四十七話め.今いくからね
運ばれてきた時には既に悲惨な状態だった。
出血多量、過呼吸、体温の上昇。
無心病により、死が近い事を、人目で理解させた。
先に準備していて心から良かったと胸を撫で下ろす。
悲惨な状況ではあるが、私が求めていた状態。
彼はやってくれたのだ。
約束を……守ったのだ。
病室で笑わせると決意した彼の思いが私を突き動かした。
だから。
今、舞台が揃ったのだ。
このチャンスをくれた少年の為に、私は全力を尽くす。
彼女の体にゆっくりとメスを入れる。
少女が病に掛かってから今迄の14年。
彼女の母親も含めれば、何十年。
ずっと治す事も出来ずに、苦しめさせてばかりだった。
やっと、やっとこれで終止符を打てるのだ。
彼女を救いたい。
それはあの少年との約束であり、今は亡き彼女の父親との約束であり。
そして……私自身の戒めでもある。
成功されていない手術だと言った。
理論的には可能なのは確か。
なのに成功例が無いのは無心病という奇病自体が少ない、という事も一つだが。
もう一つの理由が大きい。
それは精神的な、感情の問題だ。
死のトリガーになっていたソレが助かる可能性に繋がるというのは、極めて見極めにくい。
ギリギリの生と死の間。
どちらかといえば死に近いソレは、生に食らい付く精神力が何よりも必要だ。
結果論は、患者自身の死にたくないという強い思い。
そういった思いの強さが左右される手術というのは、幾らでもある。
科学的にも立証されている。人の思いと言うのは、それ程強いものなのだ。
感情が動かない無心病には……それが不可能な壁だと言われているのだが……。
それでも信じるしかない。
やれる事を全てやるしかない。
彼女の感情を、心の奥底を拾い上げた彼の力を信じるしかないのだ。
・
・
・
・
どれくらい経っただろう。
時間の概念が解らない程の集中をしていた。
手術室に流れる電子音が、彼女の生を確認出来る。
ここに運び込まれた時よりかは呼吸も安定し、出血も止まっていた。
生き返らせる。
彼女をもう死人にはさせない。
ゆっくりと、しかし細い成功への道を少しづつ辿っていた。
思っていた以上に順調に進み私の心も徐々に不安が取り除かれていく。
行ける。
彼女を、助ける。
彼女の不幸を終わらせるんだ。
しかし、それは突然。
私の思いを裏切るように心電図が大きく揺れた。
同時に呼吸が荒くなる。
「せ、先生脈が!!」
一人の看護婦が焦った声をあげる。
言われなくても突然状態が悪化したのは解っている。
慌てて看護婦に指示を飛ばす。
それでも彼女の挙動は変わらずに更に悪化していく。
ミスはしていない。
寧ろ順調だったのだ。
本当に、いきなり。
適切な指示もスグに無駄に終わり、それでも私は諦めずに手を動かす。
必死に。
何をやっても彼女の様子は好転しない。
幾ら謎の多い病気だとしても、これ程までに何をやっても無駄なのだという事はありえない。
それは。
彼女の意思が。
まるで死に急いでいるように見えて。
まだ、まだ生きる事を拒むのか!
実際彼女の精神的なダメージは本人が解っていないだけで相当な物だ。
彼女を追い詰め続けた14年は。
確かに彼女の精神を蝕んでいた。
その点に関して、感情が無いという事が帰って幸いしていた。
一時的な感情は彼が呼び起こした物。
それは呼び起してはいけない暗い部分も含めて。
一時的とは言え、沸き起こる感情は彼女を苦しめただろう。
14年分の苦しみも合せて。
それでも、それでも……!
ここまで意識が固いものなのか。
生きたい、という思いが出るどころか。
死にたいという思いがここまで強く出る何て。
心電図の電信音は焦らせるように短く、素早く鳴り始める。
「何故だ!!」
手術室に声が響き渡る。
私の口から思わず出た悲痛の声に、看護師達はうろたえた様子を見せる。
「せ、先生落ち着いてください!」
看護師の言葉等気にせずに私は両手をその場にだらんっと垂らす。
諦めているわけでは無い。
手が、無いのだ。何をしても彼女の状態は変わらず。
頭の中では必死に助ける方法を模索する。
出てくる物は既に行った物で。
動けなくなっていた。
「生きたくないのか……」
意思を見せない彼女に訴えるように零す。
まだ、生きる事を拒むのか。
あの男の子の決心を、思いを。
全て無視してまで、君は幽霊でありたいと、死にたいと。
願うのか……。
意識を失った彼女に私の言葉が届くわけが無い。
声が、聞こえた。
それは掠れた声。
「……だ……め……」
聞き取れずに聞こえた言葉の先に、私はッバと顔を挙げた。
その声の人物は彼女自身。
意識が無い筈の彼女から。
彼女は掠れた言葉を続けながら。
笑っていた。
一瞬その笑顔に目が奪われる。
見たことが無い……嫌、彼女が少女だった頃に見て以来の、優しい表情。
その表情は、生きる事を諦めた絶望の表情には見えず。
寧ろ受け入れた風にさえ見えた、優しい笑顔。
掠れた声は、ポツポツと言葉を繋げる。
「今……い……く……から……ね……」
そう言った後、電子音は更にせわしなく音を鳴らす。
それに合せるようにバタバタと動く私達を笑う様に。
電子音は、ッピ、ッピ……と。
短い区切るような音から長い区切らない音へと変わる。
手術室にピーーーーーという電子音が響き渡った。
甲高い音が強く強く響く。
それは。
彼女の死を。
意味していた。
その瞬間固まった。
放心する。
動かない私に合せる様に、手術室の人間は誰もが動けないでいた。
助けられなかった。
わ、私が。
間違って、いたのか?
本当であれば彼女は悲惨な目にあっても。
まだ、生きていれたのかもしれない。
何いずれ死ぬ事になっていたとしても、少しでも彼女は生きていれたのか?
死んだ様な生の無い瞳で、体だけは生きている幽霊のような状態の方が。
良かったのか?
私は、私は。
静かな手術室は死んだ事を強く理解させるように。
甲高い電子音だけが。
響き続けていた。
放心したのは数秒。
弾かれた様に私は声を荒げる。
「し、心臓マッサージだ! 電気ショックの準備を!! まだだ! 死なせない! 絶対に死なせない!!」
何をやっているんだ! 諦めるものか! 一秒も無駄に出来ないんだ! 諦めるものか!
「しかし先生!心臓の手術の時にそんな事……!! 後遺症が残る可能性だって格段に上がります! 植物人間にする気ですか!?」
一人の看護師が泣きそうな声を私に向ける。
私程で無くとも、看護師の中には彼女を昔から知っている者も居る。
思い入れのある彼女の言葉は理解出来る。
心臓病の、しかも手術をしたばかりの彼女に心臓マッサージ等、素人目にもやっては行けない事だと解るだろう。
しかし、それでも彼女に生きていて貰う為に。
今、この手術している事ですら、様々な事が噛み合ったギリギリの状態で作り上げた事だ。
ならばもう悩む事すら必要は無い。
死なせない! 死なせない!!
電気ショックで彼女の体が強く揺れる。
一度目。
彼女の様子は変わらず、電子音も長い音が鳴り続ける。
「もう一度だ!!」
二度目も彼女の体を揺らすだけで何も変わらず、穏やかな笑顔と。
無残に鳴り続ける電子音が残るだけだった……。
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