成りたがり
後の歴史家は、ランス王国のことを語るとき、色魔のランス王、聖女アクア、そして成りたがりのミリューゼのことを語ることが多い。
色魔のランスはその背徳的なまでの私生活と、英雄に相応しい強さが話題に上がり、聖女アクアは数々の功績があげられる。では、成りたがりのミリューゼとはどのような人物だったのか、彼女は全てを手に入れる欲張りな王妃だったと歴史家たちは口を揃える。
「失礼します。ミリューゼ様、ミリア王女様は健やかにお休みになられました」
ミリューゼの侍女が、ミリューゼが生んだ王女ミリアが眠ったことを知らせにやってくる。ミリューゼはランスとの間に男女の子供を授かった。
ランスの子で一番最初に生まれたミリューゼの子が長男のミンスであり、今年三歳になるが少々頭が足らず、ヤンチャばかりしている。
それに対して、妹のミリアは今年一歳になるのだが、眠る前には本を読むことを好む、賢く聡明であると侍女たちからの評判もいい。
「そう、ご苦労様」
ランス王が政務を放棄したような状態であるため、ミリューゼが王国の政務を一手に引き受けている。そのため子供たちの世話をする時間もないので、侍女に任せきりなのだ。
「侍女長のアンジーが残り世話を続けますので、私どもは下がらせて頂きます」
「そう、ご苦労様」
話を聞いているようで、日が暮れても書類に目を通し続けるミリューゼは同じ返事を返すだけだ。最近ではミリューゼの下へランスが現れることもめっきり減ってしまった。
夫婦になりすでに四年、マンネリと言えば普通の夫婦のようだが、ランスにはミリューゼ以外に二人の妃と、側室が二人いる。
ミリューゼとしても政務があるので、ランスの相手をするのは煩わしさすら感じていたのでありがたいのだが、ここまで必要なくなればいっそ殺してしまおうかと目論みたくもなる。
「しかし、あの男は体だけは嫌になるほど頑丈だからな」
暗殺をしようと、毒殺をしようと、ランスを殺すことができないことはミリューゼにもわかっている。だからこそ飼い殺しを選んだのだ。余計な仕事はさせず、女に現を抜かし、俗世から排除する。
ミリューゼが、セリーヌと相談して出した答えがそれだった。しかし、一度は愛した男、ここまで哀れになれば殺してやりたくもなるというものだ。
「そうすれば、私が唯一の王になれるというのに」
ミリューゼの本当の狙いはそれだった。王はあくまでランス、それがミリューゼにとっては気に入らないと思っていた。政務をしているのも、公務をしているのも、全て自分である。しかし、民から崇められる王はランスなのだ。確かに英雄として活躍していた彼はカッコ良かった。しかし、今はただの色魔だ。
「アクアの狙いが上手く行けばいいが」
一年前にアクアから申し出があり、教会の一掃を行った。さらに学校や亜人の受け入れなど国の予算を大分つぎ込むことになった。それもこれもヨハンが作り上げた。精霊王国連合なる新組織に対抗するためだ。
ヨハンはランス王国の動きを見越し、独立させた百五十三の小国家を同盟させ、精霊王国連合を立ち上げた。そこでは通貨の統一化や、言語の統一化など他種族がルールの下で生活している。
もちろん共存できない種族や、理解し合えない種族もいる。そういう場合も含めて、様々なルールを三十二機関と呼ばれる管理する組織も作り上げたのだ。
「とりあえずは共和国領で、未だ王国の管轄と呼べる場所を安定させるしかないな。カンナに行って軍を派遣してもらうか、セリーヌにも視察団を結成してもらわねば」
仕事は山積み、やらなけれならない事柄もたくさんある。しかし、ミリューゼの頭の中では、さらに先のことを考えていた。
「天帝とは良き響きだな」
ミリューゼが考えているのは、天帝となり全ての領土、国民、権力を自分のモノとすることだ。
「そのためにはあの男にも、もう少し働いてもらわなければならないな」
ミリューゼの思考の中では、自らの夫のことを道具のようにしか考えられなくなっていた。
「そのためにはアクアの言う通り、あの男が邪魔ね。まるで王のように振る舞うあの男を許すわけにはいかない」
ヨハンは排除すべき邪魔者であり、ミリューゼの頭の中にヨハンのことはもうすでになかった。表舞台から消えた者に興味などない。代わりにミリューゼが敵と見定めたのは冥王である。
冥王は天帝に変わり、悪の王として悪名を上げている。闇の教祖と激しく戦いを繰り広げながら、その力を増大させて、各地に自らの配下と土地を増やしていっているのだ。
「今の王は私だけ」
すでにミリューゼの頭の中にはランスはいないのかもしれない。彼女が次に目指したのは絶対王への道のりだった。彼女がどうして欲張りな王女ではなく成りたがりと呼ばれたのか、それは彼女が王女から王妃に王妃から王に、そして王から……彼女は様々なモノに成り変わっていったのだ。
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