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もう一回だけエピローグ


「……アゲハちゃん、行ったよ」

 その言葉と共に私は起き上がる。


「あ、危ない……上半身始めましたは……やられる所だった……」

 カタカタと震えながら私は表情を強張らせる。

 寝ながらプルプルと震えていたのはバレなかっただろうか。

 私の様子に、先生は溜息を零して見せる。


「君ねぇ、いつまで隠すつもりなんだね?」

 その言葉に私はビクッと体を揺らす。


 いつまで? そんなのは私が聞きたい。



 私が目覚めたのは三日程前。

 意識もはっきりとしていて、順調に回復していた。


 そして……先生にお願いして河合君に会わないようにしていた。 



 私の脳裏にはある言葉が浮かぶ。

 それと同時に顔が赤くなるのが解った。

 先生に見えないように慌て上から布団を被った。


「だだだだだだだだって……絶対に聞かれた! 両思いだね、とか言っちゃった! どんな顔で会えばいいかわわわわ解らないし! それに両思いじゃなかったらわたわたわたわた私どどどどどどうすればいいかわ、わっかんない……」

 布団の外からまた溜息が聞こえる。

 そんな風に溜息を零されても仕方が無いものは仕方が無い。

 感情が出るというのは本当に恐ろしい。


 14年間動かなかった筈の感情に慣れる事が出きず、私は感情の一つ一つを爆発させてしまう状態になってしまっている。

 感情の制御が出来ないのだ。

 だから直ぐ赤面するし、直ぐに怒るし、直ぐに泣いてしまう。

 先生曰く、感情の上下が今は小学生と変わらない位なのだと言っていた。


 困った。


 精神科の先生とも話したけれど治すのには時間が掛かりそう。

 せめてこの感情を何とかするまでは河合君には会えない。


 っていうか! 会いたくない!


「……彼は君の為に全力で戦ってくれたんだよ?」


 先生の諭すような声に、私はぐっと喉が詰まる。

 解っている、彼が私の為にしてきてくれた数々を。

 私の為に戦ってくれた事も。

 だから本当は会ってお礼が言いたい、会ってお喋りがしたい。


 ああ、駄目。

 そんな風に思っちゃうとまた涙が。


 感情が止まらない。


 難しいなぁ感情って。


 布団の中ですんすんと泣いている私に、先生は「仕方が無いのかもしれないね」と優しく諭してくれる。


 何時までも逃げて居ては行けない事も解っている。

 私は布団からもそもそと這い出ると、先生と相対する様にベッドの上で正座する。


「…………もうちょっとしたら、会います……頑張ります」

 そう言うと、先生は優しく笑い掛けると私の頭を撫でて来る。

 その仕草が嬉しくて、頬がニヤけてしまう。

 と同時に顔が赤くなって恥ずかしくなってしまう。


 や、やっぱり駄目だ、こんな状態で河合君に会ったり何かしたら。


 想像するだけで頭が真っ白になってしまう。


 そんな私に先生は優しく語り掛ける。


「君にはこれから時間があるんだ。大丈夫。ゆっくり、ゆっくりやっていこう」

 その言葉は力強くて、先生の心からの喜びも見えた気がした。

 そうだ。

 私には未来がある。

 生きなさいと言ってくれた母の為に。


 私は生きる。


 感情の思うままに生きる。


 だから。






「先生、私……いつかちゃんと河合君と正面から向き合います」

 私の言葉に先生は優しく頷いてくれる。


「それで、それで……」

 次に言おうとする言葉は……気恥ずかしくて何度か飲み込んでしまう。

 でもそれは決意表明なの。

 感情の思うように、そうしたいと思うように。

 何度か言葉が詰まる私を先生は待ってくれている。


「ちゃんとした場所で、ちゃんと思いを伝えます」

 それは普通の女の子が求めるように。

 普通の女の子が妄想するように。





「大好きだって」


 それは、普通の女の子のように。



「爺ちゃん先生ー今度アヒルちゃん持ってきていいすかー」

 何てドア越しに爺ちゃん先生に話しかけながらドアノブを回す。

 ドアを開けながら、ふと爺ちゃん先生との約束。

 ノックを忘れていた事に気づく。


 まぁ、次から気をつけたらいいか。




「大好きだって」



 開けた瞬間、聞こえた声に固まる。

 上半身を起き上がらせた彼女が居た。


 固まったまま、目が合う。


「……ピ!?」

 アゲハの口から高い声が出る。

 そんな間抜けな声も気にかけず俺は震える指でアゲハを指差す。


「ア……アゲハが爺ちゃん先生に告白してるぅぅぅぅぅぅ!?」


 俺の叫び声に対して、顔を真っ赤にしたアゲハはブンブンと手を目の前で振りながら。


 同じように叫び返す。


「ち! 違うの!! 私が好きなのは河合く……」


 そこまで言って、アゲハは再び硬直。


「え」

 俺も同じように間抜けな声を零しながら硬直。



「わーーーーーーーーーーー! 違うの違うの違うのーーー!! こんな間抜けな感じで言いたかったんじゃなくてえェーーーー!!」

 アゲハは顔を真っ赤にしながらブンブンと必死に手を振っていた。

 そんなアゲハを見ていて何故か俺まで恥ずかしくなってしまう。


「ててててっていうか!! っていうか!! いつ起きてたんだテメー!!」

 無理矢理話題を変えたようになってしまっただろうか。

 いや違う! これ大事な事だから! 



