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ラミアが伝えた真実

__デシールはベッドから体を起こした。


(少し眠ってしまったのか……)


見張りから時間を聞く。それほど時間は経っていなかった。


隣を見るとマイラの姿はない。彼女は長く起きていられるほど回復していなかった。


静まり返る牢獄の中、こつこつと軽い足音が向かってくる。


「ケイテ様! また、いらっしゃったのですか」


場違いな人物の登場に、見張りの兵が腰を下げて挨拶をした。


どうやらデシールが眠っている間にも、一度来ていたらしい。


「デシール。起きたのね」


ケイテは鉄格子が邪魔だと言わんばかりに、鉄の棒の隙間に顔を近づけた。


デシールは軽く挨拶をしただけで、鉄格子には近づかなかった。


近寄る気の無い彼を見て、ケイテは見張りに声を掛ける。


「牢の扉を開けてちょうだい」


「え……どうするおつもりですか?」


「今日は私もこの牢の中で眠るわ」


見張りは目を丸く開き、両手を大げさに振った。


「いえいえいえいえ! 姫様を牢屋に入れるなんて出来ません!」


彼女にとってはデシールさえ居れば、牢獄だろうと問題なかった。


しかし常識を持ち合わせた兵士に、それを認めることは出来ない。


断固として鍵を渡そうとしない見張りに、デシールは心の中で感謝した。このような狭い場所でケイテと2人きりになれば、何をされるか容易に想像が付くからだ。


しかしケイテは簡単に諦める性格ではない。


「あ、そうだわ。良い場所があるじゃない」


何かを閃いたという仕草で手を叩く。


「ねぇデシール。こんな暗い場所嫌よね。今すぐ移動しましょう」


兵士に何かを伝えるケイテ。後に入ってきた兵士達が眉間にしわを寄せていた。それを見て、次の移動先がろくでもない場所だという事を理解した。




__連れて来られたのは牢獄と同じ階にある部屋だった。


牢獄と比べると数倍の広さがあるが、物騒な器具がスペースを埋めていた。


その部屋でデシールは椅子に座らされ、天井から下がる鎖に手錠を繋がれた。


その場所は拷問室であった。


兵士達はケイテの指示で退室させられている。恐ろしい事に、この状況でケイテと2人になっていた。


「どうしてこんな場所に……」


「安心してデシール。なにも拷問しようって訳じゃないの」


椅子から見上げるデシールの胸に、ケイテはそっと手を当てた。


シャツが脱がされ半裸になっていたため、ひんやりとした手が肌に直接触れた。


「今夜が私達夫婦の初夜になるの。ああ、何だか緊張してきたわ」


その発言で、これから何をするのか察しがついた。


「もう一度言うけど、僕はケイテとは結婚出来ない。婚約の事は本当にごめん。でも兵が貸してもらえなければ、この国はどうなっていたか……。だからごめん」


デシールは必死に謝罪の言葉を並べるが、彼を見下ろすケイテの機嫌が見る見る損なわれていくだけだった。


「そんなくだらない話をしに、ここに連れてきた訳じゃないのよデシール」


「聞いてくれケイテ。僕は君よりも先にアニスと……っ!」


必死の弁明は、ケイテが彼の口に人差し指を割り込ませたことにより中断させられた。


「あなたが自らの身を差し出す事で、この国を守ろうとしているのは分かってるわ。でもその件は、王族である私達がなんとかするから」


ずっとこの調子で、アニスと婚約していたと言う話に聞く耳を持たない。


口から指が引き抜かれたので、話を再開しようと視線を上げる。彼女は先ほどまでデシールの口に挿入されていた指を、今度は自らの口に入れた。正確には指に付着したデシールの唾液を、好物を与えられた子供のように一滴残らず舐め取っていた。


