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三十三話め.殺人未遂な俺は


 病院の隣には小さな公園がある。

 病院の患者が体を伸ばすために。

 子供達が楽しく遊ぶ為に。

 十分の広さのある公園だ。


 その中のベンチに俺は一人腰掛けていた。


 

 皆が笑顔で楽しそうにしているのとは裏腹に、俺の顔は暗かった。

 俺の大好きな笑顔。

 皆が笑ってる。

 嬉しそうに、楽しそうに。


 なのに、俺は笑えない。

 笑えない……。



 何処を見るわけでもなく。

 呆っとしていた。

 先ほどの爺ちゃん先生との会話がずっと脳内で繰り返される。 



 違うんだと言い訳すれば、誰かが弁解してくれるだろうか。

 知らなかったと言えば、誰かがそうだね、と言ってくれるだろうか。

 目が見開く、強く、強く。


 ふざけていた事が、こんなにも恐怖だったとは。

 取り返しのつかなくなる所だった。

 震える。

 笑えない。笑えないって……。

 きっと、俺の表情は青ざめているだろう。


「落ち着きなさい」

 俺の様子に、爺ちゃん先生は優しく語り掛けてくる。


「研究と言って感情を動かそうとしている人間が何をしても、彼女の具合が悪くなることは無かった……彼女は無心病患者としても特殊だからね」


 そういう言葉が聞きたいんじゃない。

 結果的には大丈夫だったかもしれないが、そういう事じゃない!

 俺は!

 俺は……。


「な、何で誰も止めなかったんだよ……」

 病院で、皆が見てたじゃないか。

 寧ろ応援しているようにさえ思えた。

 何で……。


 震える俺の声に、爺ちゃん先生は短く答える。


「……そうだね」

 爺ちゃん先生も解っている筈だ。

 普通は止めるだろ。

 殺すかもしれないんだぞ。

 殺そうとしてたんだぞ。


 俺の疑問に爺ちゃん先生は諭す様に続ける。


「この事を知っているのは無心病の研究を行っている物ぐらいか、この病院でも私と彼……のみでね。全員が知っているわけではないんだよ」

 彼と言うのは、多分あのクソ医者の事だろうな。

 ……だから誰も言わなかった?

 違うだろ。

 言える人間も、いたんじゃねぇか。

 アンタは。


 睨んだ瞳の先は爺ちゃん先生に。

 その意味が爺ちゃん先生にも伝わったのだろう。

 爺ちゃん先生は申し訳なさそうな表情をする。


「そうだね……少なくても私は君を止めれた筈だね……」

 解ってるじゃないか。


「何で止めなかったんだよ……」

 もう一度言う。

 今度は救いを求めるわけではなく、純粋な怒りの言葉。

 好き放題やっていた癖に、俺はこんな事を言う。

 俺は結局は唯の高校生だ。

 唯のガキでしかないんだよ。

 だから、理不尽に。

 言わなかった先生に怒りを向ける。 


「その事が……言わなくては行けない事に関係しているんだよ」

 睨む俺の視線を、爺ちゃん先生は真っ直ぐに見据える。

 普通は相手が怒っていれば目を背けるけれど、爺ちゃん先生は優しい瞳を見せる。

 そこには爺ちゃん先生の決意が見えた気がした。

 感情は怒りに震えている。

 が。

 爺ちゃん先生の決意と、その言葉に俺の心はぶれる。


 言わなくてはいけない事。

 正直聞きたいとは思わない……。

 俺が、俺がもう限界だと思っているからだ。

 心が死んでいるという理解をしてしまった自分に心が折れた。

 結果的に殺そうとしていた事に心が折れた。



 認めないと言っていた俺が。

 認めてしまったんだ。



 まだあるのかよ。

 幽霊娘と喋り終わったときからさ……。

 結構凹んでんだぜ俺は……もう勘弁して欲しいって。


 …………勘弁して欲しい。

 勘弁して欲しいのに。


 彼女の事を理解したい気持ちが、まだ存在している。

 こんな事になっても、まだ懲りてない俺も相当の馬鹿だ。

 それでも……それでも、知りたくて。


 爺ちゃん先生は一呼吸置くと、口を開く。

「止めなかった理由は……無心病を治す為だ」


 その言葉に俺は固まる。

 治らない病気だと聞いていたからだ。

 それに、

 殺す可能性がある事が、治す事に繋がるなんて正直……。

 矛盾しているとしか思えない。


「……どういうことだよ」

 怒りを押し殺し、疑問をぶつける。


 爺ちゃん先生は優しく、まだ優しく俺を見る。

 ゆっくりと俺の疑問に答えてくれる。


「無心病が少しずつ解って来ている事は言ったね?」

 眉間に皺を寄せながらも、俺は頷く。


「まず感情が強く動いた時に、どういう原因で苦しんでいるのか簡単に説明しようか」

 爺ちゃん先生は子供に教えるように解りやすく、続ける。


「無心病は、心臓を取り巻く薄い腫瘍が心臓の鼓動の動きを抑えられる事が原因で死に至る病気だね。感情の揺れ動きや、少しでも運動をして心臓に負担をかければ、原因である腫瘍が膨らみ心臓に更に負担を掛け、そのまま死亡する可能性が高いとされている」

 詳しくはわからないが、つまりその腫瘍が原因で死ぬって事か?


