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三十七話め.静かと感じてしまう私は

 河合君は退院した。

 あの部屋には誰もいない。

 勿論。

 笑いを取る為に、面白おかしく私の部屋に来る事も無い。

 私を恐れてか、おっかなびっくり私の部屋を覗く事も無い。


 ここ一ヶ月位かな……とても静か。


 まるで昔のあの頃に戻ったみたいに。


 あの日の夜。

 ……何故私はあんな事を言ったんだろう。


 解らない。

 私が解らない。


 でも一つだけ解っている事がある。


 彼はもういない。

 病院には入れないんだったね確か。


 お爺さん先生は、河合君についての事は私に何も言わない。

 何か知っているんだろうけど……言えない、という方が正しい気がする。


 病院の移動の話も聞いている。

 移動の件で知らない人も病院に多く出入りするようになった。

 特別な資材の運び出しをしているのだとか。

 あの若い先生が何か指示をしているのは何度か見た。

 知らない人達は、あの先生関係の人なのだと思う。



 先生からは、病室から出ないように言われている。

 移動の為に体調の問題が何とか言っていたけど。

 何か、警戒されているような、そんな印象を受ける。

 そんな風に言わなくても別に行動をする気は無いのに。

 知らない人達が私のドアの前に立っている事まである始末。

 監視をするまで、先生は何を恐れているのだろう。


 昔と変わらない、私の世界はこの病室だけ。


 もう彼が来る事は無い。

 移動もある。

 このままもう会わないんだと思う。


 関わらないでと、話し掛けないでと。

 何度言っても彼は私の前に現れて。


 ……やっと。


 やっと消えた。


 ずっとこうなる事を望んでいた。


 …………。


 なのに何でかな、ドアを、窓を見てしまう。

 誰かが居る気がして。

 私は誰の影を追いかけているのかな。


 ここまで来て、今更。


 …………。


 今更……?





 ドアの開く音に、無意識に視線はそちらを向く。

 入ってきた人を見て、私の視線はゆっくりと元の位置に戻った。


「そこまであからさまに落胆すると申し訳なくなるね……」

 お爺さん先生の一言に私は素っ気なく返す。


「落胆……? 何言ってるの先生?」


 私の言葉に先生は小さく笑い声を挙げる。

 そういえば、この人との付き合いも長い。

 随分と皺が増えた。

 白髪も多くなったね。

 だけど優しいその瞳だけは変わらない。


 先生は隣の椅子に座る。


「静かになったね」


「そうですか? いつも通りだと思いますけど」

 先生の言葉の意味は理解している。

 だけど、敢えてこう答える。


「……フフ、そうだね」

 何で笑われたんだろう。

 何か、覗かれたような感じ。


「彼がいなくなって……君ももうすぐ消える……寂しくなるよ」

 その言葉にも、私の感情は揺るがない。

 考えでは寂しいのだろう、と思う。

 私も先生にはお世話になった。

 それでも感情が浮かばないのだ、全く持って私は失礼。


「そうですね」

 口だけでは言ってみる。


 私の一言に先生は優しく笑い声を挙げる。

「ククク……相変わらず心の込もってない返事だねぇ」


 先生の言葉に私は表情を変えない。


「心を込められないのは先生も知っているでしょう」


「ハハ……確かに」

 私の一言に先生の笑顔は固まる。

 どういっていいか解らない、そんな感じ。


「…………」


「…………」


 少しの沈黙。

 先生とのこういう会話もいつもの事。

 そのいつもの事も、もう無くなるけれど。

 私と喋って会話が続く人なんて……ああ、あの人とは続いた方かな。


「もし……」

 先に口を開いたのは先生だった。

 先程の冗談の様子は消え去り真面目な口調。


「もし君が病院を変えたくない、と……言えば事態は変わるかも知れない……移動すれば今よりも酷い目に合うかもしれないんだ……」


 先生の言葉は私の為に言ってくれる言葉。

 それなのに……その言葉は私には何も響かない。


 事態を変えたいという必死さも出ない。

 酷い目に合うかもしれないという恐怖も出ない。


「先生さっきも言ったけど、私は……」

 そこで止める。

 先生も解っているようだったから。

 その証拠に先生は俯き、唇を噛んでいる。

 先生からすれば悔しいのだろう、言ってしまえばソレは先生の思いなのだから。

 私を守ってきた先生だから。

 父や母の友人の先生だから。

 ずっと助けようとしてくれていた。

 その事に関して、感謝という考えが浮かんでも感謝という感情が浮かばない私はやはり失礼で、最低なのだろう。


「じゃあ……君はそれでいいんだね」


 私は何も言わない。

 唯、無言。


 そんな私に先生は理解したかのように小さく「そうか……」と零すだけだった。

 ハイ、とか、イイエ、とか。

 そんな決め事すら、感情で考えるのが人間の筈。

 嫌だと言えば、何故嫌なのか。

 行きたいと言えば何故行きたいのか。

 解らないのだから。


 だから曖昧な私はきっと、そのまま流されるのだろう。



 幽霊だと、言う私。


 こう見てしまえば。


 唯の都合良く動く機械の方が近いのかもしれない。


 そう思うと、普通の人間の感情で言えば今の私はまさに。


 滑稽なのだろう。


 次からは機械少女とでも言おうかな?


 …………冗談よ。 

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