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非情な決断

 ヨハン・ガルガンディアは生き残った帝国兵を捕虜として、ダンジョン内にて捕まえた。指揮官を失った帝国軍はそれでも戦う意思を見せたが、ヨハンたちの援軍としてやってきた、ある人物の登場で一気に戦意をそがれることとなった。

 ヨハンはフリードにリンのことを頼み、やってきた援軍と共にキル・クラウンがいるハロルド砦へ進軍を開始した。

 

 時を同じくして、ヨハンから知らせを受けていたシーラとアイスは国境の街を西下し、ハロルド砦を囲うように配置を完了していた。


 キルがエンドールの援護に行けなかったのは、シーラとアイスの軍のせいもあるが、今回の功労者はトンである。

 ヨハンたちと別れていたトン率いるゴブリン軍は、シーラとアイスに伝令を送り、残った二万を双高山とハロルド砦の間に配置した。キル率いる五万の軍も全てが戦えるわけではなく、ゴブリンたち二万を前に、攻めあぐねいた。


「恥を忍んでエンドールに救援を頼んだのに、このままじゃマズイな」


 キルはヨハンと戦ったことから、ヨハンが双高山に何かしらの仕掛けをしているのをわかっているので、双高山で戦うことは危険だと考えていた。そのためヨハンたちが双高山に戻る前に、逃走戦で決着をつけたかった。

 すぐに追いかけたエンドール軍は、軍人として鍛え抜かれている。一人一人も強く、ちょっとやそっとの奇襲では揺るがないはずだ。

 しかし、キルが知っているヨハン・ガルガンディアは、ただ強いだけどうにかできる相手ではないのだ。


「俺の知恵とエンドールの攻撃力が合わさって、初めて勝てるというのに」

 

 キルはオーク族との戦いで疲弊した兵を一日休めたせいで、出遅れてしまった。そのためトン率いるゴブリン達がキルとエンドールを割くように道を塞いだのだ。

 ゴブリン達に気を取られている内に、シーラとアイスが兵を率いてキルを挟み撃ちにするように軍を進めてきた。


「ハロルド砦から動くこともできん」


 キルは早々にハロルド砦に戻り、にらみ合いを続けることとなった。トンとシーラは、キルから攻撃を仕掛けない限りハロルド砦を攻めることはなかった。


二日間のにらみ合いが続き、三日目の昼頃、キルは状況を嫌でも理解することになる。ヨハン率いる第三軍本体がハロルド砦を見下ろす丘に現れたのだ。ヨハンを肉眼で確認できたので間違いないだろう。

 足った三日でエンドールはヨハンに敗れたのだ。どのような経緯で負けたのかはわからない。しかし、ヨハンがキルの目の届くところに立っている。

 それだけでエンドールの敗北と、自身の劣勢を思い知らされる。


「打てる手はもうない。残された手は……」


 キルは突撃という言葉が頭の中に浮かんでくる。しかし、キルはエンドールのような生粋の軍人ではない。その日を楽しく生きるために生きている。


「突撃は愚策……何かいい手はないか?」


 だからこそ、最後まで軍人として足掻くのではなく、キル個人として足掻きたいと思っていた。


「白旗を挙げよ。皆の命、ヨハン・ガルガンディアに預ける」


 キルの決断は早かった。キルの部下には騎士として華々しく散りたいと考える者もいたが、キルはそれを制した。これから行う一世一代の大博打に水を差されるわけにはいかなかったからだ。


「さぁ、ヨハン・ガルガンディア。最後の勝負だ」


 ハロルド砦に白旗が上がり、キル・クラウンが拘束された状態でヨハンの下に連れて来られる。ヨハンの軍服はボロボロになっている。

 エンドールとの戦いは決して無傷で生還できるほど柔な戦いではなかったことが、軍服からうかがえる。


「キル・クラウン……敵国の諸郡として望みを聞こう」


 本来捕虜となったキルは将軍として首を切られても文句は言えない。しかし、キルは捕まる際にヨハンに会って話がしたいと持ち掛けた。

 ヨハンが断ればそれまでだったが、ヨハンはそれを受け入れたのだ。


「……望みは何も、ただ最後にあなたと話がしたいと思いまして」

「話?」

「はい。共に酒を酌み交わした友として、聞いてみたかった。俺はあんたを苦しめることができたか?」


 キルは、ヨハンの雰囲気に一瞬に間を開ける。そしてゆっくりと語り掛ける。ヨハンにとって自分は敵になりえたのかどうか、そしてそれは価値があったのか。


「ああ、今まで戦った相手の中で二番目に強かった」

「二番目?一番は誰です?ジャイアント様でしょうか?」

「いや、黒騎士だ。あれとは因縁があるからな。自分の手で決着をつけたい」


 キルは頭の中で、ヨハンと黒騎士の因縁を思い浮かべたが、心当たりがなかった。彼はサクの存在も、これまでのヨハンの戦いも知らないのだ。


「そうですか、二番目……では、ヨハン・ガルガンディア殿に問います。俺を雇う気はありますか?」

「雇う?

「はい。俺はあんたが好きだ。だから、考えた末にあんたの下に付きたいと思った。どうだ?俺を雇う気はないか?」


 ヨハンはマジマジとキルの顔を見た。キルは、久しぶりにヨハンの顔を見たとき、国境の町であったヨハンと雰囲気の違いに驚いたが、今は真っすぐ瞳を見つめた。


「シーラとゴルドナは精霊族のため、その身を捧げた。ジャイアントは自身の戦場を求め、純粋に戦いを望んだ。なぁキラ、教えてくれ。お前は何のために戦う?」


 真っ直ぐに見つめるヨハンの目が、キルの全てを見透かすようだった。


「俺は……」


 キルはそんなことを考えたことがない。戦場があり、力と能力があった。それらを発揮するのに十分な環境があり、流されるままにここまでやってきた。


「お前は軽いな。その生き方が、その人生が軽い。お前にもっと重みがあったなら、俺は即答でお前を迎え入れていたことだろう。しかし、お前の言葉には重みがない。お前はこの戦いでどれだけの兵が死んだかわかるか?互いの兵を合わせて12万だ。それだけの人が亡くなっている。それを自分の手柄のように話すお前に嫌悪感を抱かずにいられない」


 ヨハンの言葉にキルは、絶望に打ちひしがれた。キルの秘策は自分の功績を持ってヨハンに優遇されることだったのだ。

 キルにとってはいつも通り飄々とした考えであった。しかし、あまりにも頭が深慮が足りないことを、ヨハンの言葉で思い知らされる。


「誰かが責任を取らなければならない。もしも、お前が俺の友人だというのなら、お前は俺の前に立つべきではなかったな」


 ヨハンの言葉はキルへの死刑宣告となった。ヨハンもキルを殺したいと思っていなかった。この戦いが始まる寸前であれば、仲間として引き入れたいと思っていたほどだ。

 しかし、キルは敵として見事であった。オーク部隊八千を全滅させ、エンドールによってコボルトやノームも大打撃を受けた。それと共に、帝国兵九万弱を失う失態も犯した。

 それだけのことをした将軍を生かしておくことはヨハンにはできなかった。


「ヨハン・ガルガンティア!」


 キルは最後の言葉として、ヨハンの名前を叫び、首を切られた。



いつも読んで頂きありがとうございます。

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