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四十一話め.あの馬鹿が助けたいと思ってるアンタを助けてやるよ

 後ろからは俺を呼ぶ罵声が聞こえる。

 闇の中を、付かず離れず草木を掻き分けながら走る。

 捕まらない自信は在るが、さっきから声や闇の中の懐中電灯の光が増えてる気がする。

 あのクソ馬鹿医者はいたいけな子供捕まえる為にどんだけ人増やしてんだ!?


 ……さっき追いかけて来ている人物を軽く横目で触れたが。

 何時の間にか解らないが。

 警察も居る。 


 ……。


 傍から見ればどっちが悪人かは一目瞭然だ。

 男三人が重症の病人を連れ出しているんだ。


 もう、後には引けないのだ。


 ……あの馬鹿二人にもサッサと逃げて貰おう。

 悪友二人は何も気にしていない様子だが、これ以上俺に付き合って大変な事になる前に。


 突然の爆音。


 それは先程の罵声や音を掻き分ける音では無く。


 破裂したような大きな音。


 木々が揺れ、多くの鳥達が驚いた様に飛び立つ。

 驚いたのは鳥だけじゃない。

 俺は慌てて音の方に向かう。

 音の方向はアゲハ達が居た所から。


 妙な胸騒ぎがする。


 息が上手く出来ない。

 足が勝手に震える。

 こんなにも、大量に汗が出たのはいつぶりだろう。

 患者服で寒い筈なのに、熱いように感じる。

 これはきっと、苦しいのだろう。


 体が疲れている、私自身の体が限界であると、感情で理解出来ない私は頭で理解する。


 体は勝手に大きく呼吸を繰り返す。

 そんな私を河合君は心配そうに見つめている。

 そんな顔をしなくても大丈夫なのに、何故なら私に感情は無いから。

 苦しそうに見えても私は大丈夫なのだから。


 しかし大丈夫だと言った声も無意識の呼吸のせいで寧ろ心配させてしまう。



「なぁアンタ」


 すぐ前で声が聞こえた。

 少し視線を上げると、強面の顔が目の前にあった。

 知っている人。

 河合君といつも一緒に居る人だ。

 体が大きい人。


 そういえば、顔が良い人が話掛けて来た事はあったけど。

 この人が話し掛けきたのは始めて。

 柄悪く座り込んで私を見上げる彼の顔をまともに見るのすら、始めてかもしれない。


「あの馬鹿の手を取ったんだろ?」


 彼は、単調にそう言う。

 何の前振りも無く。



 柄の悪い彼の言葉に。

 喋れない分、私は小さく頷く。

 手を取ったって言うより取られた気もするけれど。 


「まー自分から取らなくても引っ張ろうとするのがあの馬鹿だけどよ」


 そう言って彼は小さく笑う。

 私が考えている事と似たような事言ってる。

 まるで経験してる見たいな言い方。


「変わりたいかよ」

 また、脈絡の無い。

 河合君が以前二人の事を言っていた。


 イケメンは常識が通じるけど、筋肉馬鹿は基本的にはわけが解らねぇ。話が通じねえから。


 確かに、ここまで突発的だと話をする、という感じではないのかもしれない。


 突発的な彼の言葉に、私は答える。

 ゆっくりと。


「わか……ら……ない」

 息切れをしながら、そう零す。

 素直に。


 私の曖昧な表現に、不服に思われるだろうと思った。

 けれど、彼は寧ろ嬉しそうに笑う。


「おーだよなぁ!」

 つまらなさそうにしていた表情は一遍して嬉しそうな表情に。

 何が嬉しいのか解らないけれど。

 酷く楽しそう。



「アイツは何するか、わっかんねぇからさ、スッゲェ楽しいんだぜ?」

 本当に嬉しそうに、楽しそうに。

 思いっきり彼は笑う。

 その笑顔は、河合君に近いような大雑把で。

 とびっきりな明るい笑顔。

 感情が無い私でも理解出来る。

 心から笑っているのだと。



 突発的で脈絡の無い河合君の友達は、意味が解らない人。

 だけど、河合君の話をして、笑うこの人は。

 多分、口が悪いけど。

 いい人。 それは、解る。気がする。



 彼も。

 私と同じように。

 彼に手を指し伸ばされたのかもしれない。

 昔の彼は知らないが、そんな風に言う彼は。

 変われたのかも知れない。



 ……私は? どうだろう?

