31話 ギルドマスター(1)
受付の直ぐ脇には扉があり、そこを潜ると幾つかのドアが続く廊下が奥まで続いている。そこを道なりに行くと二階へと上がる階段がある。ギルドマスターの部屋はその階段を上がって直ぐ、表通りが見下ろせる場所にあった。
両開きのドアは重厚だが装飾はなく、いかにも執務室という感じがする。そこを、兎耳の受付嬢がノックした。
「ギルドマスター、トラノスケさんとアロイスさんをお連れしました」
「入ってくれ」
中から応答がある。声は五十代くらいか? 低く、だが響く声だと思う。あと、酒焼けっぽくややハスキーにも感じた。
場所を譲られ、一応「失礼します」と声を掛けてドアを押し開けると、正面には大きく明るい窓がある。おそらく表通りがまる見えだろう。
その手前には重厚な木製の執務机が鎮座し、更に手前、扉に一番近い場所にはソファーセットがある。
室内を見回して、何処か校長室のような雰囲気を感じた。
そしてこの部屋の主は執務机の向こうで丁度腰を上げた所だった。
年齢はやはり四十代後半から五十代前半。背はそれ程……とは言っても虎之助に比べれば低いくらいなので、普通に170センチ以上はあるだろう。
既に引退しているだろうに服の上からでも分かる筋肉の張り。足腰もしっかりしている。
顔はやや厳つく貫禄があった。グレーの短い髪に緑色の瞳は鋭い。目の下に刃物傷があり、肌はやや浅黒かった。
その人物は虎之助とアロイスを見て一つ頷くと、自身も移動しながらソファーを勧めてくれた。
「急に呼び出して悪いな。ファイーナちゃん、悪いけどお茶頼めるかい?」
「はい」
ぴょこっと耳を揺らした受付嬢がパタパタと出ていく。
それを見送り、アロイスにも促されて虎之助はソファーに座り、その対面にギルドマスターが座った。
「まずは自己紹介しよう。冒険者ギルド、ラトマリス支部のギルドマスターでゼゼルヨだ」
「虎之助です」
手を差し伸べられて、虎之助も素直に応じる。握った手はやはり力強い。現役は引退しているかもしれないが、今も十分に戦える力はあるように思う。
ゼゼルヨはしっかりと頷いてから、手元の紙を見て目を細めた。
「こんな所に呼び出したのは、まぁ、あれだ。お前さんのステータスがやや異常だったからだ。一つ確かめたいんだが、お前さんのジョブはなんだ?」
「あ……」
やはりそこなんだと、虎之助は遠い目をした。だが、こちらを見るゼゼルヨの視線は静かだが逃げは許されていない。鑑定もされてしまっているのだから、今更下手な言い訳などしない方がいいだろう。
観念して、虎之助は溜息をついた。
「職人です」
「はぁ?」
観念した虎之助の言動に反応したのは隣に座ったアロイスだ。凝視する彼に苦笑すると、ゼゼルヨも一つ頷いた。
「いやいや、待てって! こいつ強いぞ! 俺はこれでも冒険者しながら強い奴をしこたま見てきたんだ! こいつからは強い奴の匂いがするって!」
「あぁ、お前の見解も間違いじゃない。だから異常だと言うんだ」
そこで、ゼゼルヨが虎之助を真っ直ぐに見た。
「悪いが、お前さんのステータスと職業欄だけこいつに見せてもいいか? スキルに関しては伏せる」
「構いません。俺も測ったのが随分前で、今どうなっているのか分からないので見られると助かります」
この世界に来てからかなり戦い、おそらく新しいスキルも手に入れているだろう。数値が全てではないだろうが、確認も必要だ。
ここで先程の受付嬢がお茶を出して下がっていき、いざ改めてステータスの開示となった。
のだが……。
『トラノスケ 年齢:28歳 種族:人族 職業:職人
体力:10,000/魔力:8,000/知力:6,500/器用:12,500』
「「……」」
全員が思わず黙る数値へと進化していた。
ネオの話では騎士の体力が7,500あればよく、魔力は4,000で宮廷魔術師よりもやや多いという判断じゃなかったか?
