第11話 騎士vs月の仙人
百の剣が一個体に向けられる光景というものは、なかなかに壮観。
訓練場に刻まれた無数の傷跡、破裂跡が一介の訓練場ではないことを明白に示している。膨大の汗と血を吸い込んだ白砂の上に立つ我を取り囲む公爵家自慢の騎士たちは、誰一人として気を抜いていない。向ける剣先はぶれず重心はやや下、岩を砕く威圧だけが放っている。
一人一人が魔法で性能を強化された鎧を纏い、握る剣は刃引きしてない真剣。
その数、百人。正面からぶつかれば小国の一個旅団なら数時間で壊滅させるであろう戦力がこの場に集結したいる。公爵家の影響力が成せる業か、はたまた数世紀分を先取りした魔道具の結晶なのか。たった一人の男を屠るために投じられるとは真に迫る愛の形。
「(親馬鹿ならぬ、爺馬鹿の究極系というわけか…)」
密かに嘆息をもらす。
我はふと訓練場の高所に設けられた重厚なガラスの向こう側にある観戦室へ目を向けた。そこには片手にワイングラスを携えながら家臣らしきグループと優雅に語り合うサンチェンスの姿が目に入った。
ふいにサンチェンスと視線がぶつかった。彼は一瞬「しまった」という顔をしたが即座に貴族令息の仮面を被り、ワインを持つ手を軽く上げて誰にも聞こえぬよう唇だけを動かした。
『すまん、つい口が滑った』
苦笑を浮かべながらのその口パクは、どこからどう見ても確信犯。娘に抱っこを拒否られた腹いせに現当主である父の逆鱗に触れる余計な報告をした元凶は「反省しているが止める気は微塵もない」と言わんばかり。
視線を前方へ戻す。…なるほど、百人の騎士に当主の殺気にも合点がいった。
「(氏素性も知れぬ無位無官の者に、問答無用で極刑を下さぬあたり、彼らなりに計るところがあるのかもしれぬな)」
それ以降我は脳に巡らす思考を止め、腰の柄に手を掛けた。
「全部隊、突撃ッ!!」
「魔法部隊は先制攻撃!塵一つ残さず焼き尽くせ!」
当主と横に付き添う指揮官の怒号が響き渡る。同時に百近い足音が地を震わし、太陽を反射した銀光が四方八方から我へと殺到する。
「火球」
「風刃」
「水弾」
左右端より空気を裂く魔力の震え、先制の魔法が放たれる。大気を焦がす火球、不可視の風斬り、水の弾丸。模擬戦とは名ばかりの、殺傷力を孕んだ攻撃が視界を埋め尽くす。
――仙術・縮地
一歩、ただ一歩前へ踏み出す。足裏が地面を離れた刹那、我の姿が揺らいだかと思うと次の瞬間には先頭にいた三人の騎士の懐に滑り込んでいた。
「なっ⁉消え…」
「失礼」
鞘に入れたままの剣で一閃。仙気を込めた鞘は胸当てを正確に打ち込み衝撃だけを流し込む。魔法強化された装甲が悲鳴を上げ三人の巨体を木の葉の如く吹き飛ばす。完全武装の成人男性が軽々と押し飛ばされ光景に対応が遅れた後方の騎士が避けきれず、まるで倒れるドミノのように陣列を崩した。
「怯むな!相手は若造たった一人、突撃ィィ!」
爆ぜた魔法の爆煙を切り裂いた重装騎士の第一陣が殺到する。遠慮の無い突き出された十数本の真剣。背後からも殺気立った気配。
包囲。連携。挟撃。盾役が前に出て視界を塞ぎ、後列から斬撃と突きが雨のように降り注ぐ。正攻法で百人に囲まれれば、達人であろうと即死の斬嵐。
――仙術・軽身功
仙気を操作した我の自重は紙より軽い。地を蹴れば身体が宙を浮く。重力が薄れ視界が上に上がる。我がいた場所に騎士たちの剣が交錯する音を空中から見下ろす形になった。
「なにッ⁉」
風魔法以外の方法で飛翔した我に驚愕が走る前に、着地と同時に踵で地を叩く。
――仙術・震脈
見えぬ衝撃波が波紋となって地を走り地面を揺らす。不意な震動が前列の騎士たちの体勢を崩す。その隙を見逃す我ではない。
剣が舞う。仙気を流し込んだ衝撃が鎧の防御を通過して芯に響く。一人、二人、十人と意識を刈り取っていく。倒れながらも切り傷を負うっていないに気づき、愕然とした表情を浮かべながら地面に激突する。
「な、なんだ奴は…!」
――仙術・天衣
薄膜に伸ばした仙気を全身に纏い我に降り注ぐ魔法を弾き、滑らす。あらゆる角度から攻撃を繰り出そうと届かない。爆風が髪を揺らす。
「化け物め…包囲を解くな!数で押し切れ!」
采配を振る指揮官が声を荒らげる。だが、その焦燥こそが隙を生む。
「次で終わらせよう」
右足を引き、腰を低く構える。そして、得物を三寸だけ抜き放つ。気が爆ぜ、足元の白砂が跳ね上がり彼らの視界を奪った。
――月仙流・月迅剣
月光にも似た淡い斬気が半円を描いて解き放たれ、一振りが千の斬撃を生み出し視界を覆う白砂と共に訓練場全域を薙いでいく。肉を裂かぬし出血も皆無。ただ鎧の継ぎ目、関節、重心の要だけを正確に叩き抜いた。
カチンッ、と剣を鞘へ戻した硬質な音が響いた。
砂塵が晴れた時、立っている者は誰もいない。対して無傷で佇む我の衣には塵一つない。周囲を見渡せば、百人近い騎士が一人残らず地に伏し、あるいは呆然と空を仰いでいた。五体満足、命を落とした者はいないと言うのに誰も口を開こうとしない。
「某の実力、如何でしたでしょうか」
我の問いは白砂に吸い込まれることなく、静寂が支配する訓練場に鋭く響いた。場に蔓延していた殺気は霧散し、今は事態を飲み込めない観衆の戸惑いが漂う。観戦室の向こうではサンチェンスがワイングラスを口元へ運ぼうとした姿勢のまま、彫像のように固まっている。
「小僧…名は何と申す」
「アキトと申します、公爵閣下。それ以外の何者でもありませぬ」
剣を握りしめたまま立ち尽くす公爵家当主がギリ、と奥歯を噛み締める。
次いで地を這うように重く沈んだ声が、静まり返った訓練場の隅々まで響き渡った。
「アキト…あい分かった。その名、覚えたぞ。良かろう、貴様の罪は演武で赦そう」
どうやら我は許されたらしい。心から胸をなでおろす。
しかし、当然これで終わりなどではない。我の平穏はサンチェンスとの邂逅時点で失われたことをまだ知る由もなかった。




