慈悲伐採12
10層の街は、高い壁に囲われているからか薄暗く、ひんやりとしていた。空気は湿気を含み、重たい。
「アンタ達、どこから来たんだ」
「枢機卿様の従者達じゃないか?」
「枢機卿様?」
「理由は知らんが、来てるんだと」
目についた街の者に、若者達が声をかける。魔女は健康状態を目視で確認していた。
「意外と健康そうだし割と清潔だね、ねこちゃん」
『其の様ですな』
「見たところ魔力量は多くないから、浄化魔術で綺麗にしているわけじゃないよね」
『礼拝堂の数が多いですね。其の方向から水と祈りのにおいがいたします。其処に何か在るのでは』
「なるほど」
魔女が巨猫と話していると、
「枢機卿より、勇者の方が良いに決まってるだろ」
と街の子供に言われる。
「勇者?」
声に反応して、黒髪の若者達が聞き返した。そこで街の子供達は勇者の噂を聞かせてくれた。
「勉強を教えてくれるんだよ」
「食べられる植物とか、色々教えてくれるんだ」
「仕事を手伝ってくれる」
「とても助かってる」
そう、教師や修道会の者も口々に語る。
どこにいるか黒髪の若者が聞くと、「今ならあの場所にいるんじゃないか」と教えてもらう。若者達と魔女、その3はそちらに向かうことにした。
ついでに総合組合について問うと、
「総合組合は『内側の階層』にあるよ」
と言われる。
内側の階層、と言うと5層より先のことらしい。
「自分達はこの層より先に移動したことはないが、たくさん祈れば次の階層へ上がれると言われている」
実際、上がった者もいるらしい。
その話を聞き、若者達は顔を見合わせた。
×
「……なんだ、お前達」
焦茶の髪色の『勇者』は、どこにでもいるような普通の男性に見えた。
その3を見て驚いた後に魔女を見つけ、気まずそうな表情をする。
「悪かった」
そして、魔女の頭を下げた。
「えっ、なにが?」
唐突な謝罪に、魔女は眉を寄せる。巨猫は静観している様子だ。
「いや、忘れたんならいい」
呟き、ため息を溢す。
「一生赦してもらえないやつだね」
「言うんじゃねぇ」
「勘違いさせないために、わざと言ったんだよ」
揶揄い混じりの声色でその3が言い、『勇者』(以下その1)は顔をしかめた。
「あなたが『勇者』さんですか」
緊張した面持ちで問う黒髪の若者。
「そういうお前は……」
黒髪の若者の方を見、「加護持ち転生者かよ」と呟く。
「え?」
「ん? ああ、お前も『勇者』なんだなって言いたかっただけだよ。もう次の世代に移ったんだな」
「つまり、俺達は『用済み』って事だ」とその1はその3を見た。その3は「どうかな」と受け流す。
「……俺は、本当に『勇者』だったのか?」
ぽつり、とその1が呟いた。
「生まれる前の記憶が無いんだ……無くした」
どうやら、その1も記憶喪失気味のようだ。「お前は持っているんだろ、『前世の記憶』」とその1に見据えられ、黒髪の若者はゆっくりと頷く。
「まあ、それはどうでもいいんだよ。記憶の有無で命が失われる訳でも、世界が救われる訳でもねぇから。だがテメェは駄目だ。そこの獣」
その1が、巨猫を警戒し睨み付けた。腰に下げた木刀に手を掛ける。
「すげぇ嫌な気配がする。叩き切ってやりたい」
「あの子の使い魔だからダメだよ」
吐き捨てるその1に、その3が静止を呼びかけた。
「どうなってんだそりゃあ」
「簡単にいうと魔女の所有物になってるから勝手に害したら捕まる」
「マジかよ」
その1は眉間に皺を寄せ、息を吐く。
「何故か、俺は『聖剣』を失っている。だから、『聖剣』を取り戻したい……俺は、『金の国』に行きたい」
それから、そう訴えた。
「理由は?」
「わからん。とにかく戻りたいんだ」
「不明瞭、ってこと?」
その3が問うても、その1は首を傾げるだけだ。
「国を出たいが、この国では先にやらなきゃいけねぇことが多い。暇なら手伝ってくれ。国中を見るついでで良いから」
そう言われ、手伝うことになった。




