新たな火種
本日は主人公以外の話です。
珍しい時間に投降してみました。少し短めですので、本日はもう一話お昼ぐらいに投降します。よろしくお願いします。
ランスは新しく配属されることになった第一従士隊にやってきた。
平民であり、田舎育ちの自分など受け入れられないと思っていたが、案外ここにいる第一軍の人間は気さくなものが多かった。というより男臭い奴が多い。
髪は短く切り揃え、宿舎の中では上半身裸のムキムキ野郎が歩いている。
時間があれば身体を鍛える話や戦闘方法の話になる。ランスにとっては素晴らしい環境だった。何より女っ気がまったくないのだ。
「ここなら思う存分自分を鍛えられる」
ランスは夢のような環境に喜びを感じていた。
もしここにヨハンが居たならいけないお兄さんの巣窟に吐き気を覚えたことだろう。
ちなみにランスの部屋は二人部屋であり、相方は頭を短髪に切りそろえた少年だ。
「よう、ランス飲んでるか」
現在はランスの歓迎会だと、従士隊のメンバーで飲みに繰り出している。
ただ飲みたいだけじゃないかと言いたくなるが、陽気な雰囲気にランスも悪い気はしない。
「おう。飲んでるぞ。ルッツ」
「今日は俺の奢りだ。お前の歓迎会だからな」
ランスの肩を抱きながら、奢りだと叫んでいる少年の名前はルッツ、名誉騎士の息子であり、名誉騎士は貴族なのだが子供はその称号を受け継ぐことはできないため第一軍に所属し、騎士になるために励んでいるのだ。
平民ではないが、このままでは平民になるという。貴族と平民の間で生きているような男だ
「まさか、こんなに歓迎してもらえるなんて思わなかったぞ」
「当たり前だろ。お前は戦争を未然に止めた大英雄じゃねぇか。俺は誇りに思うぞ」
ルッツは熱い男だった。ランスが戦争を止めた功績を認められ第一軍従士隊に配属されたと知ると、よくやったと肩をバンバン叩き、素直に褒め称えたのだ。
ランスの方が面食らったが、ランスにとって裏表のないルッツは嫌いじゃないタイプだった。
「ありがとう。あとはそれに見合う力を俺は付けていくよ」
「一緒に頑張ろうぜ」
ランスは今までヨハンと背中を預け合い戦ってきた。
このルッツならば同じ戦場に立ってもヨハンと同じように背中を預けられるとどこか確信を持てた。
「今日は飲むぞ!」
ランスは改めて杯を傾け一気にエールを飲み干した。
♢
「ミリューゼ様、申し訳ありません」
深夜に差し掛かる近衛騎士宿舎では、王女であるミリューゼの部屋でマルゲリータが頭を下げていた。
「あの時、あなたが叫んだのは失策ね。シー」
「はい。何故だが、アイツを見ていると自分の感情が抑えられなくなってしまって……」
「シーが感情的になるなんて珍しいことだけど、ヨハンは私が見込んだ男だぞ」
「はい」
ミリューゼの言葉に項垂れたマルゲリータにミリューゼもこれ以上言っても仕方ないと思った。
ヨハンというイレギュラーな存在に随分とかき回されたと思いつつも、ヨハンの存在を面白いと考えていた。
それと同時にヨハンと供にいたランスのことが気になって仕方ない自分がいることにも気づいていた。
「ランスと言ったか……」
「はい?」
「いや、なんでもない」
ミリューゼの呟きに、マルゼリータが質問を投げかけるが、ミリューゼは言葉を濁した。
「さぁ、団長職を下りたのだ。近衛隊として働いてもらうぞ」
今までは団長職ということもあり、頼めなかった仕事を任せようとミリューゼは嬉々とした表情をしていた。
「かしこまりました」
マルゲリータもミリューゼの物言いに落ち込んでいた気持ちを引き締め、ミリューゼのために働く喜びを思い出していた。
♢
エリクドリア王都近郊に作られた貴族の屋敷。
そこに招き入れられた黒騎士は目の前に座る男にある情報を売りに来ていた。
「それは本当なのだろうな?」
「ええ、間違いありませんよ」
「それが本当ならば私が王になることも夢ではない」
目の前に座る男は、身体に蓄えた脂肪を揺らしながら、口角を釣り上げた。
「そうです。あなた様こそが王に相応しい。この地は古くからエリクドリア王族が支配してきましたが、それを支えてきたのは辺境伯の家系である。あなた様です」
黒騎士を出迎えた者、それは帝国との国境を護り続けた王国の盾である辺境伯ベルリング家の者だった。
「良く回る舌だな黒騎士よ」
「私など単なる小物でしかありませんよ。本当のことしかお話できません。この力はあなた様のモノです」
「お前が持ってきたアイテムと情報はありがたく受け取らせてもおう。これが本当にそれだけの力があるかも試させてもらうがな」
「もちろんですよ」
黒騎士は商人顔負けの笑顔でガルッパ・ベルリングに頷いた。
「この国を我が手に……」
夢見る少年のような瞳をしているガルッパは、目の前に置かれている剣を掲げた。剣は蝋燭の明かりを受け、怪しく光を放っていた。
そんなガルッパを一人残し、黒騎士は屋敷を後にする。
しかし、屋敷の者は黒馬に乗って去って行く黒騎士の背中を見た者は誰もいなかった。
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