第17話 月の仙人vs暗殺者
空には無数の星々が輝き、静寂に広がった宿の中庭で我は黒ずくめの暗殺者と対峙していた。数は10人、全員黒い服の上からさらに体型を隠す漆黒のポンチョを被り、素顔は深く被ったフードの影に沈んでいる。微かに漏れる瞳は感情の宿らぬ無機質な光を放ち、獲物を狙う獣のそれとは異なる。
「高名なるヴァニシア公爵家と知った上の狼藉か⁉その命、捨てに来たと見える」
我は敢えて声に気を乗せて鋭く叫ぶ。
威圧。周囲に反響したその波動は物理的な圧力へ変わり。敷地内に侵入してきた暗殺者の全身を叩く。聞いた者が思わず身を停滞するほどの強烈な気の放出は、彼らを分断させサンチェンスが眠る二階の部屋へ向かわせないための牽制だ。我の眼が届かぬ場所で卑劣な手段を用いることを防ぐ。
暗殺者は怯む素振りを表に出さなかったが、視線は完全にこちらに固定させた。隠蔽した奴らの殺気が一層研ぎ澄まされていくのが気を通して伝わる。
それはそうと…。
「(ほう、素の身体能力のみでか)」
我は内心舌を巻いていた。暗殺者独自の矜持か、あるいは魔力感知を避けるための策か。残穢が残る魔力強化をあえて排し、鍛え抜かれた肉体のみで3メートルの鉄柵を飛び越えて侵入を図るとは…。敵ながら見事と言うべきか。彼らの冷徹なプロ意識を如実に物語っていた。
「――っ何事だあぁァァ!!」
静寂を裂く野太い怒号。轟音と共に玄関ドアが内側から派手に蹴破られた。降り注ぐ木片と共に、中庭へと躍り出てきたのはサンチェンスが最も信用する人物、老騎士だった。
我が窓ガラスを大破した瞬間に目を覚ましたのだろう、夜着の上に簡易的な胸当てを急ぎ装着しただけの軽装。しかし彼の手に握られた大剣だけは、月光を浴びて血を欲している。
「アキトォッ!状況報告!!」
「敵の数10以上、所属不明。初弾の爆発矢を防いで以降、遠距離攻撃の気配を感じません。陽動の可能性あり」
「爆発矢…だと」
芝生に転がった槍のような矢を一瞥した老騎士の気が弾けた。握る柄に力が入り、ミシミシと音を立てる。鬼の形相で侵入者を睨むその威圧感は我と比べ物にならない。並みの賊であれば心胆を寒からしめるに十分な迫力。
「坊ちゃまの寝所に爆弾を撃ち込もうとしたか。下郎が!死してなお償いきれぬ大罪を犯したな。儂の手で貴様らを剣の錆にしてやろう」
低く、地這うような宣告。剣を額の横に構え、先端を敵に向けたまま一歩前に踏み出した瞬間、二階からフランソワの「ぎゃあああん!」と火がついたようなけたたましい泣き声が響いた。
「――っむ!」
その泣き声に老騎士の動き止まる。
敵の狙いは明白、こうして我らを中庭に釘付けにし、その隙を見て別動隊が本命であるサンチェンス一家の命を奪う可能性だって残っている。なら作戦はこうだ。
「ガンサン殿、この場は某にお任せを。貴殿は一刻も早くサンチェンス様の所へ!連中の仲間がこれで全員とは限りません」
「だがアキト、この数をお主一人で――ッ!」
どこからともなく飛来してきた針を剣を払い弾く。どうやら、悠長に言葉を交わす時間は終わったらしい。
「心配ご無用。この程度の有象無象、ここから一歩たりとも通しません。それより寝所の安全が重要です」
「……あい分かった。部下を叩き起こし、結界魔法で守備を固めよう。公爵家に泥を塗ることは許されん。蠅一匹通すな!」
「承知」
踵を返して弾かれたように宿舎の中へと駆け戻った老騎士を尻目に、目の前に立ち塞がる暗殺者はポンチョの内側から武器を取り出す。湾曲した双剣、毒を塗ったナイフ、そして極細ワイヤーの束。
我も腰の剣を抜き、重心を沈める。…ふと、建物の屋根に設置された大型クロスボウへ意識を飛ばす。第二波が発射される様子は皆無、寧ろ初弾を防いだ瞬間、射手は逃亡を図った模様。
「(全員を捕縛するのは無理だな。…仕方ない)」
「針売りの見習い、美食ギルドの食通家、相乗り馬車の娼婦と御者、薬草採取の依頼を受けた冒険者。分散して王都から我らを尾行する理由が謎だったが、まさかバラバラにした重弩を隠し運ぶためだったか」
「「「…」」」
我の言葉に返事はないが、確実に空気は変った。すると集団の中から一人、小声で仲間に呟いた。
「予定変更。プランCに移行せよ」
直後、暗殺者の影が爆ぜた。長期の訓練と多くの実戦を重ねた暗殺者の連携は一糸乱れぬ機械の如し。正面からは湾曲した双剣が月夜の風を切り、左右からは毒塗りナイフが視角の外から胴体を狙う。頭上からは極細のワイヤーが絞殺の円を描いて降り注ぐ。
「――縮地法」
包囲網のわずかな隙間へと滑り込む。同時にキン、と一度だけ硬質な音が響く。仙気を纏わせた剣先が閃き、周囲を舞っていたワイヤーがバラバラと宙で解けて芝生へと力なく落ちた。続け様に落ちたワイヤーを軽身功で手元に引き寄せ、背後から音もなく肉薄してきた双剣使いの喉元へ弾く。
「一人目」