「あ、えーっと……そうさっき! さっき起きたの!」 


 再びの間。

 あからさまに今思う付いたような言い方に眉間に皺が寄ってしまう。

 では……誤魔化しきれた! みたいな顔をしているお馬鹿さんにクエスチョンです。

「……二日前、寝ているお前に俺は何て言ったでしょーか」


「私の手を握って涙流しながら絶対に起してやるから…! って言ったのはこっちまで恥ずかしかったかも?」

 そこまで言った後にアゲハは慌てて口元を押さえる。

 思わず出たにしても長い台詞だなおい!


「お前メッチャ起きてんじゃねェーーーーか!! グォォ! 死ぬほど恥ずかしいぞちきしょー!!」


「あ、あわわわわわ!! ここここここれはそのぉ!」


「爺ちゃん先生これどういう事だよ!!!」

 ワタワタしているアゲハを無視して爺ちゃん先生に矛先を向ける。


 ……って、いないし!! あの爺! 逃げやがった!!


「せ、先生おおおお置いていなかいいででぇぇ……」

 逃げようとベッドから降りようとするアゲハの目の前で両手を広げる。


「ピ!?」

 何だこいつまた面白い声が出やがった。


「逃がすかテメー!」


「ちちちちち違うのコレはえええええええとあのあのあのあの」

 俺は睨んでいる筈なのだが、アゲハの顔はまだ赤くなっていく。

 目の前で慌しく手を動かしていたアゲハは、何か思いついたのか突然動きを止める。

 きゅっと表情を動かさないように眉や口に力を入れたご様子。

 ベッドに座りなおし、足を組むと髪の毛を、ふぁさ……と謎になびかせる。

 何だろう、クールな感じを出そうとしているのだろうか。


「……冗談よ」

 感情が無かった時の自分の真似……という事だけは解った。

 表情がひきっついている姿は、酷く情けない感じになってますども。

 何でそれで何とかなると思っちゃったのかなこの子は。 


「……そんなんで誤魔化されるかボケェェェェー!」

 俺の叫び声にびくぅっ! と体を揺らすとベッドの中へわたわたと潜り込む。


「わーー! ごめんなさい! ごめんなさい! 冗談! 冗談なのーーー!」


「てめ! 逃げんなって! こら引っぺがすぞ馬鹿!」


「キャァァァァ!! 変態変態変態!!」

 ベッドの上から逃げようとするアゲハとの攻防を続けて5分後。

 ゼーゼーと荒い息をお互い繰り返しちょっと小休止。

 息を整えていると、さっきまでのアゲハの行動が脳裏に過ぎる。

 何だか、込み上げて来てしまう。 


「ブフ……」

 噴出してしまう。

 ヤバイ、ツボにはまった。


「しっかし……お、お前キャラ変わり過ぎだって!」

 一度はまると中々抜け出せず、腹を抱えて笑ってしまう。


 笑い出す俺に、アゲハは更に更に顔を赤くしていた。

 笑われ慣れていないだろうアゲハからしたら恥ずかしい事この上ないのだろう。


 ケラケラと笑い続けていると。


 少しづつアゲハの口端が上がっていく。


 嬉しそうに。


「エヘヘ……そ、そうかな?」

 表現で言えば、アゲハがニヤけていた。


 その笑みを俺は良く知っている。

 笑わせて、相手が笑って、嬉しくなってこっちまで笑っちまう笑み。

 連鎖のように。


 アゲハの笑みは突然、再び先ほどの気恥ずかしそうな表情へと変わる。

 自分が笑っていた事に気づいたようだ。

 アゲハは慌てて両手で顔を隠す。

 当然もう遅い、その笑みを俺ははっきりと見ているわけだけど。

 それでも彼女は見られまいと必死に両腕を顔の前で交差している。


「そ、そんなに見ないで……」

 情けない掠れた声を零す。


 でも、俺はやっぱり俺で。

 そんな彼女に情けを掛ける事も無く、無理矢理に交差している腕をこじ開けられる。


 両腕を握った時に女の子らしい悲鳴を挙げているが気にしない。

 心を、無理矢理こじ開けるように。


 涙目で、顔を真っ赤にしているアゲハとご対面。


 目も、顔も、真っ赤に染めている彼女は可愛らしくて、綺麗で。

 涙を流しながらも彼女の口角は、小さくだけど上がっている。


 俺の目にも涙が溜まる、悲しいからじゃない。

 だって、俺も今笑ってる。



 笑えなかった幽霊娘は。

 可哀想な幽霊娘は。

 14年間、独りだった幽霊娘は。



 アゲハの両手を優しく握り直すと、小さく零す。


「ちゃんと、笑えてる……」





 アゲハの表情は。


 一瞬、きょとんとしていた。


 その後、言葉の意味を理解するようにまた微笑む。



「うん……」



 口頭を挙げて、目を細めて。

 涙を流しながらだから、不恰好に見えるけど、それでもちゃんと。




 彼女の瞳から零れる涙もきっと悲しいからじゃない。







 彼女の口からハッキリと言葉が零れる。








「笑ってるよ」








〔幽霊娘は笑えない〕

―HAPPY END―

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