どうにも説明が上手く行かない
熊獣族の少女ハンナは、おしゃまな14歳。
明るい朝、広いベッドでゆっくり目覚めた彼女は、家族の待つダイニングへ。魔導家具を気軽に操作。美味しい食事をたらふく食べたら、部屋に戻って服を選ぶ。
今日は蜂蜜色のワンピースにしよう。彼女の茶色い体毛色によく似合っている。
「これは……?」
聖女が困惑した声を上げる。
「都市の説明動画です。導入用なので、気軽に見てくださいね」
熊少女ハンナが家を出ると雨が降っていた。
でもその雨は、空の結界に阻まれて地面には落ちてこない。彼女はそれを眺めながら、綺麗な噴水の脇を通り、橋を渡り、スキップをして商店街へと向かう。
ウィンドウショッピングを楽しんでいると、キラキラした素敵な洋服を見つけた。でも、値段を見ると、なかなかの値がついている。パーソナルカードを見ても、ポイント残高は足りない。
彼女は少し考え、一つのアプリを立ち上げた。
「な、なんですかこれ」
「アルバイト募集アプリですね。商店側は条件を書いて募集し、従業員側は条件を見て応募します。見て下さい、彼女は短期アルバイトのページを見ているようですよ」
場面は代わって花屋。
ハンナはアルバイトとして店のエプロンをつけ、元気に接客していた。するとそこへ、虎獣族のすらっとした青年が現れる。ハンナはうっとりした目で彼を見つめた。
青年は一本のヒマワリを購入する。そして、そのまま店を立ち去るかと思いきや、ハンナの前に跪いて買ったばかりの花を差し出した。
「え、えええ……これは一体」
「ロマンチックな展開ですね」
場面は変わり、中央公園の噴水へ。そこには、ハンナと青年が座って談笑する姿があった。
彼女の服装は冒頭で憧れていたものである。左手には一本のヒマワリを持ち、右手は青年と繋がれていていた。二人はそろって可愛らしくはにかむ。
カメラがズームアウトしていくと、背景には二人を優しく見守るように世界樹が映され、最後にメッセージが表示された。
『夢の都マザーメイラ。あなたも暮らしてみませんか?』
そうして動画が終了する。
いやぁ、これは何度見ても良いものだ。
「あの……これって」
「クロムリード領都マザーメイラのドキュメンタリー風PR動画です。ちょっと盛ってますけど、概ね嘘はついてないですよ。だいたい皆さんこんな生活をしています」
この冬の間に、パーソナルカードには自由に動画をアップロードできるアプリを配信する予定だ。そしてこの動画は、マザーメイラ公式コンテンツとして公開する予定のものである。なかなかよく出来ているだろう。
聖女は目を閉じて黙り込む。
そして、背筋をぐっと伸ばし俺を見た。
「マザーメイラ。とても綺麗な街ですね……。ですが、こんな都市を維持するために、いったいどれだけの奴隷を働かせているんですか?」
「奴隷、ですか?」
「少なくとも、この地下教会に奴隷はいません。どんなに苦しくても、皆で苦労を分かち合い、協力して生きています」
聖女の目に少しだけ活力が戻っている。そして、街の動画を見せる俺に対し、警戒するような目を向けた。
予想していたとおり、やっぱり聖女が気にするポイントは奴隷だよね。
「あの街に奴隷はいませんよ」
「え?」
「ゼロです。マザーメイラに奴隷はいません。移住される方は、前提として保有する奴隷を領主が買い取ることになりますし、その奴隷もすぐさま解放されます。先程の映像のハンナさんも、実は元奴隷の一家なんですよ。本当の年齢は18──あ、すみません、今のは秘密でした。忘れてください。あ、ハンナさんには言わないでくださいね」
しまった、これがバレたらベアクローの刑だ。俺は肝を冷やして咳払いをする。一方、聖女は目を見開いて画面を見ていた。
「えっと、導入はこんな感じで。理想とする都市はイメージできたと思うので、本題に入りますね」
うん、これで掴みは大丈夫かな。
俺はそう判断し、プレゼン資料のページを先に進めた。
【1216:13】
画面いっぱいに数字が表示される。
俺は眼鏡をくいっと持ち上げ、斜めに立ってクレバーな空気を醸し出す。そう、はじめに意味深な数字を提示するのがプレゼンのコツなのだ。
