35話 商業区探索(1)
無事にラトマリスの町に戻ってきた虎之助達が真っ先に向かったのは冒険者ギルドではなく、商業地区にある材木店だった。
鰻の寝床というか、通りに対して縦に長いその店は表側が店舗になっているらしく、入ると簡素なものだ。端的に言うと三つ程度の背の高いテーブルとカウンターしかなかった。
そのカウンターの奥では町民とは思えない逞しい腕のスキンヘッドの色黒男性がゆったり座って何か読み物をしていた。
眼光が鋭く厳つい男はドアベルの音でこちらを見て、顔に対して小さめの目を見開いた。
「おう、アロイスか! どうした!」
「いい素材が手に入ってよ。卸しに来たんだけど、見るか?」
どうやら知り合いらしい両名は互いに似たような笑みを浮かべている。そして店員の方が後ろに控えている虎之助にも気付いたらしく、首を傾げた。
「おいアロイス、お前パーティでも組んだのか?」
「あぁ? あぁ、こいつか。バーカ、こいつ俺より強いんだぜ」
「なに! Aランク冒険者のアロイスより強いとか、すげぇな」
純粋に驚いた様子の店員に一歩前に出た虎之助は軽く会釈をする。だが、どうにも店員はポカンとした顔だ。おそらく頭にクリームが掴まっているからだろう。
「虎之助だ。新人だが、よろしく頼む」
「新人! おいアロイス、本当に強いのか? こんな綺麗な顔した兄ちゃんがか?」
この扱いにはどうも慣れない。綺麗って……厳ついと言われ続けた28年を思うと、どうにも首の後ろがむず痒い感じがする。
だがアロイスも「トラは美人」という認識らしいから、この世界の美意識の問題なんだろう。ある意味、ネオは嘘を言っていなかった。
「森に入って平気で狩りするような新人だぜ? ちぃと特殊な家庭環境だったみたいで常識はないが、強さは本物だ」
「はぁ、すげぇな」
腰に手をあて感心しきりという店員と握手を交わす。丸太のような腕からの握手は、なかなかに力強かった。
そういう事で顔合わせも済んで虎之助達が通されたのは店舗の裏。カウンターを入って脇の通路を真っ直ぐに突っ切った先は木材置き場になっていた。
「んで? 何の木材だ?」
「へへぇ、見て驚けよ」
そう言ってアロイスは自分のマジックバッグからトレントの木材を一つ出してみせた。美しい木目で色味は甘いキャラメル色をした製材、乾燥済みの木材が3メートルの角材になって出てくる。
それを見るや、店員は目を丸くして木材に触れ、軽く叩いてから「ちょっと待て」と言って一度中に入り、直ぐに眼鏡をかけた細身の男を連れてきた。
「悪い、鑑定頼む。多分トレント材なんだが」
「どれ」
眼鏡の男がジッと木材を見ている。そして直ぐに目を見開き、強く頷いた。
「間違いない、トレント材だ!」
「マジか! アロイス、ナイス! どんだけある?」
「相当だぜ。トラ、悪いが出せるだけ出してくれ」
「了解した」
大きすぎて入りきらなかった木材は虎之助の方に入っている。それを次々出し、積んでいく。十本の角材の山が5つ出来ている。
これを見た店員達は呆気に取られた様子でしばらく言葉がなかったが、やがてバタバタ動き回って一人の男を連れて来た。
これまた逞しい体つきの男で、特に上半身が逞しい。角張った顔に黒髪を撫でつけた四十後半の男は角材の山を見上げてニンマリと凶悪な笑みを浮かべる。
「アロイス、お前最高か。こりゃ、随分大物狩ったな」
「偶然だけどな。んで、アイゼルの旦那、買ってくれんのか?」
「そうだな……全部欲しいとこだが、この品質なら一本700Gはする。欲しがる貴族に売りつければ1,000Gくらいにはなるだろうが、とりあえずの現金が尽きるな。手付け払って、残り分割でもいいか?」
提示された金額に虎之助は目を剥いた。確か1Gが100円。昨日虎之助が売ったオーガの革が300Gだった。それを考えるとこの木材一本が日本円で7万円にもなる。とんだ高級素材だ!
