36話 商業区探索(2)
その店はあまり明るいとは言えなかった。
濃いめの木材を使った店内には両サイドの壁際に棚が作り付けられ、ランプや着火剤、小型コンロのような物が置いてある。
そのランプの幾つかは明かりが付いていた。程よく優しい明かりに照らされた色ガラスが空間に色彩を放つのは幻想的で、とても素敵だと思った。
そんな店内の奥にはカウンターがあり、厚手のエプロンを着けた六十代とおぼしき小柄な男が座っている。職人然とした厳しい双眸が虎之助を見つめ、一つ頷いた。
「冷やかしじゃなさそうだわい。兄ちゃん、何探してる?」
「あぁ、懐中時計を」
「懐中時計?」
のっそりとした動きでカウンターから出てきた男は本当に小柄で、虎之助の胸までないくらいだ。
だがその割に体格が筋肉質でゴツく、白髪の交じる髪は随分と硬そうだ。
「ん? 兄ちゃん、ドワーフが珍しいのかい?」
「ドワーフ! 初めて会った」
思わず目を見張る。だが、確かに筋肉質な体に剛毛で背の低い彼らはまさにその特徴に当てはまる。
驚きを隠せなかった虎之助を見て、男はガハハッと豪快に笑った。
「こりゃ、そっちが珍獣だ。どんな環境で育ったらドワーフを知らないんだ? 今じゃ何処に行っても居るぞい」
「どうやらど田舎だったらしくてな。ガルマの旦那、元気?」
「ん? アイゼンのクソガキじゃねぇか。お前こそ無茶してないだろうなぁ?」
「程々だよ。実際生きてるし」
「ばーか! 生きてるのが当たり前だ」
そう、じゃれ合うような二人のやり取りを聞いてハッとする。そうして改めて、虎之助はガルマと呼ばれたドワーフに向き直った。
「初めまして、虎之助です。昨日、冒険者登録したばかりです」
「ほぉ? んじゃ、時計の前に揃える物が多いだろうに」
「いや、俺も実は職人なんですが、時計ほどの精巧な物は作れなくて」
「なんだい、同じ畑の奴か。それで冒険者も出来るとは多才だな」
腰に手を当て虎之助を上から下まで眺めてから、ガルマはカウンターへと消えていく。そして次には大きな木箱を持ってきて、中から更に小さめの箱を幾つか出した。
「時計なんざ貴族様の持ち物だ。俺等には時間厳守なんて感覚はないからなぁ。だから、高ぇぞ」
「大丈夫だ、こいつめっちゃ強くて金持ってる。ステータス俺より化け物なんだぜ? これで職人だってんだから、嫉妬すらおこがましい」
「よほど神が何かを託したんだろう。いい事か悪い事か。どっちにしても、楽な運命ではなかろうよ」
これには苦笑しかない。実際虎之助は神ネオから直接「世界を救う助けをしてほしい」という願いを託されている。楽な運命ではないだろう。
だがまぁ、アロイスの口添えもあってここは信用されたようだ。
「んじゃ、かまわんか。この辺りが無難だな」
そう言って出された箱の蓋をガルマは開けていく。中にはシンプルだが綺麗な懐中時計が入っていた。
大きさは手の平に収まる程度。金の土台で蓋のないタイプの物と、同型の銀の物、ツルンとした蓋のついている物があった。
どれも装飾はなく、簡素だが使い勝手は良さそうだ。
「全ての動力源は魔石じゃ。付与魔法で時刻も自動で合わせられる。持っているだけで持ち主の放つ魔力を魔石が吸収しているから、改めて魔力を注ぐ必要はないぞ」
「便利だな。これでどのくらいなんだ?」
シンプルとはいえ職人の技術が詰め込まれた一品だ。しかも自動で時刻が合わせられるとは凄い。貴族向けということもあり、それなりの値段を覚悟していた。
だが、ガルマをもじゃもじゃっとした顎髭を手で撫でながらやや考えて口を開いた。
「650Gくらいかの」
「たっか!」
「安い!」
アロイスは嫌な顔をしたが、虎之助としては目を見張る安さだ。これは部品を一つずつ作り、組み上げたもの。現実世界でも職人の一点ものとなれば数十万するだろう。
だがガルマは溜息を付いて首を横に振った。
「貴族向けの品は一般人にゃ高すぎて売れん。置いていても場所くうだけでな。しかもそいつはシンプルで装飾がない。最近の貴族はゴタゴタ装飾した物を欲しがるから、そいつら売れないんだよ」
「そんな……この細かな技術の美しさが分からないなんて」
勿体ない。正直にそう思って口を開く虎之助に、ガルマは嬉しそうに声を上げて笑った。
「それを分かってくれるだけで十分じゃわい」
「それでは、こちらを買わせてもらいます」
選んだのは銀の蓋なしの懐中時計だった。蓋の開け閉めがないから取り出せば直ぐに確認できる。それに、手にとても馴染むのだ。ツルンとしたフォルムやひんやりとした感触がよい。
冒険者ギルドに品を卸した代金があって助かった。それで支払った後で、ガルマはふと思い出したように二人に言った。
「悪いが、小さな魔石に余裕があれば融通してくれんか? 魔道具を作る時に必要なんだが、最近ちっとも下りてこん」
「魔石ならあるが……どのくらい入り用なんだ?」
虎之助のバッグにはホーンラビットの魔石が大量に入っている。これも売る予定だったんだが、忘れていた。
ガルマは髭を撫でながら「そうさな……」と呟いた。
「100もあれば十分じゃわい」
「そのくらいなら」
そう言って取り出した袋はパンパンになっている。これを横から見ていたアロイスまでがギョッとした顔をし、ガルマに至っては目をまん丸に見開いている。
そんな事は気にせず、虎之助は中から小さめの赤い魔石を取りだしていく。100個出してもまだずっしりとしているくらいだ。
「これで100だ。必要ならBランクの魔石も余っているが」
「そんな高級品はいらんわい。備え付けの魔道具でもないしな」
こうしてDランク魔石を2,000G(一個20G)で売った虎之助はほくほくで店を後にした。
アロイスに案内され、ついでに服屋で幾つか服を見繕った。森の家にいるとカフィがいつの間にか服を用意し、着たものを洗濯してくれているから無頓着だったが外に出ると自分でする事になる。
何着か持ち歩き用に買っておきたくて相談すると、意外にもアロイスは似合うようにコーディネートをしてくれた。おかげで吊しの服でもそれなりの格好がついた。
「それで、次は何処に行くんだ?」
大きな通りへ向かっているのは何となく分かったが、アロイスの表情はあまり晴れやかではない。気になって問うと、彼は「あ……」と頭をかいた。
「まずは冒険者ギルドだ。そんで次は、商業ギルドだな」
「商業ギルドか」
聞く限り、あまりいい印象を持てない場所だ。だが、行くと言うのだから従う。
こうして二人、森に挑むよりも心持ち険しい顔で進んで行くのだった。