 私はこんな人間だった?

 走ったりするような、そんな人間だった?


 私は。私は……?


 妙な感覚に襲われている私に、彼は話し掛けてくる。


「俺な、葦場あしば 隆二りゅうじってんだ」


 突然彼は名前を言った。


 でも、何で今?


「お前は?」


 彼は促す。

 私が荒れる呼吸で辛そうだとか考えずに。

 話した事は無いにしろ。

 同じクラスでこんなにもすれ違っていれば知っていてもおかしくないのに。

 まるで今まで興味が無かったんだ。

 と、言うように。  


「お前は?」

 二度、促す。

 促されるまま、私はゆっくりと答える。


「……アゲ……ハ」

 小さくそう零すと、

 私の名前を聞いて隆二は、また笑う。


「そうか、アゲハか。初めて知ったぜアイツが必死になってる女をよ」


 必死になってる女って……そんな風にしか思われてなかったらしい。


「アゲハ、アゲハ、うし覚えてやるぜ」

 何処までも上から目線な人。

 河合君とはまた違う、独特な感性。

 でも、興味が無い事には無頓着なのは一緒かな。


「助けてやるよ」

 隆二は簡潔に言う。

 私の回答等待たずに彼は続ける。

「あの馬鹿が助けたいと思ってるアンタを助けてやるよ」


 隆二はゆっくりと立ち上がる。

「あの馬鹿が必死になって助けようとしてるから、必死になってやるよ」


 ポケットに手を入れ、何かを取り出す。

 それは、黒い拳銃。


 現実味の無いそれに、私は一瞬不思議に思うも直ぐに理解する。

 拳銃に見えたそれは、良く見れば色が黒いだけで妙に安っぽく見える。

 それはどこにでもある火薬で大きな音を立てるだけの玩具。

 何故そんな物を彼が持っているのか、私には解らない。


 彼はその玩具を空に向ける。


「俺には似合わねェが……アイツの為なら仕方ねェ」

 そう零すと彼はその玩具の引き金を引いた。

 大きな爆音が一度、夜の闇に響き渡った。

 玩具と言う割には、強く現実的に存在感を知らしめる音

 消音は一瞬で消え、暫く音は反響するように闇に響く。

 まるで目印を、知らしめる様に。

 火薬の匂いが鼻に付く

 白く広がる煙が上がる。

 ここだと、言うように。


「何を……?」


 疑問符の私等知らずに彼は玩具の拳銃を放り投げてニヤリと笑う。


「あ? オマエ何しに来たんだよ? 聞いてねえのか?」

 一呼吸空けると、彼は笑う。


「 遊ぶんだよ!」

 そう言った。

 楽しそうに、嬉しそうに。


 ……似てると思ったけれど、河合君とは違うみたい。


 子供の様に笑う河合君と違い、彼の笑顔は本能的な、獣のような笑顔。










 煙を吐いて落ちている黒いソレが、爆音の正体だと直ぐに解る。

 それの持ち主が、誰の物だという事も。

 すぐ近くに居る馬鹿が、俺を見てニヤリと笑う。

 その不適な笑みの意味は俺には解らない。

 この男が行った行動が、解らない!


 俺は無意識に睨みつける。

「テメェ……何やってんだコラァ!!」


 俺達が何の為に翻弄させてるか解っているのか!?

 何の為に逃げてるか解ってるのか!?

 こんな音を立てれば、追いかけてきている奴等が集まってくるに決まっている。


 怒りに任せて胸倉を掴み上げた。

 なのに、馬鹿のあざけるような瞳は変わらない。


「何で態々こんな事してんだテメェ!!


