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四十話め.作戦開始

 問題はどうするかだ。

 退院した時点で俺は病院に脚を踏み込めない。

 無視して思いっきり入るのも俺らしい。

 あの男との約束なぞ知ったこっちゃない。


 けどー……。


 アイツを調子付かせるような事はしたくない。

 何よりも、絶対に邪魔はされたくない。


 入れないのに、アイツを笑わせる事が出来るだろうか。


 まず会えないんだどうしたもんか。


 取り合えず俺は計画を立てる事にした。

 正直、一人ではどうしようもない。

 いつもの悪友にまず話して見る。

 俺の話を、イケメンと筋肉バカは珍しく真面目に聞いてくれていた。

 計画の為には二週間程の準備が必要だった。

 勿論、爺ちゃん先生も計画には巻き込んで。

 入れない俺の変わりにイケメンに言伝をあずかって貰い、手紙で計画を話し合った。


 イケメン曰く、病院の関係者らしからぬ人が増えているんだとか……。

 爺ちゃん先生も、あの鬼畜馬鹿が警戒しているから気をつけて欲しいと言っているらしい。


 正直……馬鹿なガキの俺の考えは既に読まれているらしい。


 だが、読まれていようが知ったこっちゃねぇ。

 舞台は整った。


 入れねぇなら連れ出すだけだ。


 あの時から、止まったままのお前の時間を動かす為に。

 幽霊だとふざけた事をほざく馬鹿の為に。

 ぶっ殺してやる為に。

 逝き返す為に。


 さあ俺の最後の悪ふざけだ。


 優雅なんざ期待すんなよ。

 面白おかしく馬鹿らしく。


 ピエロみてぇに踊ってやるよ。


 付き合ってもらうぜ。


 喜劇で宜しく悲劇で終わらせねぇ。

 シリアスなんざ俺には似合わねえ。


 一緒に。


 遊ぼうぜ。

 アゲハは、指し伸ばした俺の手をそっと取る。

 変わらない無表情。

 相変わらずの。

 死体みたいな冷たい手。


 その手を握って俺は笑う。

 冷たかろうが、暖かろうが関係は無い。

 コレがコイツなんだから。


「相変わらず気持ち悪い笑顔だね、久しぶり」

 無機質な、そして人の事を考えない台詞。



「ああ、久しぶりだな幽霊娘」

 俺は笑って返す。

 相変わらずだ。

 会わない間に彼女が変わっていたらどうしようと不安になっていた。

 性格が悪いと言われてもいい。

 彼女を動かすのは、この俺だ。

 誰にも譲らない純粋な我侭だ。


 しかし何でコイツこんな危なっかしいトコに立ってんだ?