その異常な光景に、デシールは言葉を失った。


「……もう私達を阻むものは何もないのよ」


椅子に座るデシールにまたがり、ケイテは豊満な胸を押し付け抱きしめた。


彼女の言う通り、そこには歯止めというものが存在しない。


「最初からこうしていれば良かった。この部屋であなたを鎖で繋いでいれば良かった。そうすれば悪い魔物に付きまとわれる事もなかったのよ」


今の彼女は、獲物を前にした飢えた猛獣である。息を荒げ、獲物ににじり寄る。


ケイテは今日眠る気などない。満足いくまでただただ犯すつもりだった。はたして彼女がいつ満足するのかは、彼女自身にも分からない。


密着させていた体を一度離し、彼女は自らの服に手を掛けた。するするとほどける音と共に、視界には肌色の面積が増えていく。


そうしてあらわになった彼女の裸体は、現実のものとは思えないほど滑らかで美しいものだった。


「私の初めて……いいえ、私の一生をあなたに捧げるわ」


ケイテは数回、デシールの上半身に口付けをした。


どうにか理性を保っていたデシールだが、体は激しく目の前の女性を求めた。


「うふふっ、ズボンを突き破っちゃいそうな勢いね。今自由にしてあげるからね」


デシールの下半身にそう優しく語りかけると、スボンを両手で剥ぎ取った。


そうしてデシールの裸体を前にしたケイテは、理性の限界を超えた。


「ああっ、ああ! もう我慢出来ない」


ケイテは再びまたがる。


デシールは膝に水滴が流れるのを感じた。


もうどこにも逃げ場は無かった。


諦めかけたその時、寝ぼけたような言葉にならない声が聞こえた。その声はケイテには聞こえない。脳内に直接響くマイラのものだった。


マイラは寝起きから徐々に意識を戻していく。


「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと! 何してるのよ!!」


そんな甲高い声が頭に響く。それと同時にマイラは何かの魔法を発動させた。


その魔法はケイテに向けられたもので、ケイテは一瞬にして眠りに就き、デシールの体にもたれた。


「私が寝てる間に後尾とかやめてくれない!? 少なからず体を共有してるんですけど」


「た、助かった……。ありがとうマイラ」


「いいわよ別に」


そうして白髪の少女は、再び魔力を実態化させ姿を現した。


マイラはケイテの体をデシールから引き剥がし、面倒臭そうに服を着せる。


「あんたの周りの女って、ろくなのが居ないわね」


服を着せ終わり、ケイテを部屋から放り出した。


「ってかあなた本気で黒龍と結婚するつもり? もしそうなら凄い勇気ね。ある意味本物の勇者だわ」


「正直いろいろ迷ってるよ」


アニスと長く暮らしていた彼でさえ、実際に黒龍を前にした時は言いようもない恐怖に駆られた。


今の自分が本気でアニスを受け入れられるかどうか、彼には分からなかった。


「ふーん。まぁ、それはそれで勇気あるわよね」


デシールにズボンを履かせ、後処理が終わった。


マイラには姿を消してもらい、誰か来るように大声で呼んだ。


しばらくすると兵士の一人が部屋の前にやってきた。


ケイテが眠ってしまったのと、鎖に繋がれたままでは眠れない事を伝へ、牢獄に戻してもらう事になった。


ケイテの服はマイラが雑に着せたため少し乱れていた。そして、デシールの上半身にはキスマークが残っている。


それを見た兵士は、何かを悟ったように気まずそうな対応をしていた。




__黒龍の姿で王国を一望しているアニスは、未だ腹の虫がおさまらないでいた。


(なんなんだあの女は……! デシールがあんな女を選ぶ訳がないだろう!)


募る苛立ちを発散しようにも、今の彼女には力の制御が出来ない。出来ていたならば、あの場にいた全員を殺害してデシールを連れ帰っていた。


(デシールが一緒に居ないこの時間は、ただただ無駄なだけじゃないか……)


デシールの事を想うと気が狂いそうになり、三日も精神が持ちそうにない。何か別のことを必死に考える。


そうこうしていると、ある一つのことに疑問を持ち始めた。


(なぜ、私は突然ドラゴンの姿に戻ったんだ……?)


