」
思わず声に出てしまった。だが、間違いない。エルレーンのジョブには王太子と並んで聖女とあったのだ。
いや、男じゃないのか? 男でも聖女なのか? もう、なんか言い換え面倒になって一緒くたに『聖女』にしたとかないか?
頭の中がグルグルするが、言われた当人もぽかんとしている。そして、面白そうに笑った。
「そんな、聖女だなんて。確かに私の母は聖女でしたが、私は男ですし」
「確か、姫さんの方が聖女だったんじゃないか?」
「可能性はある、というくらいですアロイス殿。まだ鑑定が出来ておりませんので」
いやいや、聖女なのはこっちだ。複数いるかは分からないが、エルレーンは間違いなく聖女なんだ。
「ですが、聖女のジョブをお持ちであれば呪いの効果が遅れた事や、ギリギリ持ちこたえた事も説明はできます。聖女は呪いに対して強い抵抗力を持つはず。そうでなければ呪いが掛かった瞬間に貴方様は命を落とされていたはずです」
カフィの言葉に、今度はエルレーンの方がはたと気づき、徐々に冷や汗をかきはじめる。オロオロしながら虎之助を見てきた。
「本当に、私が聖女なのですか?」
「俺の鑑定ではそうでているが……」
「……男なのですが」
「あっ、この世界でもその認識なのか。普通聖人だよな?」
「そうですよ! 私、ちゃんと男です!」
よかった、真っ先に気になるのやっぱりそこで。
世界観ギャップじゃなかったなと、妙に安心した虎之助だった。




