四十六話め.お前は泣かすからな
頭に衝撃が走る。
目の前が一瞬、真っ白になるような感覚さえ覚えた。
どろっと今度は目の前が真っ赤に染まっていく。
振りぬかれた勢いのまま、倒れ込むと同時に痛みが襲う。
頭を押さえながら、湧き上がるような悲痛の声が込み上げる。
「ぐおおおおおおおおおおおおおあっ!!」
痛い! 痛い!
先程まで力が入らないと感じていた体は痛みにより暴れ回る。
痛みを紛らわすように必死に動く。
「う、あぁぁ……! ああぁぁ!」
嗚咽が漏れる。
それ程の激痛だった。
どろどろと頭から流れる血は止まらず。
医者の瞳が俺を見下す。
「邪魔なんだよ……邪魔なんだよォォォォ!」
何かをボソボソと言っているが、俺の耳には自身の悲鳴で聞こえない。
医者はハンマーを持ったまま、踵を返す。
それは俺に対する攻撃が無くなった事を意味していた。
痛みとは裏腹に一瞬。
安心した。
……安心してしまった。
それが、俺の心を揺らす。
強く、強く揺らす。
痛みはまだ続いているが。
それでも。
思い出すには、その一瞬で十分で。
今、コイツを行かせる方が、ずっとイッテェだろ俺!。
■
ああぁ……早くしないと死んでしまう。
早くしないと実験が出来ない。
あああぁぁぁ。
このままじゃまた無心病の研究が止まってしまう。
クソクソクソクソクソ。
早く。早く。
早くしなければ行けないのに、それなのに足が止まった。
足首に違和感を感じた。
無意識に視線は下を向く。
足首を、掴まれていた。
今も頭から血を流しながら、糞ガキが私の足首を掴んでいた。
「……邪魔を……するなァァ!」
ガキの顔をそのまま蹴り上げる。
頭が弾け飛ぶと共に、血が飛び散る。
掴んでいた足首は一瞬震えると、力が抜けたのが解った。
それを確認し直ぐに歩を進める。
一歩、二歩進んだ後、再び足に違和感を感じた。
下を見なくても解る。
吐き気を催す程の苛立ちで腸が煮えくり返る。
「クソガキがぁぁぁぁぁ!」
顔を上げるクソガキと眼が合う。
ガキは血だらけの顔のまま、馬鹿にしたように笑いかけてくる。
「気持ちが悪いガキがぁ!」
「ヘヘヘ……だったら……テ、テメーは気持ち悪い大人だっての」
減らず口を叩く男の頭を何度も踏みつける。
踏む度に靴がガキの血で赤く染まっていく。
足首から手は離れず、力が緩まる事は無い。
頭が割れている人間とは思えない程の力で、足首を掴まれていた。
こ、こいつは。こいつはぁッ!
頭が割れているのに。
鼻も折れているのに。
血だらけで、何故このガキはここまで。
息が荒くなる。
感情に身を任せて何度も何度も顔を潰した。
こちらが疲れるほどに何度も。
離さない。
笑顔を崩さずに。
荒い呼吸を繰り返しながら、ガキを睨みつける。
「ガ、ガキがァァ……」
口の中で切れたであろう血を、ガキは吐き捨てる。
どろっとした濃いそれは、切れたという量では無い。
「……アイツ笑ったんだ……笑っ……たんだ……」
覚束ないように喋るガキは間違いなく意識が断ち切れる寸前だろう。。
にも関わらずガキは笑う。
状況を解っているのかこのガキは?
言葉を発しながら、足を持っている手に、更に力を感じる。
「だから……いかせ……ない、お前は……泣かす……からな」
こいつの言葉の意味が全く解らない。
何を言ってるんだコイツは?
「意味が解らないんだよ! クソガキがァ!」
このガキのこういう所が嫌いだ。
無駄な行動ばかりのこの男が、笑いだの、笑顔だなどと、のたまうクズが。
行動の実用性も、効率性も、全てが皆無のガキが。
苛ただしげにしている私を見てガキは笑う。
血だらけの癖に、目だけは生き生きと光やがる。
「……笑って、みろよ……だったら解るかも……しれねーぜ」
血だらけで、笑顔で笑う。
何故。
……何故そこまでして。
病院で、言われた言葉を思い出す。
『キミも笑ってみたらどうだい?』
……貴様のように、ふざけた笑みを零し、ふざけた事ばかりしていれば進展していたと言うのか。
「こうだよ……口頭上げて……眼を細めて……よ」
手本を見せるように、皮肉を込めたように、私に見せ付けてくる。
血だらけで、血反吐を吐きながら。
そんな不気味な笑顔を、心からの笑顔だと言うのなら。
それこそ笑えるなクソガキ。
……このガキが必死だという事だけは。
認めてやる。
一瞬、怒りが引いた。
何故だか解らない。
……口頭を上げて……眼を細めて……。
「こうか……クソガキ」
私の顔を見て、クソガキは噴出して笑う。
「ヘヘ……それ、最高に面白いぜ」
やはり、お前の考えは理解出来ない。
クソガキの話を聴いたのは、これが最初で最後だ。
私を狂っていると言ったか。
右手を振り上げる。
鈍器を握り締めた右手を振り下ろす。
躊躇いも無く。
狙いは散々痛めつけた頭。
あぁ。私は到って正気だ。
殺せる程に。
血飛沫が体に飛び散る。
クソガキの眼から色が消えた。
笑顔が残ったまま突っ伏す。
ボロボロでも目障りなまでに動いていた口は止まった。
それでも握り締める足首の力は変わらない。
そうか、凄いな。
2度目を振り下ろす。
3度、4度、5度………
・
・
・
・
血だらけのプレハブを後にする。
急げ。心臓病を解明するチャンスがそこにあるじゃないか。
殺してでも、殺してでも。
心臓病を、心臓病を、絶対に。
ポケットに入っている精神安定剤の薬を震える手で口に放り込む。
私は冷静だ。
私は冷静だ。
私は冷静だ。
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