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薬術の魔女の結婚事情  作者: 月乃宮 夜見
二年目

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懸念


 久々に婚約者を見ると、不思議と安堵によく似た感覚を得た。そして、ちゃんとそこに居る事に小さな安心と疑問が生じる。

『なぜ、あなたはそこに居てくれるのだろうか』

と。


×


「んー、おいしー」


 薬術の魔女は自身の手に丁度収まる大きさの器に口を付け、お茶の味と香りを楽しんでいた。

 いつのまにか用意されていた彼女専用の器に「歓迎されているのかな」と、なんとなく嬉しくなる。


「これって、ちょっと変わったお茶だよね?」


 魔術師の男から出されたものは、この国で広く飲まれているものと違い、やや植物本来の色に近いお茶だった。


「そうでもありませんよ。貴女が御造りになる『薬草水』なるもの依りは」


微笑み、彼は答える。それは僅かに楽しそうで揶揄(からか)うような声色をしていた。


「ねーそれってちょっと馬鹿にしてる?」


「いいえ。あれは意外と美味しゅう御座いました」


「えっ、ほんと?!」


揶揄いに眉を寄せると、意外に彼は嬉しい事を言ってくれる。その言葉に(テーブル)に手を突き前のめりに立ち上がると、魔術師の男は目を細めた。


「えぇ。機会が有れば是非に、また飲ませて頂ければ」


「わかった。じゃあその時は、もっと良いのつくってくる」


×


「あ、そういえばなんだけど。来週、修学旅行なんだー」


 魔術師の男が淹れたお茶を飲みながら、薬術の魔女はなんとなしに告げる。


「……以前も(おっしゃ)って居りましたね。確か、貴女は生兎と祈羊に薬猿の施設でしたか」


「うん」


自身の器にお茶を注ぎながら問いかける魔術師の男に、元気よく薬術の魔女は頷いた。


「2週間くらいあって、薬学コースの方は各施設に大体三日くらい、各施設への移動に一日ぐらいかかるんだよねー」


「……然様ですか」


「あと、きみは知ってるだろうけど魔術コースでは移動に時間がかからない代わりに、滞在日数が長いんだって。大変そうだよねー」


「まあ、宮廷、軍事施設、時計塔、天文台は全て、王都の中に在りますから」


「それはそうなんだけどさ」


魔術師の男の言葉に、薬術の魔女は軽く口を尖らせる。


「……日程のことは、仕方ないからいいんだけど」


 友人の一人と予定がずれてしまったことが少し気に入らないのだと呟いた。学科も違うならば仕方のない話だ。


「それで、修学旅行で行く前にどんな場所なのか調べたり、行く予定の場所を決めたりしたんだ」


 足をぱたぱたと軽く動かし、薬術の魔女は弾んだ声で話す。


「然様ですか」


 楽しそうに修学旅行の準備について語るその姿を、魔術師の男は眩しそうに目を細めて見ていた。


「あ、そうだ。あの木のお札って「駄目ですよ」持って……なんで?」


「寧ろ、何故大丈夫だと思われたのです」


首を傾げる薬術の魔女に、魔術師の男は呆れた様子で溜息を吐く。


(そも)、学習には不要な『余計な物』でしょう」


「それもそっかー」


 元々、どうせ持っていけないだろうと思いながら声をかけたので、不満はない。久々の彼とのやり取りに嬉しくなる薬術の魔女だった。


「あ、そうだ。お土産とか買うつもりなんだけど、何かほしいものとかない?」


 きらきらと期待に満ちた視線を魔術師の男へ向ける。すると


「……特には。私への土産は構いませんので貴女の欲しい物を購入なさっては」


そう彼は困ったように微笑む。これは拒絶ではなく、薬術の魔女を気遣っての言葉のようだった。それに、魔術師の男は移動の魔術式で移動すればどこにでも行けるのだろうと、薬術の魔女は思い出す。


「んー、そう? だったらそうしようかな」


 言いつつ、彼女はどんなところだろうとか何を買おうとか、修学旅行の色々に思いを馳せた。


 だから、彼の表情がほんの少し強張(こわば)っている事に気付かない。


×


「……嗚呼、」


 部屋で一人、魔術師の男は顔を押さえる。薬術の魔女は、すでに自室に戻した。

 貴族は他人の不幸が好物だ。世話焼きの多い生兎、清廉潔白を常とする祈羊の中にはそうでない者もそれなりに居るだろうが、


「……薬猿。彼処(あそこ)だけは……」


自身等の賢さを鼻にかける薬猿の者は大体は性格が悪い。『古き貴族』の中で特に。そして、よく喋るのだ。他人の失敗や恥の話を。薬に関する情報(もの)は喋らない癖に。


 魔術師の男は深く溜息を吐く。病み上がりだというのに、嫌な現実を突きつけられてしまう。


「(……彼女が『薬術の魔女』だと知った途端に、施設で出会うだろう貴族達に如何(どう)反応され、何を吹き込まれてしまうのやら)」


それが、不安で仕方なかった。そしてそれが原因で彼女が不当な扱いをされないかどうかも、気になってしまう。

 自身の事情に彼女は一切も関係が無いはずだ。


「(……(そして)()()()が彼女に知られてしまう)」


 自身が、呪猫の出来損ないであることが。

 既に己の身は貴族ではなく()()()()であることが。

 気付かれたら、すぐに告げ口をされてしまう。


「(全てを知った時……彼女は、)」


どういった反応を返すのだろうか。

 それを知るのが、酷く恐ろしかった。


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