34話 絶望の森と甘い誘惑
翌朝、ギルドの受付嬢であるファイーナからギルドカードを受け取った。ランクはDランクとなっている。
これに同行していたアロイスは文句を言ったが、ファイーナから「一気に高ランクにすると悪目立ちしますので」と言われて黙った。まぁ、嫉妬や勘ぐりは必ずあるだろう。
虎之助としては素材が売れて討伐報酬が貰えれば問題ないのでランクに関してはこだわりがない。そう伝えると、アロイスは「勿体ない」と言ってくれた。
こうして向かったのは昨日通り抜けた関所だ。そこにはロッドがいて、こちらを見て大きく手を振り笑顔で迎えてくれた。
「トラ、無事に冒険者になったのか?」
「あぁ。悪いが出たいんだ」
「んじゃ、ギルドカード確認な」
関所の中の受付でカードを提示するだけでここはOKだ。ランクについては「凄いんだな!」とやや興奮気味だったが、ツッコまれはしなかった。
そしてアロイスのカードを確認してちょっと浮かれたりしている。性格が若者らしくて可愛いなと微笑ましく見て、二人は外に出た。
「んで? 何処行く」
「森の入口辺りだ」
二人で並び、クリームは安定の肩の上。そうして平原を歩ききり森へと差し掛かると、アロイスは一瞬立ち止まり上を見上げた。
「相変わらず威圧感があるな。知ってるか? ここの木材も売れるんだぜ?」
「そうなのか? 何本かへし折るから、今度は持って行こう」
「このクソ硬い木をへし折るのかよ。半端ねぇな」
呆れ顔だが決心はついたのか、アロイスが進み出したタイミングで虎之助も進む。そうして、鬱蒼とした森へと入っていった。
流石絶望の森、十分歩けばエンカウントする場所。森を入って五分後、現在シャドウパンサーという、影のような黒豹に襲われている。
「こいつ、闇討ちやべぇ!」
前後左右から鋭い爪と牙での攻撃がやまない。森の暗がりでは姿を眩ませやすい暗い体色に加え、短時間透明になる能力を持っているので闇討ちが得意だ。
だが同時に、苦手もある。
「クリーム、頼む!」
「任せろ主!」
ふわっと浮き上がったクリームが腹が風船のように膨らむ程に息を吸い込む。そしてその全てを威嚇の咆哮にして吐き出した。
ビリビリする空気の振動に鼓膜がイカレそうなほどの音量。耳を手で塞いだ虎之助とアロイスだが、それでもやや頭に鈍痛を感じる。
この攻撃にシャドウパンサーはフラフラになっていく。そこをすかさず首を狙って剣を振るうとポンッという間抜けな音と共にドロップ品が落ちた。
「毛皮が上品だよな、こいつら。コレは素材として貰って……目がドロップするんだよな」
「その目は魔道具の素材だ。暗視ゴーグルになる」
「そうなのか? じゃあ、売るか。魔石も綺麗な赤色だ」
肉は手に入らなかったが毛皮はかなりある。他にも牙がドロップした。
そうこうしていると目的の奴等に出会って、虎之助は近付いて彼らの頭を撫でた。
「今日は黄兎隊なんだな」
目の前にいるのは5羽1チームで、黄色い魔石のアクセサリーを付けた兎偵察部隊だ。きっとクリームの声を聞きつけてくれたのだろう。小さく丸い頭を優しく指先で撫でると、5羽全部が鼻先をスピスピさせて目を細めている。
「なんだ? ぬいぐるみか?」
「ホーンラビットの魔石で作った兎偵察部隊だ」
虎之助の後ろから覗き込むアロイスが珍しいものを見る目をしている。それに説明すると、彼は疑い深い顔をした。
「この弱肉強食の世界で生きていけるのか?」
「小さいから隠れられるし、兎は足も速い。索敵能力も高いから今ではかなりの距離を移動し、森の情報を伝えてくれている」
この森の生き物にとって兎部隊など取るに足らない。だからこそ生き延びているし見逃されるのだ。
虎之助は隊長兎に手紙を括り付け、お駄賃として魔力玉を食べさせてやる。それを嬉しそうに食べた兎隊は家の方向へ向かって駆け出していった。
「手紙を託した。おそらく無事に家に持っていくだろう」
「頭いいな。あれもSランク……じゃないな」
「条件付与の契約をしてある。それで行動をある程度決めているが、最近魔石が育ったのか知能がついて自分達でも判断できるようになってきた」
何気なく伝えたのだが、途端にアロイスは口元をヒクつかせる。疑問に思い首を傾げると次は溜息で、手で「待て」としている。
「まずな、魔石に条件付与できるのは上級の魔道具師だ。それでも経験が浅ければ五回に一回は失敗するって言われている」
「そうなのか?」
「主は失敗なしだな。三つも条件入れているが」
「おかしいだろ!」
「この森で育って常識がいまいち分かっていないんだ。なるほど、口には気をつけよう」
何気なくやっている事がとんでもない事だというのがよく分かった。
だが、そこでふと気になった事もある。
「なぁ、アロイス」
「ん?」
「剣に生前の持ち主の意志が宿っているってことは、あるのか?」
問うと、アロイスは素直に考えて、難しい顔をしながらも頷いた。
「失われた技術の中にあるな、そんなのが。確か英霊武器ってやつだ」
「英霊?」
「かつて、魔人によってこの世界は滅び掛けた。その時異世界の勇者と共に戦った奴等の武器が一部英霊武器として色んな場所に奉納されたり、何かを封じる楔になったんだと。ただ、当時のもの凄く高名な魔道具師や鍛冶師が命がけで作ったって話で、今じゃ伝説だけが残ってる」
「そうか」
では、やはり失われているのか……。
スルトの扱いをどうするか悩むのだが、そんなに凄い伝説の剣ではおいそれと表にも出せない。困ったと考えていると、不意にほんのりと甘い匂いがした。
「なんだ?」
やや下を向いていた顔を上げて辺りを見回すがこれというものはない。
匂いはなんとも言えず甘く、近付きたくなるものがある。
足は自然とそちらへ。それをアロイスが慌てて腕を引いて止めた。
「待て!」
「どうした?」
「こいつは多分魔物だ。植物系の魔物にはいるんだよ、こういうのが」
「植物系か」
そう言えばまだ遭遇していなかったなと、虎之助は冷静になって思う。そうなると興味もある。匂いは丁度森をでる方向からしているからついでだと、足を向けた。
「おい」
「まぁ、どうにかなる」
「お前ほんと、マジで頼むぞ」
「感覚ぶっ壊れてる」と愚痴を言いながらもついてきてくれるから、アロイスはいい奴なんだと思う。
頭をかき、苦い顔はしているのだが。
森を進むと匂いはより強くなってくる。確かに香水のような、花の香りのようなものだ。
そういえば食虫植物は虫にとっていい匂いをさせて誘い込み、深く入り込んだ所で捕食するんじゃなかったか?
