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第11話 繋がる世界

 そういえば俺が生きてるってこと、みんなに連絡してなかったな。

 電車の中でそのことを思い出し、携帯を取り出してはみたが……。

 ありゃ、充電切れてら。

 どうりで向こうからの連絡もないわけだ。こっちに来てから一度も充電してなかったからなぁ。とばりさんちに対応する充電器があればいいんだけど。

 新大阪から高槻へ。そこから乗り換えで西大路まで。合計一時間にも満たない旅の果てに、どうにか迷うことなくとばり邸へと辿り着いた。

 なんだろう、まだそれほど時間は経っていないはずなのに、ずいぶんと懐かしい感じがする。気のせいだな。

 誰かいるだろうか?

 とりあえずインターホンを鳴らそうとしたその時――

「零児さん!? 零児さんなんですよね!?」

 横から驚愕を孕んだ声が聞こえた。見れば、薔薇色の髪を後ろで三つ編みにした少女が幽霊でも見たような顔をして立っていた。

 ジャッロレオーネに連れ攫われる前に共闘したエスパーの少女だ。

 確か名前は……葛城あずみだったかな?

「えっと、ただいま?」

 最初に会ったのが意外過ぎる人物だったからなんと言っていいかわからん。ただいまってなんだよ俺。とばりさんやアルヴィーたちなまだしも、彼女は東京から旅行で来た観光客だぞ。

 しばらく放心していた葛城だったが、困った風に頭を掻く俺を見てハッとする。

「ど、どうして生きているのですか零児さん!? 敵のシェイドに影へと連れ込まれて、生きているはずがありませんわ!?」

「まあ、いろいろあって。葛城こそなんでこんなところに?」

「幽霊なんですか!? やっぱり幽霊なんですか!?」

「うん、ちょっと落ち着こうか」

 目を回してレイピアまで抜き放った葛城を宥めるのに一分ほど時間を要した。

 それから葛城は俺を押し退けると、インターホンを鳴らし、嬉々とした声で告げる。

「皆さん! 零児さんが帰って来ました! ちゃんと生きていますわ!」



「――というわけだ」

 そうしてとばり邸に帰還した俺は、大阪で知り得た情報を包み隠さず全て打ち明けた。

「その話が本当でしたら、健さんが現在、零児さんの世界にいるということは確かなようですね」

「確認したわけじゃないから断言はできないが、敵が俺を殺そうとしてるってことはそういう意味になるんだと思う」

 葛城あずみは東條健やアルヴィーたちととある騒動で知り合ったのだという。詳しく聞くつもりもないからどんな騒動だったかは知らないが、京都観光にはサプライズで彼の自宅を訪問する計画もあったらしい。

「それにしてもヴァニティ・フェアめ。このような狡猾な手を使いおって……」

「でもこんな現実味のない策を甲斐崎や幹部たちが企てるとは思えない。言っちゃえばさ、異世界に追放するより目の前で殺しちゃった方が確実だもん。きっとミスター・レオの独断ね」

「そのミスター・レオって誰、何者なの……?」

 アルヴィーとまり子ちゃんと風月が神妙な顔をして話し合っている。『ヴァニティ・フェア』ってのはシェイドのみで構成されたいわゆる悪の組織で、東條健とこの場にいる俺以外の全員が敵対関係にある。中でもリーダー的な位置にいる東條健は目の敵にされてるんだと。

「……ミスター・レオ、昔幹部だったやつよ」

 聞くところによると、まり子ちゃんはかつてその組織の一員だったそうだ。なんやかんやあって今では東條健側についているらしい。なんやかんやは、なんやかんやだ。よく知らん。

「んで、お前はその人工のなんちゃらってのを探しに行くつもりか?」

 ソファーにどっしりと腰かけた不破さんが俺に訊ねた。

「『次元の門』な。アレが見つかって上手くいけば元の世界に戻れるかもしれないんだ。探さない手はないだろ」

「まあな。零児んとこの世界と繋がりゃ、東條のやつも帰って来れるってわけか」

「できれば手伝ってもらえたら嬉しいんだけど。俺、土地勘ないし」

「だからオレだって土地勘ねーよ! そりゃ手伝いはしてやるけどよ、オレにそういうことは頼むなよ。いいな」

 だって不破さんが一番話し易いんだもの。ここの面子の中で最も中立的に物事を見れてるっぽいし、一晩飲み明かした仲だし。

 東條健の入れ替わりでやってきた俺としては、彼を本当に大切に想っている彼女たちにあれこれ迷惑はかけたくないんだよ。

 ……東條健、か。

 俺は皆を見回す。

 アルヴィーもまり子ちゃんも不破さんも葛城も、あとついでに市村も、みんな一騎当千の実力者だ。そんな彼彼女らのリーダー的存在である東條健って……何者なんだ?