「この数字に覚えは?」
「……ここにいる一般信者の数と、神父の数でしょうか」
「正解です。さすがですね」
俺は資料を進める。
【音声をお聞きください】
そう書いてある画面を見せながら、一度息を吐いた。努めて心を沈めながら、聖女に語りかける。
「聖女様。約束してください。これから流す音声を聞いても、軽率な行動には出ないこと。必ず私の説明を最後まで聞いてください。決して悪いようにはしませんから」
「……? わかりました」
俺の指が少し震える。
映像は俺が耐えられなくてカットしたため、ここで提供するのは音声情報だけだ。
『……神父様、お願いです。これ以上配給を減らされたら、私達家族は生きていけません。弟は痩せてしまって、ずっと体調が悪くて……』
『そう言われてもな……私とて心苦しいのだ。だが、この拠点に残された食料が少ないのは、分かっておるだろう』
『でも、本当にもう……』
『そうだな……。うむ。お前の態度次第では、なんとか考えてやらんでもないがな』
『っ……触らないで、や、やめてください。姦淫の強要は教義違反のはずです』
『そうだな。強要するのは良くないことだ。だから言っているだろう、お前の態度次第だと。私は今のままでも一向に構わないのだがなぁ』
『…………』
『では、私も忙しいのでな。君たち家族の窮状は心苦しく思っているが……頑張ってくれたまえ』
『あ……お、お待ちください』
『ふむ、まだ何か用があるのか?』
『……』
『くくく、いいさ。私の居室においで。じっくり聞いてあげよう──』
俺はページを送ると、深く息を吐く。聖女に目を向ければ、彼女は下を向き、拳を震わせながら黙り込んでいた。
【1216:13】
画面には、先程の数字が表示されていた。
「聖女様。この地下教会には奴隷はいません、でしたっけ。私の目には、とてもそうは映らなかったのですが」
俺は資料のページを送る。
そこにははじめの質問が映された。
『あなたの思い描く理想の都市とは?』
気づけば、世話係の少女達の数が増えていた。手の空いている者たちがこの部屋に集合しているようだ。
世話係たちはみな仮面を被っていた。レミリアと似た背格好の者もちらほらいる。あとでアルファが詳細な報告をしてくれるだろう。
聖女は膝を落とし、項垂れる。
「御使い様、結局あなたの望みは何なのですか」
「え、えぇぇ……そこからですか。私の言いたいことは、資料のタイトルに書いたつもりだったのですが」
「……?」
あぁ、やっぱりもっとインパクトのあるタイトルにすべきだったかな。俺は資料を最初のページに戻して説明する。
「ですから『新・聖教都市構築のご提案』です。理想とする都市の姿があって、実現するための技術が世の中に存在することも分かっていて、現在のこの拠点の問題も見えているわけでしょう。だから、作っちゃいませんか、という提案なんですが」
「え……あ、はぁ」
俺は聖女の手を握って起き上がらせる。
まさか彼女がこんなに不安定な状態になってしまうとは……資料の構成はけっこう考えて作ってきたのになぁ。どうにも説明が上手く行かない。
とりあえず、プレゼン資料を紙に出力したものを聖女に手渡す。最悪説明しきれなくても、あとから読めば理解できるだろう。たぶん。
「このあとの資料に出てきますけど、都市を作る場所のあたりも付けましたし、技術の概要も簡単に資料に起こしています。あとは、神殿との宗教的な違いを吸収して共存するための案も起こしてきたので、むしろその辺りを聖女様と交渉したくて──」
そう話している時だった。
世話係の一人がバタバタと部屋に入ってくる。なにやらずいぶん慌てた様子だが、どうしたんだろう。
「聖女様、大変です」
「どうかしましたか?」
「神父様たちと信者たちが、大聖堂で言い争っています。このままでは暴動に発展する勢いです」
そう聞いた俺は、聖女に礼をすると部屋を出た。レミリア捜索のためこの拠点を引っ掻き回すのは想定の範囲内だけど、暴動まで発展することは望んでいない。
俺は擬態虫の視界を眼鏡に映し、大聖堂の状況を確認しながら階下に向かった。





