二十八話め.赤い花
目の前を落ちていく。
間抜け面づらのまま、河合君は真っ逆さまに。
その姿は傍から見れば冗談のように見えるかもしれない。
でも、私にはその光景は、頭がチリチリと痛んだ。
私は知っている、この光景を知っている。
強く、強く目を見開いた。
目が痛くなる程に、それでも私は目を開く。
目に焼き付けるように。
知っているのだこの光景を。
知っている、昔見た光景と被るのだ。
河合君が見えなくなると同時に。
頭にフラッシュバッグが広がる。
落ちる、落ちる、何処までも落ちる。
頭から、真っ逆さまに。
大きな赤い花が広がる。
私の大好きな花。
花は二つ。
花は二つ。
花は二つ。
は、花は。
あ、あ、あ、あ、あ。
布団から弾かれるように飛び出す。
自分とは思えないくらいに慌ててドアを開けた。
そのまま必死に廊下を走る、顔見知りの先生やナースさんが驚いた表情で私を見ている。
体の弱い私はスグに息切れで苦しくなる、それでも必死に。
感情の動かない筈の私自身が。
何でこんなにも必死になるのか解っていない。
それでも体は、無意識に動いていた。
胸が苦しい、締め付けられるように苦しいみたい。
でも、感情が無いから、苦しみも無視して、私は走る。
花が広がる。
赤い赤い、血の色が広がる。
白い病室は何処までも真っ白で、ベッドや俺の頭に巻かれている包帯も真っ白。
もうホワイティー尽くしなわけだ。
上半身だけ起き上がったまま俺の視線は窓の外に向けられる。
そこには、やせ細った木。
弱々しく見える年老いた老木だ。
それを見て俺は小さく笑う
「ッフ……弱った姿が、まるで俺のようだな……」
その木に生い茂る筈の青い木の葉は無い。
だが、端っこに。
小さな、本当に小さな木の葉が付いているのに俺は気づいた。
この木は……まだ死んでいないんだ。
俺は、また笑う。
そうだ……何弱気になってるんだ俺は……そうさ、あの木の葉が落ちるまで、俺は死なない。
決意した俺の表情はきっと、良い表情をしているだろう。
あの木の葉こそ、俺の希望だ!
「オールレンジ! 高度良し! 天候良し! 狙って狙って! 撃てーーーーーー!」
掛け声と共に木の葉が粉々に散った。
「お、俺の希望がああああああああああああああああああ!!」
絶叫を上げている俺を他所に二人のバカがハイタッチをしていた。
「ナイスな腕だ! その腕ならSWAPでもやっていけるな!」
軍人の格好をしている筋肉が白い歯を浮かべてッグ、と親指を立てている。
「俺の腕なら、お前のワイフが付けている耳飾の輪っかだって通せるぜ!」
そういって同じく軍人の格好をしているイケメンが同じように親指を立ててみせる。
手には所謂スナイパーライフルという物が握られている。
勿論本物では無くエアガンだが。
「そいつは良い! だがそこは凄腕でも失敗して欲しいもんだぜ! HAHAHAHAHA!!」
「おいおい今のは聞かなかった事にするぜ? HAHAHAHAHAHAHA!!」
二人は何故かアメリカチックな高笑いをしている。
っつーかこいつ等。
こいつ等ァァ!!
「テテテテメェラァァァ!! 俺のザ! 病院生活闘病の日完全再現がァァァァ! コレ本当にそういう感じだったらシャレになんねーからな!」
「グダグダうっせーなオイ、結局そういう感じじゃねーんだから良いだろうが。俺の焦り返せこのヤロー只たんに頭割っただけで軽く入院しやがって」
「そうだぜオイ、体の鍛え方が足りねーぜオイ」
「頭の鍛え方を是非教えて欲しいもんですね!? これ八割お前等のせいなんですけど!!」
そう言いながら自分の頭を指差してアピールしてみる。
痛々しく巻かれた頭の包帯を見ても、こいつ等は我関せず、という具合。
こいつ等が申し訳ないと思う事は百%無いのだが。
って叫んだら頭が……アタタタタ。
蹲うずくまる俺に二人が心配する……なんて事は無く。
「ヘイヘーイ、河合クーン? ドシタノカナー? バカだから頭痛イノカナー?」
「お! 何だ!? スクワットか!? スクワットはしっかり足に負担を与えて乳酸を溜める事を意識だ! スクゥアッツ! スクゥアッツ!」
俺を小突いているイケメンと隣で凄い速さでスクワットをしている筋肉。
何この状況!? 傍から見たらあまりにもワケワカメ過ぎるよ! 泣きそうだよ!!
■
「……君は何をしているんだね? アゲハちゃん?」
私の言葉に、無感情少女は間抜けな姿から私を見上げる。
「これはこれは顔馴染みの先生ではないですか……別に私は何もしていませんよ 傍から見てるだけです」
私はあのお笑い少年を診察に来ただけなんだけどな……。
まさかアゲハちゃんが居るとは思わなかったよ。
「見つからないようにドアの隙間からしゃがんで見ているという状況を見た私からするとー……見ているというよりは覗いているという風に受け取れる気がするなァ……」
「……長々と私の現在の状況を解り易く説明して頂きありがとうございます。ですが、覗いて無いです、相手にバレないように観察し、状況を見極めているだけです」
何か刺のあるような言い方だねアゲハちゃん……自分の状況を言われたのがそんなに嫌だったのかな?
妙なトコでプライドがある子だな。
っというより、状況を見極めるという事は。
「で……状況を見極めて……どうなんだい? 入らないのかい?」
「ワケワカメな状況です……至極入りたいとは思いません」
無表情だけど、雰囲気的には嫌悪感を示しているような感じーかな?
この子も随分解り易くなったものだね……。
昔はもっと機械のような子だったのに。
感情こそ動かないものの、意思疎通が大分マシになった、そんな印象である。
「でも、言いたい事が、あるんだろう?」
私の言葉に、アゲハちゃんは俯く。
それがどういう意味を持つのか、私には解らない。
私より付き合いが短い筈の彼の方が、もしかしたら解るのかもしれない。
あの時、彼女が誰よりも早く駆けつけさせる程に信頼を寄せた彼なら。