「あァ? ウルセェ脳ミソなしがよぉ」

 ニヤニヤと嫌な笑みを零しながら俺に悪態をついてくるコイツに苛立ちを覚える。


「……お前マジで殺すぞコラァ!」

 掴んでいる胸倉に力が入る。

 右手が自然と振り被る仕草に入っていた。


 今にも殴りかかりそうになる手は。


 途中で止まる。

 後ろから誰かが俺の裾を引っ張たからだ。

 振り向いた先に居たのは、アゲハ。


 まだ下を向いたままで呼吸は荒い。

 だが、それでも裾を引っ張る力は離す様子は無く力強く感じる。


「アゲハ……」


 俺の思わず零した声に対し、アゲハは顔を挙げずにゆっくり。


 首を横に振った。

 まるで、止めて。と、言うように。



「お前こそ今そんな事してる場合じゃねぇだろバァカ」

 声の主は草陰から現れる。

 服や髪についた葉や小さな枝を鬱陶しそうに落とす動作をしながら俺達に近寄る。

 イケメンはこんな時でもやっぱりイケメンで。

 少し肩で息をしながら俺に呆れた様な表情を見せる。


「後から遅れて来た癖に偉そうな能書き垂れてんじゃねぇよ!」

 怒りの声を上げる俺に対し、イケメンも同じように声を張り上げる。


「アホかサッサと行けボケナス!! もう大勢向かってんだよ!」


「ああ! この馬鹿のせいでなァ!!」

 そう言いながら胸倉を掴む手に更に力が入る。

 そんな俺の様子を見て、イケメンは呆れたように溜息を零す。


「最初からこのつもりだったんだよバァカ……」


 その言葉を理解出来ずに、俺は間の抜けた声が出る。


「は?」


 理解が追いついて居ない俺に、イケメンは少し苛立った様子で頭を掻き毟る。

「俺達は最初からこのつもりだってんだよ……鼻から逃げられるんなら世話ねェが、そんな都合良く行くかよ、何が起こるか何て解んねーんだからよ」


「……それって」

 言葉が詰まる。

 二人の視線を交互に見てしまう。

 二人の瞳はいつもと違って、ふざけていなくて。


 こいつらは最初から犠牲になるつもりだったんだ。

 俺と、アゲハの為に。

 固まったままの俺の胸倉を乱暴に筋肉バカは剥ぎ取る。


「おら能無しサッサと行け」


 一瞬放心したが、その言葉に俺は慌てて言い返す。


「馬鹿かお前等! 警察も混じってんだよ!何とかすっからサッサと帰れ! もういっぱい遊んだろうが!!」


 それでも声が知らずに震えてしまっている。

 こいつらが、この悪友共が。

 俺の為にだなんて、想像出来ない。


「ウルセェ俺はまだ遊び足りねぇんだよ!! テメェも遊んで来いよタコ! 恩に着やがれ助けてやるよ!!」

 そこで、馬鹿は少し間を置く。

 叫んでいた大馬鹿野郎は、表情を綻ばせる。

「だから」

 人の事を馬鹿にしたような笑みでは無く。

 この男にしては珍しい。

 優しい笑顔。



「助けてやれよ……あの時見てーに、いつも見てーによ」


 こいつがこんな風に笑うのは、久々に見た気がする。

 頭の悪い筋肉バカめ。

 大馬鹿野郎め、

 この、悪友め。


「お、俺は……そこ、まで……して……」

 目を伏せてしまう。

 こいつらの覚悟を、犠牲を受け入れてしまっている自分が居た。

 それでもこいつらを犠牲にしてまで助けようとしている事が心の何処かで引っかかってしまう。

 まるで、アゲハを優先しているような、そんな不愉快な感覚が辛い。


 俺の表情を見て、イケメンが呆れたように言葉を零す。

「……お前の情けネェ面より、気持ち悪ィいつもの顔の方が笑えるぜ? 笑わせんだろーが」

 その言葉に、俺は言葉を飲み込む。

 背を向ける。

 思いっきり笑みを作って。


「刑務所行ったら面談ぐらいは行ってやるよ」

 込めた皮肉は全力で。


「抜かせバァカ! サッサと逃げてやるよ」

 俺の皮肉にバカ笑いをしながら筋肉バカは返してくれる。


「おら遊んで来いよ、仲良く二人でな」

 イケメンも小さく笑い声を上げながらそう言ってくれる。

 言葉を背に、俺はアゲハの手を取って再び走り出す。

 大分回復した様子のアゲハは引っ張られながらも、無機質な言葉を零す。


「いい、の?」


「ああ、いい」

 あいつらがそう言ってくれるなら。


 俺はそれに応えて。

 全力でふざけてやる。

 全力で笑わせてやる。


 真面目に。

 全力で。

 ふざけてやる。

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