それの人間バージョンがいるらしい。
そうして警戒しながらも進んでいくと、不意に前方で人の姿を見つけて足を止めた。
それはまるで花の妖精だ。淡いピンクのドレスは、上半身は体のラインを綺麗に出すデザインで、逆にスカート部分は存分に広がっている。繊細な薄紅梅色のオーガンジー生地には同じ素材で作られた花々が彩られている。
「ウィッチマロウだ」
「ウィッチマロウ?」
同じく隠れて見ていたアロイスが舌打ちをする。
「綺麗な女の幻を見せておびき寄せて食う食人植物だ。花粉に睡眠効果があるのと、甘い匂いで誘惑したり思考力を奪ったりする」
「漂ってきていた甘い匂いはそれか」
納得がいく虎之助。だが、アロイスは周囲を確認すると一人立ち上がった。
「攻撃は根だ。レイピアみたいに鋭くなった根でぶっ刺してくる」
「案外怖いな」
「だが、今回はどうやら一匹らしい。そして俺は植物魔物には割と強い。ここは俺にやらせろ」
「? 分かった」
立ち上がったアロイスが腰の剣に手をかける。なかなか立派な剣で身幅は20センチ近くありそうだ。柄には赤い魔石。おそらく炎を使うのだろう。
彼は最初はゆっくり足音を殺して近付き距離を埋める。そして相手の射程距離に入った瞬間強く踏み込み一気に詰めた。
『キキッ!』
甲高い声を上げたウィッチマロウだが、それだけだった。アロイスの抜き放った剣がそのままの勢いで女性の体を一刀両断にしてしまう。すると幻は消え、そこには巨大な花の上に立つ緑色の人型魔物がいた。
ポンッという音と共にドロップ品が落ちる。これを見て虎之助も安心して近付いた。その時だった。
ブンッという風を切る音がしてアロイスは反射的に地に転がって音を避けた。虎之助はそれを見ていたから分かる。
「枝だ! 他にもいるぞ!」
「トレントだ!」
ウィッチマロウの側にあった木がズズズと蠢く。その幹には不気味な顔が浮かび上がり、釣り上がった口を更にニンマリと引き上げている。
柄だが特大の鞭だ。さらに根が蠢き地中から飛び出し足を引っ張ったり絡まったり刺そうとしたりする。大きいだけあって範囲が大きく厄介だ。
「主、あの顔を剣で突き刺せ!」
「分かった!」
クリームに言われて飛び込もうとする。だがそれよりも早く動いた人物がいた。
「この木材が……人を驚かせんじゃねぇ!」
剣が炎を纏う。アロイスはその剣をトレントの顔面に向けて思いきり振り下ろした。真っ赤な刀身が太い幹に埋まり額から縦にトレントの顔を切り裂くと、『ギョギョギョギョギョ!』という不気味な声を上げてドロップした。
「ふぅ、くたびれた」
「お疲れ」
苦笑して近付いていくと、アロイスは苦笑する。そして改めて、ドロップ品を確認し始めた。
「ウィッチマロウからは眠り粉に誘惑の香水、魔石か」
「トレントは多いな。主に木材か。ほかは……この木の筒はなんだ?」
竹の水筒のような物が十数本落ちている。それを拾い蓋を開けてみると、知っている甘い匂いがしてくる。
「メープルシロップだ!」
「なに!」
これにアロイスが飛びつく。彼は中身を確かめると満面の笑みでガッツポーズをした。
「あの野郎、メープルトレントだったのか! こいつは高級食材だぜ!」
「そうなのか?」
「おうよ! メープルシロップはトレントの中でも樹齢の高い奴が作る特殊な甘味だからな。めっちゃ高い」
言いながら拾い集め自分のバッグに入れていくが……入りきらなかったようだ。
「トラぁ」
「分かってる。俺の方に入れるから売るときに言ってくれ」
「悪い。お礼する」
「それならこの竹筒一本くれ。家に帰ったら料理したい」
前回はホットケーキに蜂蜜だったが、今回はメープルシロップもいい。それともカップケーキやシフォンに混ぜ込んで香りを楽しむのもいいだろう。
約束して、他の素材も全て収納して、虎之助達は再びラトマリスの町へと帰っていった。




