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三十一話め.彼女は死んでいる


 偶に夢に出る。


 父と母と、白い世界を歩く。


 小さな私は嬉しそうに父と母に連れられて。

 でもその瞬間が直ぐに終わるのを知ってる。

 いつも同じ所で終わる。


 立ち止まった両親は優しく私を見つめ。

 そして父が私を突き飛ばす。


 腫れ物を触るかのように優しく、優しく。


 小さな私の体は、そのまま落ちる。


 さっきまであった白い世界は消え去り、黒い歪みへと落ちていく。

 手を伸ばしても届かない両親は、寂しそうな表情で落ちていく私を見つめる。


 寂しそうな表情の中、両親は何所か嬉しそう。


 私を一人にして、嬉しそうな表情。


 こんなに手を伸ばしているのに、こんなに私は泣いているのに。

 そこで起きる。

 夢の中の私はあんなにも感情豊かなのに。


 起きたらいつもの白い私。


 ああ、この白い私こそ幽霊らしくて。

 自覚させてくれる。

「……」


「……」


 多分、この女がココまで喋ったのは初めてだろう。

 話し終えた彼女は無言である。

 もう喋る必要が無いからだ。

 必要が無い事は彼女はしない。

 そう思うと口では幽霊と言う発言をする癖に利己的である。

 つまり無駄な事をしないこの女が、態々俺にこれを話したのには、意味があるという事だ。

 感情的に動いて喋った? それこそ、この女にはありえない。


 だが俺がこんな風にお前の事に関して分析して考えた所で俺には解る訳がない。

 俺はお前のように頭が良い訳ではないからな。

 そして俺はお前みたいに考えずに喋るから。お前よりもずっと喋るから。

 思った事を、只言うだけ。

 頭に浮かんだ事を、ただ言うだけ。



「そっか、死んだのか」


 ただ単調にそう一言零しただけ。


 俺の言葉に彼女は小さく頷く。

 自分の過去を話した彼女は、激的な過去の話の割にやはり表情は動かない。

 いや、気のせいなのか、俺が勝手にそう考えているだけなのか、いつもの無機質な色よりかは少し青や黒が入ったような。

 そんな気がする。


 笑わないのでは無い。

 笑えない。

 そしてそれを嫌がるわけでもなく。

 笑う気もない。


 感情が動かないなんて事は彼女にとってどうでもいいことなのかもしれない。

 いや、どうでもいい、という事すら考えない。



 彼女は、親が目の前で死んで。


 心が死んだのだ。



 成程。

 彼女は幽霊なのだろう。



 病気だからそういう風に言っているんだと思っていた。

 感情が乏しいからそういう風に言っているんだと思っていた。

 電波なめんどくさい女なんだと思っていた。


 可哀想な可哀想な幽霊娘。


 ああ可哀想である。


 だけどよ。



 だけどよ!


「で? だからどうしたよ」


 冷たく一言。

 そう思ったから言葉に出た。

 彼女は相も変わらず表情は変えない。

 ただ俺を見つめる。


「それを言ったら俺が憐れんでお前に関わるのを止めると思ったかよ?」


 俺の言葉に少女はいつものように言葉を返す。


「さぁ……」


 単調で曖昧な返し。

 興味が無いと言ってもおかしくない程に適当な返し。

 だけど幽霊娘の視線は真っ直ぐに俺を見据える。


 そんな幽霊娘に叫ぶ。

「だったら! 尚更!!」


 病室に響く声は、たった一人の、目の前の女に向けて。


「そんな話聞いたからには俺は絶対にお前を笑わせる! 精神的にとか病気とか知らねぇ! テメーの親御さんが守りたかったのに、守れなかった物を俺は取り返す! 絶対にだ!」


 幽霊娘は小さく首を傾げて見せる。


「私の親が守りたかったもの……?」


「話聞いただけの俺でも解るわ! テメーだよ! テメーの命だろうが! 当たり前だ! なのにテメーは勝手に死んでやがる! 勝手に幽霊気取りでいやがる! 勝手に大好きな親と一緒に死んだ事になっていやがる! 折角助けて貰ったのに……心が死んでるんじゃ浮かばれねェよ!」