 少なくとも化け物じみた強さは持っているだろう。

 皆に慕われているところを見るに、人格も素晴らしいに違いない。

 美人美少女にこれほど想われているんだ、きっと背も高くてイケメンだろうね。


 ……勝てる気がしない。いろんな意味で。

 とりあえず、携帯の充電をお願いしよう。

「とばりさん、携帯の充電器ありますか? この機種なんですけど」

「どれどれ? あ、これならたぶん持ってるわ」

 なんであるんだよ、異世界なのに。パラレルだから?

「まあ、充電器くらいなら見つからなくてもすぐ作れるから問題ないわね」

 この人の物作りスキルはやっぱり半端ないようだ。うちの技術研究開発部にスカウトしたいくらいだぜ。

 二分ほどでとばりさんが充電器を持って来てくれた。早速コンセントに差し込む。

「あ、そうそう、携帯で思い出したわ。零児君、誰かに連絡取ってみた?」

 本当に携帯が充電されているか確認していると、とばりさんが無邪気な笑顔でそう言ってきた。

「いえ、どうせ異世界なんですから繋がりませんよ」

「そう? やってみないとわからないわよ。異世界は異世界でもパラレルワールドだから、世界間隔は近いはず。もしかしたら繋がるかもしれないよー?」

 それもそうだな。試す前に諦めてちゃ話にならない。

 俺は携帯の充電器を繋いだまま誘波に電話をかけてみた。


 Prrrrr Prrrrr Prrrrr――ガチャ。


 !

『もしもしぃ、どちら様ですかぁ?』

 おいおい嘘だろ。本当に繋がっちまったよ。このおっとり声は紛うことなき日本異界監査局局長――法界院誘波の声だ。

「俺だ、誘波」

『俺? あぁ、オレオレ詐欺の時代はまだ終わってなかったんですねぇ。それで、どちら様ですかぁ?』

「……え?」

 なにかがおかしい。

 携帯から聞こえる声は確かに誘波なのに、まるで俺を知らないみたいな……

「お前、法界院誘波だよな?」

『そうですけど、うちにお金はありませんよぅ』

 ……そうか、違うんだ。

 誘波は誘波だが、この電話の向こうにいる相手は、俺の世界の法界院誘波じゃない。この世界の法界院誘波だ。

 パラレルワールドってことは同一の存在がいたってなんの不思議もない。恥ずかしいことに、俺は俺を知らないこの世界の誘波と電話が通じて一瞬舞い上がってしまった。

「悪い、どうやら間違いだったみたいだ」

『そうですか。今度からは気をつけてくださいねぇ、レイちゃんは割とドジッ子ですから』

 ――ん?

 なんか今、激しく聞き慣れた呼び名を漏らさなかったか?

「あー、そういえば、この間お前のお宝本にゴキブリが挟まってるのを見かけたな」

『それはどこの本棚の何段何列目ですかレイちゃん!?』

「お前やっぱ本物だな!」

 BとLが引っつきそうな漫画本に対する過剰反応と、背中がこそばゆくなるあだ名。前者はどうか知らんが、この世界の誘波が後者を口にできるわけがない。なんせ俺は名乗ってないんだ。

『あらあら、バレちゃいましたね』

「意味わかんねえ演技で無駄な体力を浪費させてんじゃねえよ!」

 いつも思うが、こいつはふざけないと電話にもまともに出れんのか。

『異世界にいるはずのレイちゃんから電話がかかったのです。驚いてついからか――ケホンケホン。慎重になるのは当然でしょう』

「今めっちゃ本音が聞こえたぞコラ」

『ところで電話が通じるということは戻ってこられたのですか?』

 さらっと流しやがった。まあいい、本題に入れる。

「いや、まだた。電話が通じたのは俺がいる異世界がどうも――」

『パラレルワールドだから、ですか?』

「なんだ、わかってるのか」

『ええ、ですがそれだけでは説明つきませんね。他になにかしらの要因があるはずです』

「電話が繋がる原因より、どうやったら元の世界に戻れるか、だろ?」

『いえいえ、もしかするとそこにヒントがあるかもしれませんよ。現状ではなにも手掛かりを掴めていないので、あらゆることを視野に入れる必要があります』

「手掛かりについてなんだが、こっちに人工の『門』があった」

『……本当ですか、レイちゃん?』

 誘波の声色が変わった。少し真面目なモードに入ったらしい。

『それは動いたのですか?』

「いや、まだ見つかった場所がわかっただけで、実際にこの目で見たわけじゃないんだ」

『実はですね、レイちゃん。研究途中に「門」のプロトタイプが一つ、事故で異世界に消え去っているのです』

「こっちで見つかった『門』がそれだと?」

『可能性は否定できませんね』

 向こうで消え去り、こちらで見つかった。そう考える方が自然だが、なにせ次元は広いからな。他のパラレルワールドから飛んできた可能性だってあるんだ。

『「門」については現物を手に入れた時に再度お知らせください。それよりも――』

 ふふ、とどこか嬉しそうな笑い声が漏れた。

『レイちゃんが無事でよかったです。リーゼちゃんもセレスちゃんもとっても心配していますよ。レイちゃんがいなくなってから約三十時間、私も心を締めつけられるような思いを――』

