三十四話め.『ありがとう』
「結局死ぬんじゃ! 何も! 報われねーよ!」
感情の爆発は、止まらない。
「心も死んで、また死んで……!! これじゃ二回死んでるのと一緒じゃねーか!! いっぱい不幸になって!! 救われる事も無く死ぬのかよ!!」
憤りの向きは、また変わる。
あの鬼畜医者でも無く。
バカな幽霊娘にでも無く。
理不尽な世の中でも無く。
「それじゃあ!! それじゃあ!! か……わいそうじゃ……ねぇ……かよォ……」
叫び声は続かない。
最後には嗚咽が混じったような、情けない泣き声が漏れてしまう。
また、零れる。
止まらない涙は頬を伝う。
怒る矛先は、現実を知って。
何も出来ない……。
俺だ……。
「幸せになってもいいじゃねェか……笑えばいいじゃねェか……」
先生は、俺を見ない。
勝手に叫んで、勝手に泣いている俺を見ない。
俺の言葉に答えずに、唯ジッと、ジッと床を見つめているだけ。
その目の先が、本当は何を見ているのかは俺には解らない。
「ぐ……うぅ……クソ……クソ……」
悪態をつきながら俺は涙を拭う。
誰に悪態をついているんだろう俺は。
スグに泣いてしまう、俺自身かな。
涙を零している俺を見ずに、爺ちゃん先生は零す。
俯いたままボソボソと、小さな力の無い声で。
言い訳のように……。
「一度は諦め、私は逃げ……退院させた……」
「何だよそれ……! 病状が安定したから学校に行ってたんじゃないのかよ!」
爺ちゃん先生は俺の言葉に項垂れる。
「結局治しようが無いんだ……せめて普通に学校に通って欲しかった……そう思った私の我侭だよ……治らない病気の安定なんてないさ……いや、違う、コレも私の逃げだった……治して挙げられなかった私が病気以外で出来る事……学校を手配し、苛めの標的になっていると聞いて転校させたり病院の近くの家や学校を薦めたのも全部全部……私の我侭だ」
先生は静かに爆発する。
心に溜まっていた何かを吐き出すように。
「以前入院していた時はそんな療法は無かった……腫瘍の確認も出来ていなかった……必死で治す方法を探したが彼女を傷つけるだけで終わってしまった……治すのは無理だと、そう思っていた……だが腫瘍を確認して……可能性を見てしまった……」
「先生……」
悪く言えば、惨めに思えるくらいに爺ちゃん先生は頭を抱えていた。
老人の必死な思いは俺の心を揺さぶり怒りがゆっくりと……薄れる。
「すまないと思っている……だが私は彼女を治してあげたい……死んだ彼女の両親に顔向けが出来ないんだ……」
俺に言っていると言うよりは、自分に語りかけているように感じた。
この先生も……ずっと苦しかったのかな。
爺ちゃん先生は悪くはない、両親の友人だった先生も彼女をずっと助けてあげたかったのかもしれない。
治してあげたい、という強い善の心がゆっくりと方向を曲げていたのかもしれない。
「黙っていたのはすまないと思っている……この話を聞いてどうするかは君次第だ。離れるのも離れないのも……」
彼女に関われば彼女を殺す可能性がある。
ならば関わらないのが一番だ。
いつか、もっと良い方法が見つかるかもしれない。
それまで彼女の病気が悪化しなければだが……。
「……」
答える事は出来ない。
話を聞いて、何も言えなくなっているという方が正しいかもしれない。
ああ、それと。と先生は付け加える。
顔を挙げ、潤んだ瞳を俺に向けた。
再び優しい瞳を向け、くしゃっと顔を歪める。
「ありがとう……」
感謝の言葉。
俺の目を見据えて。
「救う可能性を見出してくれてありがとう……彼女を一人にしないでくれてありがとう……」
ポロポロと涙を零して。
いい年の爺ちゃん先生は恥らうことなく言葉を紡ぐ。
そうだ。ずっと見ていたと言っていた。
お母さんが入院されている時から、アゲハが入院してから、少し間が空いているのかもしれないけれど今も。
「彼女を生き返らせてくれて」
少し止めて、気持ちを込めるようにもう一度、先生は吐き出す。
「ありがとう」
…………幽霊娘め、お前の為に泣いてくれる人はここにもいるぞ。
お前が死んでいる事を否定している人が。
ここにもいるぞ。