しかも分割払とか、手付金とか、元の世界にもあったシステムもある。この世界の商業はかなり虎之助の知るものに近い感覚もあるのかもしれない。
何が怖いって、あの森でBクラスの魔物などわんさかいて、虎之助としては狩り放題だということ。その素材が町では高級素材として扱われる事。
これ、もしかして気をつけないとこの辺りの商業を滅茶苦茶にしかねないんじゃ……そんな思いも僅かに浮いた虎之助だった。
「いいぜ、旦那は信用できる。商業ギルドは面倒だし、冒険者の足元見る奴もいるから好かんしな。それで手を打つ」
「よし、商談成立だ」
目の前でパッパと交渉が成立していくのを虎之助は呆然と見ている。展開が早くて追いつけなかったのだ。
「アロイス」
「んぁ? どうした?」
「冒険者ギルドとかに卸すんじゃないんだな」
思った事を言うと彼はキョトッとして、次に笑って虎之助の肩をバシバシ叩いた。
「冒険者ギルドは基本、武器とか防具を作る金属や革、一般的な食材が中心だ。狼の毛皮はギルマスも商業ギルドに持ってくって言ってたろ?」
「そういえば、そうだな」
「建材や高い食材、ポーションなんかの材料は商業ギルドなんだが、さっき俺が言ったようにあいつら冒険者を下に見る事もある。勿論全員が全員そんなクソじゃないけどよ、そんなのに会うのが嫌なんだよ、神経使う。それに、直接店に卸せば手数料分が掛からなくて店も助かるんだ」
「そういうことだ。懇意の店を持つ冒険者は多いぞ。そこに直接素材売って、その分買い物やすくして貰うとかもある。信頼があればそっちを選ぶ奴も多いんだ」
これも冒険者の常識なのだろうか。どうにも学ぶ事が多い。
結局アロイスは手付け分として一本700G、半数の25本分の代金17,500Gを受け取り、残り17,500Gは一年以内の支払いということで契約書を書いて素材を全て彼らに引き渡した。
「これで一件。次は冒険者ギルドで討伐報酬と素材の買い取り願い出すか」
外に出てウンと伸びをしたアロイスについて商業区を通りながら冒険者ギルドへとゆっくりと向かう。表の通りから少し入った場所だが、道幅も広く活気もある。
道の両サイドには小さめの店が軒を連ねている。
服飾の店、武器屋、ポーション屋もある。その中に一つ、機械仕掛けの物をショーウィンドウに置いた店を見つけて足を止めた。
「どうした?」
「ここは何の店なんだ?」
「ここ? あぁ、魔道具工房だな。この店は腕がいいけどよ……何か欲しいのか?」
疑問そうにするアロイスに虎之助は頷いた。流石に作れなかった技巧の結晶。
「持ち歩ける時計が欲しいんだ」
「時計? そんなの何に使うんだ?」
確かに冒険者なんて感覚的な時間で動いているのだろう。朝なんとなく目覚め、腹が減れば食べ、暗くなってきたら帰るなり、野営するなりする。それで問題無いと言えば問題無い。元の世界のように分刻みのスケジューリングなどがあるわけじゃないんだ。
ただ……。
「今が何時なのか分からない生活は、それはそれで不安になってきたんだ」
悲しいかな、時間に縛られた世界からきた虎之助にはまったく時間が分からないというのも落ち着かない。起きたのは何時か、自分は何時間くらい作業をしていたのか。追われるのではなく、確認がしたいのだ。
と言ってもアロイスは不思議そうな顔をする。自由な冒険者である彼には分からない感覚だろう。
「トラって、変な奴だな。時間なんて貴族や上の役人くらいしか気にしないぜ? 会議があるわけでもないしな。まぁ、でもそういう事ならここはお勧めだ」
言って、彼は軽い様子でドアを開ける。カランカランというドアベルの音がして、室内から僅かに油の匂いがする。やや薄暗い店内には所々に色ガラスをはめ込んだ綺麗なランプが灯っていて、幻想的な色合いとなっている。
その奥に丈夫そうなエプロンをした六十を過ぎているだろう男性が一人座っていた。