「…………うん」

 幽霊娘は小さくそう零す。

 彼女は俺から目を背ける事は無い。

 幽霊だとか、心が死んでいるとか関係なく、この子は弱い子ではない。

 この話を俺にする決心とか、俺がただ、感情的に思った事を彼女に言う事とか、全部覚悟の上で伝えた事。

 それでも、話を聞いていれば色々と考えてしまう。

 彼女は、親を目の前で死んでいるのだ。

 それでも今、彼女は記憶にあるだけで『悲しい』とすら思えないのだ。

 頭で解っていても、涙すら流せない彼女は、悲しめない彼女は、ずっと惨めだ。

 彼女自身も解っているだろう。部屋にあった家族との写真は、そんな自身が忘れない為なのかもしれない。

 深い感情移入が出来ない彼女だからこその、苦肉の策なのだと。

 賢い彼女だからこその……

 何故悲しめない。何故、笑えない。


 過去に病院でたった一人の孤独で『寂しかった』筈だ。

 過去に病院で実験と称して『苦しめられた』筈だ。

 過去に学校で苛められたと言われ『辛かった』筈だ。

 現在の学校でも馴染めて居る様子は無く、『楽しそうに』しているのは見た事が無い。

 現在の今も結果的に表情が変わらず『笑う』のも見た事が無い。


 未来でも? 彼女は楽しい事があっても笑えないのか? 彼女は悲しい事があっても泣けないのか?

 これからずっと?

 単純に彼女を笑わせたかった、病気だろうが知った事ではない。

 唯、無機質な表情が嫌いだというそれだけだった。

 ……人の過去なんぞ、知るものじゃない。


「……何故、泣いているの?」


 幽霊娘の言葉で気づいた。

 ぽろぽろと俺の目からは涙が流れる。

 白いシーツに、涙が落ちる。

 何で泣いてんだ俺? こいつの事考え出したら止まらなくなって、そうすると、涙まで止まらなくなって。


 そっと、幽霊娘の指が俺の頬をなぞる。

 涙をぬぐうように。

 その行動に俺は慌てて顔を後ろに下げた。

 突然の行動に驚いてしまった。

 な、何やってんだコイツは!?


 そんな俺を見て、幽霊娘はまた首を傾げる。


「貴方は本当に……不思議……」


「……は? ぁ?」

 止まらない涙を拭う事もせずに俺は困惑する。

 アゲハの言葉が解らなかったからだ。

 アゲハはそっと続ける。


「私の話を聞いて貴方は私に怒った、幽霊だと言っている私を怒った、そして今度は泣いた、突然無言になって、唯々(ただただ)涙を流した……」 


 アゲハは俺を見据える。

 無機質な瞳が。真っ直ぐと。

 俺の心まで見据えられているかのような気分になる。



「貴方は……よく笑い、よく怒り、よく悲しむ……喜怒哀楽がとても激しくて、とても素直で。私を笑わせようと思いっきりバカやって笑ってて、私が酷い目に合った時に怒っていて……」


 こいつも案外見てるんだな……いや俺が付きまとってるから見ざる終えないのか……?


「そして今悲しんでいる……まるで私の変わりに笑っていて、私の変わりに怒って……私の変わりに悲しんでいるようで……変わりに泣いてくれているの?」


「し、知るかよ」

 そう言われると何だか恥ずかしくなる。

 そんなつもりは無い。

 だが、笑ってしまうのだ。怒ってしまうのだ。泣いてしまうのだ……仕方が無い。


「本当に。不思議な人……笑わないから付きまとうと……自己中心的な事を言っている癖に……貴方は誰かを優先する……それは思考的でも無く、行動的でも無く……無意識に感情的に」


「…………っは、はぁ?」


 突然アゲハに優先を取られた気分で何も言えなくなってしまう。

 観察してくるような瞳からつい視線を外してしまう。


「ずっと見てた……貴方という人を、貴方が解らなかったから」


 確かによく解らないと言われるが、だからってリアル人間観察してくるとは思わんかったわ!


「それでも全然解らなかったけど……貴方になら話しても良いと、そんな風に思ったから、私の話をしたの」


 取り合えず涙を裾で拭きながら俺は呆れた声を零す。


「主語とか色々抜けてて結局わけわかんねぇっての……」


 アゲハは見つめる瞳を外すと、椅子から立ち上がった。

「……話は終わったわ、それだけ、じゃあ」


「え、ぇぇ?」

 あっさりと、アゲハは部屋を出て行った。

 先ほどまでのシリアスは何だったんだ!? 俺の呼び止める声も聞かずに……

 言う事言ってさっさと消えやがった……あんのクソアマ……っていうか。

 俺も勢いに任せて結構恥ずかしい事言っちゃったああああああ!!!

 ヤダああああ今思い出すと死ぬたくなるぅぅぅぅぅ!!

 暫く白い布団の上でごろごろとのた打ち回った後、少しアゲハの事を考えて見る。


 アイツ……なんで俺にこんな話したんだろうな……結局話した意味は解んなかったし。

 観察してた、つってたしそれで喋ったんなら-


 案外、信頼されて。


 喋ったとか?


 そこまで考えて自分の考えに勝手に噴出してしまう。


 無い無い、あの幽霊娘が俺を信頼するなんて、笑えるわ。



 ……笑わせてあげたいな。

 あの子が思いっきり笑うと可愛いと思うんだけどな。


 っは!? 今俺は何を考えた!? 気持ち悪! 俺気持ち悪ぅ!



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