二十四話め.ヒーローけんざん!!
「ち、なんなんだあの男は」
河合君が出て行ったと同時に先生は吐き捨てるように言った。
先生はドアに鍵を掛ける。
それは今から先生がすることはあまり良い行為だと思われないから。
本人も解っているから鍵を掛けているのだろうけれど。
先程の錠剤を、再び幾つか口に入れる。
精神的な安定の為だと昔聞いた事があるけれど。
錠剤の量が昔よりも増えているような気がする。
そこまでしてまで、無心病の研究に没頭する姿は必死さよりも執念という物を感じる。
私の方に向き直ると、先生は嫌な笑みを浮かべる。
河合君のような、ふざけた様な感じでは無く。
裂ける様な。言うなれば汚い笑顔。
「実験の時間だ」
そういうと先生はカルテを手に持ち、ベッドで寝ている私に近づいてくる。
パン! という音が病室に響き渡る。
私が頬を叩かれたのだ。
頬がジンジンする。
「フム、顔への痛みでも表情は相変わらず変わらないか、全く興味深い病気だ」
この人が特殊な変態、というわけでは無い事には感謝して置こう。
それでも、研究の為に非人道的な事は平気でする彼は常人とは違うのだと思う。
自分のストレス解消に使われている事も解っている。
昔から。
この病院に居た時から行う事は、一緒。
顔がぐいっと上を向いた。
髪の毛を無理やり掴まれたのだ。
「顔はこっちに向けろ、表情で判断しているんだからな、もっとモルモットらしくしていたらどうだ?」
先生は一般の人が聞けば傷つくような事を平気で私に言ってくる。
だけど、やっぱり私に感情は湧き上がらない。
痛いには、痛い。
だけど、何とも思わない。
怒りも、悲しみも、苦しみも、悔しさも。
そんな私の無表情を見て先生は軽く舌打ちをする。
河合君は、私が反応を示さないと、しゅんっ、と解り易く凹む。
そう思うと河合君は人道的。
「……っ少しも反応しないと研究にならないだろうが」
そう言うともう一度私の頬を叩く。
また頬が熱くなる。
その様子に、苛ただしげに表情を険しくする。
髪の毛を掴まれたままベッドから引きずり出される。
私はベッドの横に立つように先生と相対する。
髪の毛を掴んだまま、先生は。
腹部を殴りつける。
「ぐっ」
腹部を殴られ、胃の空気が口から漏れる。
お腹に激痛が走る、同時に苦しみが込み上げると、無意識に唾液が口から零れる。
ああ、痛い。
痛みは持続的に続き、足や手の力が抜ける感触がする。
「おお、良い反応じゃないか」
先程の表情から打って変った様に嬉しそうに顔を輝かせると、手に持つカンペにペンを走らせる。
それは、いつもの事。
いつも通りの、日常が帰って来ただけ。
私はこんな感じで研究のモルモットとして扱わられていた。
二日食べ物を口にしなければ感情が出るのではないか。
斬り傷は? 一日中水に浸けておけば?
そんな事を繰り返し人間が一番反応する苦しみや痛み。
人間が嫌がる事をする事で感情を引き出そうとしていた。
感情に関与され易い、この珍しい病気の事を知る為に。
時に体が強いわけでは無い私の体は、弱体もする。
でも、『死に掛けるまでは』続けた。
私に両親はいない。
そんな私が入院する為の金を出す『変わりのモルモット』
入院する気は無いけれど、倒れるとお節介な人々に連れて行かれるのが今の現代。
無心病はまだ全てが解っていない病気。
幽霊なんだから仕方ないと思うけど。
この病気の事が完全に解明されれば、医者としての地位が跳ね上がるんだと話ているのを聞いた事がある。
私の体も傷を作りながらも。
少しづつ解明が進んでいても結果的には全てが解っているわけでは無い。
私は病気だと思ってないけど……。
一時期は病気が安定したと、学校に行く事になったけど。
結局は、ここに戻って来た。
私が悪化して病院に帰って来た時、この人は嬉しかっただろう。
ストレス解消しながら研究も出来て。
私は髪の毛を強く引っ張られ、床に転がされる。
体制を立て直す暇もなく先生は立て続けに私の腹部を蹴り出す。
「……う゛ げほっ!」
咳き込む私を見て先生は更に嬉しそうに笑う。
「ほぉ~頬を殴っても声を挙げる事すら無かったが、胃等へのダメージでは声が出るんだな」
嬉しそうに先生は蹴り続ける。
それでも。
私は体の苦しみがあっても、感情が沸く事は無くて。
だって私は幽霊。
体が勝手に反応して涙目になる。
前と一緒。
痛いだけ。
前と一緒だもの。
何とも思わない。
「顔をあげろって」
そう言って頭を蹴られた。
言われた通り顔を上げた時、窓が目に映る
ここからの景色も前と一緒。
あれ……?
少し決定的に違う部分が景色にはあった。
大きな木。
青い空。
白い雲。
そして。
木の上に乗っている河合君。
いつものふざけた表情は無く。
私が見た事がない表情をしていた。
怒り? 苦しみ? 悲しみ? 辛さ?
私には解らない感情を、混ぜ合わせた少年と目が合う。
私と違って、いっぱいの感情を示す彼が居た。
河合君は、そのまま木の枝にぶら下がり遠心力をつけて……?
「何を見ているんだ?」
先生は私の視線を追うように窓の方を向く。
それと同時に河合君は手を放した。
遠心力でつけられた力で、河合君は躊躇わず足から飛んで来る。
窓はけたたましく割れ、破片を飛ばし、病室に響く。
ベッドの上に着地して、河合君は立ち上がる。
ビシッと両手を斜めに伸ばし片方の手は腰に。
それはさながら昔見たヒーローのように。
真面目な顔で、それでも彼はふざけた構えで。
「ヒーロー! けん! ざん! 」
彼はふざけなければ出てこれないのかな?
ああ、そういえば前と一緒じゃない部分がもう一つ。
こんな風に現れる人は。
始めて。
オンラインシャッフル!!
http://book1.adouzi.eu.org/n0035dm/
暴力熱血女と貧弱毒舌男
http://book1.adouzi.eu.org/n1084f/
女子高生と七人のジョーカー
https://novel.syosetu.org/95041/