感情が揺さぶられた事で、本来の姿に戻ったのかのように思えた。しかしよくよく考えると、デシールと触れ合うたびに感情が大きく高ぶるアニスにとってそれはあり得なかった。


何か別に原因があるのかもしれない。


そう考え思考を巡らせていると、何者かが接近する気配を察知した。


黒龍に自ら近づく者など稀である。


意識を集中してみると、簡単に姿を捉えた。ひとりの女性が、単身でアニスの元へやって来ていた。


よく見ると彼女の下半身は蛇のようになっている。その特徴を持つのはラミアという魔物だった。


アニスに気付かれたと分かると、ラミアはアニスの巨体を見上げ声を発した。


「あの! 私はレニーと申します! この国で長年、人として暮らしていました」


そう言ってレニーと言う魔物は人に化けて見せた。蛇のような尻尾は見事に消え、代わりに人の足があった。


その外見は、どこにでもいる普通の街娘といったところだった。人里での暮らしが長いせいか、違和感どころか存在感すらない。完璧な変身である。


「黒龍様、どうか怒りをお納めください」


頭を下げるレニー。自分よりも強い魔物に近付くのは大きなリスクがある。しかし、それをするだけの用事が彼女にはあった。


「要件は…なんだ……?」


ドラゴンでの発声には、時間が経った事で慣れ始めていた。


「黒龍様は、あの勇者の人間と共に暮らそうとしているのですか?」


「そうだ」


アニスは即答したが、レニーは恐怖で震えながらも続けた。


「大変申し上げにくいのですが、それは難しいかと思いま……」


言い終わる前にアニスの足が上がり、踏み潰す体制に入った。


「ま、待って下さい! 理由があるのです!」


巨大な黒龍であるアニスにとって、レニーを踏み殺す事は容易い。だが今のアニスには時間だけは豊富にある。故に話だけでも聞いてやろうと言う気になった。


上げた足を元の位置に戻す。そして姿勢を落とし、レニーの話に耳を傾けた。


「黒龍様は、あの場で意図して本来の姿に戻ったのですか?」


「いいや、違う」


「やっぱり……」


気まぐれで話を聞いたアニスだが、自分が知りたい情報が聞き出せそうだった。


「5年前のことなのですが、この王国は魔王の封印に失敗しました。失敗したのは封印用の魔道具が紛失した事が原因でした」


その話は関係者であるブラッド本人が、デシールに話しているのを聞いていた。


「魔道具は魔力を封印するものでした。そして同じ時期に、遠く離れた場所からでも見えるほど大きなドラゴン、黒龍が突如として姿を消しました」


レニーが言うには、何らかの原因によりアニスにその魔道具が発動した。しかしその魔道具では、アニスの膨大な魔力を封印するまでには至らなかった。その代わりに、彼女は魔力の制御が可能となり、人間の姿に化ける事が出来た。


「なるほどな。で? それと私がデシールと一緒に居られない理由にどう繋がる?」


「その魔道具は本来魔王を50年ほど封印するためのもの。一時的な対策でしかないのです。黒龍様ほどの魔力を、長期間制御するなんて無理なんです」


レニーの言う事を理解したアニスは、しばらく沈黙した後に小さく呟いた。


「つまり私は、もう長くは人の姿を保っていられないと言う事か……」


アニスが黒龍の姿に戻ったのは、感情が高ぶったからではなかった。彼女の力を制御していた魔道具の効果が薄れていたからだった。


魔道具の効果が完全に切れればもう人の姿には戻れない。そして黒龍の巨体では、人間と共に暮らすなど到底不可能だった。


明らかに肩を落とす黒龍を見て、レニーは同情の念を禁じ得なかった。それは落ち込んだ彼女が徐々に小さくなっているように見えるほどだった。


実際は、ように見えるではなく、アニスの体が本当に縮小を始めていた。


彼女はもう一度、人の姿に戻ろうとしていた。


「確かに、前よりも人の姿になるのに苦労するな……」


その哀れみすら感じる声色に、レニーは言葉が見つからない。


時間を掛け、アニスは人の姿に戻った。


「今からデシールに一通、手紙を書く。なんとかしてそれを届けてくれないか?」


レニーにはアニスの願いを断ることが出来ない。ラミアである彼女とて、王宮の民であった。王国と黒龍がぶつかれば消えるのは王国の方である。


「分かりました。必ず届けます」


「手紙を届けたら戻ってこい。無事に届けられたか確認するためだ」


「はい」


その後、アニスが書いた手紙をこさえ、レニーは王国へと帰って行った。

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