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薬術の魔女の結婚事情  作者: 月乃宮 夜見
二年目

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予兆


「――……」


 仕事用の部屋で、魔術師の男はゆっくりと目を開く。今し方、監視用に放った式神達の聴覚と視覚を同化させていた。

 ()()()()()()、転生者、転移者共に、異常行動は見られなかった。

 実は命令から外されていたが、魔術師の男は独自の判断で薬術の魔女以外の三人の監視も続けていたのだ。放置していても問題無いと判断されたは言え、やはり()()()()()()()()()()()()、思考の傾向や動きに癖など手の内を知っておくためにも監視を続けていた。


 今まで転生者以外の監視対象に、監視員の規定に引っ掛かるような大きな異常行動は見られなかった。

 だが今回は、やや気になる事象が起こっている。


「(……要監視対象(薬術の魔女)が、覚醒者に、何かを渡していましたね)」


 要監視対象と覚醒者の方に、普段とは少し変わった行動が見られた。

 薬術の魔女が、他者の個人に向けて()()()()()物品を譲渡した事だ。今まで他人には薬や菓子類と言った()()()しか渡さなかったというのに。


 薬術の魔女が覚醒者に手渡した物は何か、金属製の装飾品らしきものだったような。


「……」


 小さく息を吐く。


「…………((ただ)、物を手渡しただけでしょう)」


 それが一体何だと言うのか。思いの外、なぜか動揺している自身に魔術師の男は驚く。


 会話の内容によれば、それは『突然現れた腕輪』らしい。その上、薬術の魔女の家族も心当たりが無いらしいのだと彼女自身が相手に向けて話していた。


「……(充分に怪しい物ですね……)」


 それを欲しがる者もだが、丁度良かったからと言って差し出す薬術の魔女もどうなのだろうか。思いはしたものの、当人達は気にしていない様子なので(且つ盗聴なので)口出しはしない。


「(……とは言いつつ、他者(ひと)の手に渡ってしまった()らば、如何にも出来ませぬ」


薬術の魔女ならともかく、既に監視対象から外された覚醒者には干渉ができなかった。

 魔術師の男は思考を切り替える様に、近くに置いていた水差しの水を口に含む。外気に触れ冷たくなった水を口内で温め、ゆっくりと飲みこむ。


「(……(しか)し。まだ、『薬術の魔女』の手元に有った時ならば回収も可能でしたのに)」


 そう思ったところで、魔術師の男は僅かに顔をしかめる。思考が、切り替わらなかった。


「…………」


 考えても仕様が無い、と魔術師の男は自身に言い聞かせる。

 だが。少し何かが引っかかるのか、気になってしまう。


「(いいえ。……何故、『動揺したのか』『引っ掛かったのか』。()の理由は理解して居りますとも……)」


 今度はやや、わざとらしく大きめに息を吐いた。周囲には誰も居ない、個人の仕事部屋で良かったと魔術師の男は思う。


「(態々(わざわざ)()()此方(こちら)に来て頂いたのだから、其れで良いでしょう)」


 薬作りの余り物だろうとは言え、恐らく手作りらしい菓子も貰ったのだから。


「(……()()、ですか)」


 その言葉は声が出ていたならばきっと、小さくも低く唸るような音だった。自覚できるほどに強い感情が有った。

 ああそうだ。()()()きっと、よろしくなかったのだろう。

 腕輪は、魔力の放出器官のある手に影響を与える装飾品だ。ゆえに、腕輪には強い意味合いが生じる。

 例えば、犯罪者を無力化するだとか、相手を拘束するだとか。

 他にも()()()()()()()()()()()()()()も。


「…………」


 目元に手を充て、魔術師の男は奥歯を噛み締める。()()()()()()()()()と、必要以上に関心を持たずに、何も感じずに居ようとしていたが。


「(まさか、斯様な感情を抱くとは)」


 先程、式神の目を通して薬術の魔女が物を手渡す『その瞬間』を見た。

 直後、時が止まったかと錯覚するほどの衝撃を受ける。

 驚愕を自覚したその刹那、苛立ちによく似た強い感情の湧き上がりを感じ、すぐさま式神との共有を切った。

 式神は使用主の魔力や感情の変化に敏感だからだ。……もう一つ、その瞬間をこれ以上見ていられなかった事も、理由だ。


「(如何(どう)やら、(そね)み、(ねた)んでしまった様です……)」


 彼女が、自分以外の誰かに物を渡したというその事実に。

 ……あまり、認めたくはなかったのだが。


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