「ええい! 白々しい嘘を弾んだ声で並べ立てるな!」

 まったく、このアマはいついかなる時でも舌がよく回るな。思わず感心してしまいそうだ。なんか小声で『嘘じゃないのですが』と聞こえた気がしたが、まあ、三十時間も行方不明の消息不明だったんだ。ちょっとくらいは心配したのかもな。

 ……待て、三十時間?

 なんかおかしくないか? 俺はこの世界に来て二日以上経ってるはずだ。

「誘波、そっちは今何時だ?」

「? 午後の六時ごろですが?」

「こっちは午後の三時だ」

 やっぱり。俺がこの世界に飛ばされた時の状況を考えると、世界観の時差はだいたい六時間ってところだ。なのに、計算が合わない。イヴリアの時みたく時間の流れが違うのか?

 と、誘波も俺の疑問を察したようだ。

『当時、そちらの世界は夜だったと聞いています。そうなると時差が妙ですね。パラレルワールドですから恐らく大差はないと思うのですが……電波が世界間を渡る際に時間軸が捻じ曲がってしまうのかもしれませんね。面白い発見です』

 イヴリアの時も本当は時間の流れは一緒で、俺が門をくぐった時に別の時間軸に出てしまったのかもしれんな。――って、そこら辺の考察は俺の仕事じゃなくて変態研究者どもの仕事だろ。

 俺が今やるべき仕事は、確信を持ちつつも確定されていない事柄の証明だ。

「誘波、俺と入れ替わりに誰か来なかったか?」

『はい、来ましたよ。タケちゃんのことですね』

 東條健だから『タケちゃん』か。既にあだ名がついているってことは、今ごろは監査官の名簿にきちんと名前が載っているだろうね。

「やっぱり東條健は俺の世界にいるみたいだぞ」

「「「――ッ!?」」」

 俺がこの吉報を皆に報告すると、全員が驚愕した面持ちになって物凄い勢いで俺に駆け寄ってきた。

「健がお主の世界にいるとな!?」「じゃあわたしと代わってよ! 健くんと話したいから!」「みゆきさんには関係ないでしょ? ねえ、携帯貸してよ! いや貸せッ!」「テメェ今の話ホントなんだろうな!? どうなんだよ、おいッ!」「もしウソをついてたら剣劇百花繚乱! もとい針を千本飲ませますよ!」「ちょ、ちょっと。みんな落ち着いて!」

「うわっ!? ちょ、押すなよ。今から訊いてやるから!」

 俺はいきり立つ皆を手で制して誘波との会話を続ける。とばりさんだけが背後から皆を制止しようとしていた。

『レイちゃん、女の子の声がたくさん聞こえましたけど、なにをしているのですか?』

「え? なに声にドスを利かせてんの?」

 ニコニコの笑顔で黒いオーラを放つ誘波の姿を幻視してしまった。

「東條健の身内のやつらだよ。東條健はそこにいるのか?」

『はい、タケちゃんなら今……リーゼちゃんのおっぱいを触ってしまってボコボコにされていますねぇ。どうやら二回目だったようで、リーゼちゃん物凄く怒ってます』

 なにやってんの東條健!? そう言われると後ろがやけに騒がしいな。『コイツをなんとかしなさいよ!』ってリーゼの声も聞こえる。

「そうしたいところですけど今手が離せないんですよぅ、リーゼちゃん。それでレイちゃん、タケちゃんになにかご用件でしょうか?」

「代わってくれ。身内が話をしたいんだと」

『了解です。少々お待ちください』

 そうして俺は携帯をとりあえずアルヴィーに手渡し、一歩下がった。するとすぐに東條健が電話に出たのか、皆の表情が一気に明るくなった。

 半端ない慕われようだな、ホント、羨ましいぜ。

 終わったら俺もリーゼたちの声を聞いとこうかな……。


        ――数分後――


「ごめんなさい、なんか切れちゃったみたい」

「え?」

 とばりさんから残念なお知らせと共に返してもらった携帯が、再びあちらの世界と繋がることはなかった。


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