 柵の上に突っ立ってやがる幽霊娘。

 爺ちゃん先生に何とか屋上に呼び出して欲しいとは言ったけど何言ったらこうなんだよ……。



 まぁ。


 丁度良いんだが。


「そんじゃま? 早速?」

 態々間を空けて腹が立つだろう具合に言う。

 もう舞台は始まっているのだ。


 強く、彼女の手を握る。


 強く強く。

 絶対に離さない為に。


 そして座っていた柵から、体重を後ろに掛ける。


 もたれる物等無い、重力に従い倒れていく。


 同時に手を握っている彼女も、一緒に俺に引っ張られる。

 ココは屋上。


 俺と幽霊娘は空中に、外に投げ出される。


「殺してやるよ♪」

 満面の笑みで、そう言った。

 俺の顔を見て、幽霊娘の目は見開く。

 何かを思い出しているのかもしれない。

 頭から真っ逆さま。

 おぞましい浮遊感に心が震える。

 笑えているかよ俺。

 このバカの為に、笑うんだよ。




――――――――




 落ちる。

 突然の彼の行動には抵抗する合間すら無かった。

 いえ、きっと時間があっても抵抗はしないかもしれない。

 私と彼の体は……宙に。


 落ちる。

 落ちる。


 あの時のように。


 お父さんと、お母さんはいないけれど。

 今度は史上最悪のバカと一緒に。

 落ちているのに、私の顔を見て彼は笑っている。

 寧ろ状況で言えば。

 笑うなんて、狂気を思わせる筈。


 でも、私にはその笑顔が必死なようで堪えているようで。

 ぎこちない優しい笑顔に見えた。


 この人は、何で一緒に落ちたのだろう。

 何で、私に、ココまで。


 だけど。


 こんな状況でも私の感情は動かない、もっと、驚いて、驚愕して、悲鳴を挙げればいいのに。

 やっぱり私は幽霊……。



 死ぬ前に……いえ、成仏する時もこんな感じだなんて。



 何秒程の落下だったのか解らない。

 強い衝撃が走る。



 ……思っていた衝撃と違う。

 ふわふわとした感触で、柔らかい印象を受ける。

 見渡すと、大きなクッションの様なものに包まれていた。


「おい、大丈夫かバカ」

 上から覗き込む二人の見覚えのある顔。

 顔立ちの良い人と、大きな体付きの人。

 どちらも河合君の友人。


「や、やっぱ何回落ちても怖いもんはこっわいわ……」 


 引き攣った表情をしている彼は、それでも笑顔を崩さない。

 河合君は体を起きあげると、私にニンマリと笑う。


「脱出成功! だな!」


 もしかして、君は。

 外に出る為だけにこんな危険な事をしたの?

 その為だけに、私と一緒に落ちたの?

 私の過去を知っているのに、まるで私の過去を、落ちた事を。

 その程度のくだらない事だと言うように……。


 目の前で笑っている彼の瞳は私に語りかけていた。


 悪戯っぽく、子供みたいに輝く瞳。


『どうだ! 怖いだろう? 驚いただろう?』


 多分そんな感じ。



 

 残念。

 私は……いつも通り。





――――――――








「うし、行こうぜ!」

 アゲハの手を引いてクッションから降りる。


「どっから持ってきたの……こんなの……」

 大きなクッションを見つめながらアゲハは無機質に零す。

 アゲハの言葉に俺はニンマリと笑い、残りの二人に目配せする。


「俺が手配して」

 イケメンが俺と同じように笑い。


「俺が持ってきた」

 筋肉バカも嫌らしく笑う。


「そういうわけだ!」

 胸を張って応える俺にアゲハは冷たい視線を送ってくる。


「つまり河合君は何もしてないんだね?」

 ……え、何でそうなるの?

 まさかの台詞に固まっている俺を見て悪友二人は噴出したように笑いだした。


「っぶ! 確かにコイツ何もしてねーや!」


「アゲハちゃん言うねぇヒャッハッハ!」

 二人の下品な笑い声が夜に響く。


「け、計画したのは俺だぞ!?」

 泣きそうになりながらも、必死で抵抗してみる。

 しかし二人の馬鹿笑いは止まらない。

 むむむ……アゲハがいらねー事言うから……!

 睨むようにアゲハに視線を向ける。

 屋上から落ちてきたというのに相変わらずの無機質な変わらない表情。

 しかしジッと俺達三人を見つめる眼は少し違う気がした。

 何処か、懐かしそうに。




「おい! そこで何をしている!!」

 突然の光が俺達に向けられる。

 眩しい光に、俺達は眼を細めた。

 眼が慣れるのを待たなくても、どういう状況かは理解出来る。


「てめーらが騒ぐから見つかっちまったじゃねーか!」

 俺の怒りの矛先は悪友へ、そんな事も気にせず悪友二人は先に走り出す。

 こ、こいつら! ほんっと悪友だわ!

 慌てて俺もアゲハの手を引いて後を追う。


 向かう場所は、決まっている。

 最後に。

 最高のステージを用意している。


 俺達は病院の後ろの、山の方へ走る。

 後ろから聞こえる追いかける足音が聞こえる。

 走り続けていると、追いかける足音や大人達の声が後ろから更に聞こえてくる。



 追いかけて来ている人数は増しているようだ。


 アゲハを連れ出した事がばれるのは時間の問題なのは解っていた仕方無い。

 緊張感が増しながらも、俺はアゲハの手を離さない様にぎゅっと握り締めながら走る。


 声はどんどんと遠のく。

 道らしい道があるとは言え、山の中は険しく。

 大人達が簡単に追いつけるような道では無い。


 いける!


 遠のく声に、俺は確信する。



「アッハッハ! やっぱお前と居たら飽きねぇわ!」

 そう言いながら前を走る筋肉は楽しそうに笑う。

 俺の隣を走っているイケメンはそんな筋肉の声を聞いてげんなりとした様子の表情を見せる。


「俺は捕まったら査定に響くのかとかいっぱい心配だけどな……」


「安心しろ捕まんねーよ!」

 俺がアゲハの手を引きながらニンマリとイケメンに笑い掛けて見せる。

 俺もイケメンも、筋肉馬鹿も体力で負けるとは思っていない。

 このまま一気に目的地に行くだけだ! 簡単だっての!