「薄い腫瘍を取り除こうとすれば心臓を傷つけてしまう可能性があるから治せないと言われていた」


 しかし、とそこで先生は区切る。


「腫瘍が膨らむ瞬間に取り除けば良いのでは、という可能性が出て来てね、運動をすれば心臓の負担が強すぎる……だから無心病の症例に注目が集まったんだ、それが。強い『感情』」



 それってつまり、彼女の感情を動かせば治す可能性があるって事なのか?

 でも結局は彼女の感情を動かさないと行けないって事。

 彼女は笑わない。悲しまない。じゃあ無心病が治る可能性事態が出ても意味無いんじゃないのか?

 疑問に思っている俺に、先生は続ける。


「彼女は無心病患者の中でも感情が動き難い一人だったんだけどね……彼女が運び込まれた時に肥大化する腫瘍が確認された」


 爺ちゃん先生の言葉に俺は小さく声を漏らす。

 思い出したように小さく、間抜けに「あ」と。

 先ほど話したばかりの事なのに、何を呆けていたんだ俺は。


 無表情の筈の彼女が苦しんでいた瞬間を俺は知っている。


 腫瘍が膨らんだ瞬間。

 それは、俺が病院に運びこんだあの時だ。 



 ……俺の中の疑問だった部分が、やっと繋がる。  


 爺ちゃん先生の。

 言葉の意味は、そのままの意味。

 説明自体が答えのようなもの。


 ああ、そういう事かよ。


 何故、俺が彼女を笑わそうと……殺そうとしていた事を止めなかったか。


 止めなかったのは、そういう事かよ。


 爺ちゃん先生は言った。

 何をやっても感情は動かなかった。

 あの鬼畜医者が何をやっても、動かなかった……。


 だが、俺は。


 俺だけが偶然、彼女の感情を動かしたんだ。


 何をやっても動かなかった、助ける可能性すら出せなかった彼女の感情を。


 一度だけ。


 ……。


「もう一度アイツを苦しめる為に、助ける為に止めなかったわけだ……殺すかもしれないのに」


 俺の言葉に爺ちゃん先生は目線を逸らす。

 優しい視線は外れる。



 睨む俺の目を爺ちゃん先生は見ようとはしない。

 それが罪の意識か、別の何かなのか、俺には解らないが。

 唯、その行動は俺の怒りを促進する。


 爺ちゃん先生。

 あんた、あのクソ医者よりも鬼畜だよ。


 彼女を救う為だから仕方が無いのかもしれない。

 だが殺すかもしれない片棒を担がされた事には苛立ちを覚える。


 爺ちゃん先生の伏せた優しい瞳は暗く輝きが失せる。

 堪えていたかのような、無理やり作ったような瞳は消えた。


 震えるように、先生は小さく、低い声で零すように漏らす。


「……アゲハちゃんには入院した時に既に伝えてあるよ、だから最初君に会うのを嫌がったのかもしれないね」

 ああ、そういえば最初そんな事もあったな。

 アイツは変な所で気を使う。

 感情が無い癖に。

 クソ。


 腹は立つけれど、それで彼女の病気が治るなら仕方が無いのだろうか。


「……じゃあクソ医者がやってるのを止めないのも」


「…………」

 爺ちゃん先生は顔を挙げない。

 それだけで解る。

 答えているようなものだ。

 悲しい感情でも怒る感情でも強い感情には変わらない。


 治す為なら仕方が無い。

 仕方が無いのかよ……。


「手術さえすれば治るのかよ」 

 爺ちゃん先生を攻撃するように皮肉を込めた言葉を向ける。


「成功例は出ていないね……」


 皮肉を込めたつもりがダメージが倍になって返ってきやがった。


 成功例は出ていない。 可能性があるだけ。

 その言葉は、爺ちゃん先生なりの配慮だと感じた。


「それって……つまり……」


 配慮だと感じているにも関わらず、解っているのについ聞いてしまう。


「…………」

 爺ちゃん先生は無言。

 少し間を空けて、爺ちゃん先生ははっきりと言う。

「そうだね、成功していない……つまり全員死んでいるね」


 ハッキリと、ハッキリと。

 死ぬという発言を零す、医者が、ハッキリと……。

 俺の事を本気だと思ってくれたのかな。

 きっと言ってはいけない言葉だろう。


 しかし俺の中の何かがはじけるにはその言葉は十分過ぎた。


「なんだよ……! なんだよ!!」

 俺は声を荒げる。

 大きな声で。


「結局死ぬんじゃねーかよ! どっちにしても死ぬのかよ! アイツ死ぬのかよ!! クソ!! クソ!!」

 俺は爺ちゃん先生に向けて叫ぶ。

 爺ちゃん先生に怒鳴っても意味は無いのに。

 怒りの矛先は爺ちゃん先生よりも、理不尽な、彼女が死ぬという憤りに変わる。

 何故。何故。何故。

 彼女は両親を失った。治らない病気になった。学校で苛められた。感情まで動かない。

 だから、幽霊だって……!!

 面白いぐらいに不幸なバカ女は。

 最高にヒロインやってやがるあの幽霊娘は。

 最終的には、死ぬ。

 現実は非情で。

 漫画やドラマみたいに、奇跡的に助かる確率すらも……。

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