隣を見るとアロイスが口をあんぐりと開けて固まっており、ゼゼルヨが溜息をついている。
「これで、職業が職人だ」
「いや、おかしいだろ! 体力お化けか! 王都の黒騎士だってこんな化け物見ないぞ! それになんだこの魔力量! 魔族か!」
「まぁ、人族だな」
「色々おかしい!」
パニックらしく早口にまくし立てるアロイスが虎之助を見てその肩を揺さぶる。血走った目で。
「なんでこれで職人だよぉ!」
「俺は可愛いぬいぐるみとか作りながらカフェを開いてまったりと過ごすのが夢なんだ!」
「宝の持ち腐れが過ぎる! 勿体ないお化けが出るぞ!」
「勿体ないお化けいるのかよ!」
コントみたいなやり取りの後、アロイスは頭を抱えて落ち込んだ。
「俺より軒並み数値高い。俺、これでもAランクよ? 自信無くすわ~」
「いや、なんというか。俺は少し特殊な場所にいてだな? 生きるのにもこのくらいの戦闘力が必要だったというか……」
絶望の森はこれだけの戦闘力があっても油断すると殺される。そんな場所に住んでいる異常さが今更ながら見えてきた。
「まぁ、なんというかな。確かに職人としての高いスキルもかなりの数持っているが、同等くらいの戦闘系スキルも持っている。しかもレベルが高い。という結果に驚いてファイーナちゃんがパニクって俺の所に結果を持ってきたんだが……間違いじゃないか」
「はい」
溜息に溜息を重ねたゼゼルヨが額に手を置いて唸る。アロイスはまだ復活していない。この状況でどうしろと?
「まぁ、この結果で何となく分かったが……お前さんが冒険者ギルドに登録したい理由は、素材の買い取りと討伐報酬狙いだな?」
「あぁ。俺は自分の食い扶持とクラフト素材を自分で採集している。だがそれだと余分な素材も多いし、エンカウントしたら基本倒すんで素材が余り過ぎている。余剰分を売る場所を探していたんだ」
素直な所を伝えると、ゼゼルヨは腕を組んだまま頷く。
ここでアロイスが戻ってきて、虎之助の肩を掴んだ。
「商業ギルドじゃダメだったのか? あっちのが高く売れるのもあるぞ」
「俺はまだ商売はしないし、そもそも拠点はここじゃないんだ。長ければ何ヶ月も引きこもるだろう。それで商業ギルドは実績の問題でどうなんだ?」
「確かに、商売実績がないとなれば一年で資格が失効するな」
やはりだ。そうなら冒険者ギルドの方が楽だ。住んでいれば自然と討伐はできるだろうからな。
「まぁ、今のご時世強い奴は歓迎だ。俺も最初はお前さんなら騎士でも通用するから紹介状を書こうかと提案するつもりだった。そういう意味で呼んだんだ」
「まぁ、その後で異常さに気づいた」とも言われてしまった。本当に、面目ない。
「そういう事で、冒険者登録を受理する。ランクは……そうだな。通常なら一番下のFからだが、この数値を見ると釣り合わん。そこでだ、お前さんが持ってきた素材を鑑定させてくれ。それでランクを考えよう」
「? そんなんでいいのか?」
当然素材を買ってもらおうと思っていたから持って来た。とはいえ、使い道のない物や多すぎる物、あとはここに来る道中でエンカウントした魔物の素材ばかりだが。
それでいいと言うので、ひとまず机の上を片付けて一部を出す事にした。
ホーンラビットの角と毛皮と肉。キラーグリズリーの睾丸。フォレストウルフの毛皮と爪と牙。オーガの革と角。他は魔石がいくつか。他にも余剰分や道中で採集したものを出した。
「ホーンラビットか。綺麗に狩れてるな。こいつらも傷が多いと等級落ちるからな。それにグリズリーの睾丸か。これ、貴族に爆売れするぜ」
「不要なんだよ」
元気になるお薬は必要ない。
ゼゼルヨはこれらをじっくりと見て……次には目をカッと見開いた。
「な! おま! 何でこんな素材持ってる!」
「え?」
「これ全部、絶望の森の魔物素材じゃないか!」
「……はぁぁ!」
「…………」
そうだった、この世界の鑑定眼は産地が出るんだった。
もう誤魔化しがきかないだろうか。いや、ギリギリいけるか? どう切り返すのが正解だ?
パニックになる虎之助。その時肩の所で全てを見ていたクリームが大きな欠伸をして白いもふもふの腕をう~んと伸ばし、ふわっと浮き上がった。
「主、もう下手に誤魔化すよりもある程度話した方が誤解がないぞ? どうしたって色々詮索は免れないだろう」
「クリーム!」
ふわふわっと浮いたクリームが虎之助の膝の上にちょこんと座る。これにもゼゼルヨとアロイスは目をまん丸にして呆然とした。
「ぬいぐるみが、浮いた?」
「それより喋ったぞこいつ! 爺さん、こんな魔道具あるのか!」
「いや、見た事がない……が」
「……あ~」
もう、成るようにしか成らない。そう感じて、虎之助はがっくりと肩を落とした。