 イケメンは、そんな俺を目を細めながら見た後、チラッと俺の後ろを見る。


「どうだかね……」

 イケメンは少し曇った表情を見せる。

 俺はすぐにイケメンの視線の先、つまりアゲハの方を振り向いた。

 アゲハは手を引かれながらも一緒に走っている。

 しっかりと、付いてきている。


 しかし。


 酷く息が荒い。

 無機質な表情は変わらないが、荒い息と青ざめた顔色は無理をしている事が解る。

 彼女は無理をしていても、苦しくても、表情にも声にも出さない。

 それを俺は知っている。

 慌てて走る事からゆっくりと歩を緩め、立ち止まった。

 それに合わせるようにイケメンも止まる。


「あ?どした?」

 筋肉も間の抜けた声を出しながら、少し前で立ち止まる。

 俺とイケメンは少し肩で息をするぐらい。

 筋肉馬鹿に至ってはケロッとしてやがる。

 だが、幽霊娘は違う。

 膝に手をやり、大きく呼吸を繰り返す。

 足は小刻みに震え、薄い患者服だと言うのに大量に汗を流し、顔色は青白く今にも倒れそうに見える。


 その様子を見て俺の表情は強張る。

 そりゃそうだ、病院のベッドから殆ど動かないんだ。

 それだけじゃない心臓の病気なんだ、走って良いわけが無い。

 学校でも……短い階段だというのに苦しそうに上っているのを見た事がある。

 心拍が揺れにくい病気。

 それはつまり疲れ易いという事。


 だから、体力的にも難しい手術なんだって……。


 このまま走れば、アゲハが先に参っちまう。

 しかし遠のいていた筈の大人の声は少しづつだが近づいている。

 このままアゲハの復活を待っていれば、簡単に捕まってしまう。


 時間は、無い。


 呼吸をしながら嗚咽を繰り返すアゲハ。

 大人達の光や声が近づく。


 何でこんな簡単な事考えてなかったんだ……。


 どうする……どうする……! 


「おい、どうすんだよ……」

 イケメンの急かす声にも応えられず俺は固まる。

 そんな俺を、荒い息をしながらアゲハは上目遣いで見つめる。


「だい……じょうぶ……行こう」

 それは感情が出ない病気のせいだと言うより、強がっているように見えて俺の判断を更に鈍らせる。


 大丈夫なわけねーじゃねぇか……。

 こんなに苦しそうにしている彼女に、俺の口からまだ走れなんて言えるかよ。

 歯を食い縛り決断出来ない俺に。

 一人が。

 声を掛ける。


「大丈夫だ、つってんだから行こうぜ」

 先程まで笑っていた筋肉馬鹿は、つまらなさそうな表情に変わっていた。

 その表情はアゲハに向けられている。

 まるで興が冷めたと言う具合に。

 お前のせいだと、言う具合に。


「お前……!」

 彼女を心配するわけでも無く、見下すように汗だくの彼女を見るコイツを俺は睨む。


 俺の視線を敢えて無視するように、筋肉馬鹿はアゲハに近づく。

 目の前でゆっくりとしゃがみ込むと、筋肉馬鹿はアゲハを下から見る。

 睨むといった悪意あるわけでは無く、つまらなさそうに、見る。

 ジッと、アゲハを見つめる。


 今はそんな事してる場合じゃ無いってのに!!何してんだコイツは!!


 筋肉馬鹿に駆け寄ろうとする俺の肩を、イケメンが掴んだ。

 まるで止めるなと言うように。

 筋肉馬鹿は兎も角、こいつは無駄な事をする奴じゃない。

 それを知っている俺は止まってしまう。


 俺と彼女だけでは無い。

 付き合ってくれているコイツ等にも、思う所があるのかもしれない。


「……大人共をかく乱してアゲハちゃんが回復する時間稼ぎをしよう」

 イケメンの提案はまともな物だった。

 正直一人だったら捕まる気はしない。

 いつも馬鹿やって体力有り余ってるんだ、でも……。


 俺の視線はアゲハに向かう。


 辛そうにまだ大きな呼吸を繰り返している彼女を置いて行けるだろうか。


「俺が居てやるよ」

 しゃがみ込んだ座り方をしたまま筋肉馬鹿が零す。

 こちらを見ずに筋肉馬鹿が続ける。


「てめーら遊んで来いよ」

 視点はずっと彼女の方しか見ない。


「お前何かの暴力馬鹿にアゲハ任せるとか嫌に決まってんだろ!」


 一瞬だけ筋肉馬鹿がイケメンに視線を送る。

 それはほんの一瞬。

 直ぐに視線は彼女へと戻っていた。


「あー解ったから行くぞ馬鹿」

 何を筋肉馬鹿と目配せしてるかしらないが、凄い後ろから引っ張ってくるイケメンに引きづられて行く。


 ギギギギ……こんな状況だがあの筋肉馬鹿がカッコイイ感じとかマジありえん。 

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