そういうのは出歯亀っていうんだよチミィ。
用意されていた朝食は、薬術の魔女一人分しかなかった。それに戸惑いつつも、彼女は魔術師の男が用意してくれた朝食に手を付ける。
「お味は如何ですか」
少しして、魔術師の男が普段通りの魔術師のローブ姿で現れた。しかし、手には何かの肉が乗った平皿を持っているようだ。
「ん。やっぱりおいしいよ」
朝食を食べつつ、薬術の魔女は答える。味は個人的に好みであるし、歯応えも問題はない。味付けについて口出しをした記憶はないので、味覚は割と近い方なのだろうかと思い共通点を見つけて少し嬉しくなる。
魔術師の男は平皿を、薬術の魔女の座る位置の正面に置いた。
「それなに？」
見ると、肉の塊を塩などで簡単に味付けをしたもののようだ。結構大きめの塊なので『朝からよく食べるなぁ』と内心で感心していると、
「蛇肉で御座いますよ」
そう、薄く微笑んで魔術師の男は返事をした。
「へび」
「えぇ。昨日、沢山獲れましたので」
薬術の魔女のおうむ返しに頷き、魔術師の男はその肉に切り込みを入れる。『昨日の蛇』と言えば、おそらく巣穴の持ち主だっただろう蛇型の……魔獣、だろうか。そういえば丸ごと回収していたな、と思い出した。
「……魔獣のお肉、食べられるんだ」
珍しいな、と思いながら薬術の魔女は彼の持つ平皿を注視する。魔獣の肉は普通の獣の肉と比べて、赤味が強く黒っぽい色をしているみたいだ。
「えぇ。私には拒否反応が起こらないので」
「へぇー」
魔術師の男が口に運ぶそれを、朝食を運ぶ手を止めて見ていた。
魔獣肉は、食すと半分の確率で拒否反応が起こる。生まれや育ちは関係なく、食べられるか否かの二択だ。
一般的に、魔獣肉は見た目や味などから好まれにくい。なので、この国では体質は然程関係なく、魔獣肉を食する者は少なかった。
ちなみに、魔獣肉料理を出す専門店があるので『一切も魔獣肉は食べられていない』訳ではない。どちらかといえば、昆虫食や土食のようなゲテモノ(あるいはイロモノ)喰いに近い扱いだ。
薬術の魔女は魔獣肉食に嫌悪や偏見などは持ち合わせていないが、魔獣肉は食べない。家族にも食べないよう言いつけられていたし、そもそも食べる気も起こらなかった。
「それ、おいしい？」
なんとなくで、薬術の魔女は問いかける。別に食べたいわけでなく、ただ普通のお肉と比べてどうなのだろうと気になっただけだ。すると、
「私が調理したものですからね」
と、魔術師の男は薄く微笑んだ。
きちんとした返答ではなかったが、反応から『すごく美味しい』訳ではないらしいとだけ察した。
「どんな味とか噛み心地とか、教えてくれたりする？」
自分は魔獣肉を食べられない旨を話してから、薬術の魔女は魔術師の男に魔獣肉の食感を聞いてみた。
「……そうですねぇ」
少し視線を動かした後、
「普通の肉と比べて肉質は少々硬い傾向にありますね。通常の獣と比べ魔獣は力が強くよく動きますし」
そう答える。硬い肉、と言うと家畜よりは野生動物の捕獲肉に近いのかな、と薬術の魔女は思い浮かべる。
「ええと……詳しく申し上げますと捕獲肉よりも硬く弾性も強く、樹脂を噛むような心地が近いでしょうか」
「へ、へぇー？」
聞くだけで食感があまりよろしくない事がわかった。おまけにそんなに硬いらしい肉を、彼は普通の肉のように咀嚼し嚥下している。噛む力が強いのだろうか、と考えて、彼の歯が肉食獣のように尖っていたことを思い出す。
「それと、味はえぐみ……要はやや苦く渋味が強いです。恐らく魔獣の魔力の味かと。また、噛めば噛むほど口内に生臭い香りと共に味が拡がりますね」
少し長めに咀嚼し飲み込んでから、続けて魔術師の男はそう答えた。
「なんでそんなの食べてるの……？」
困惑する薬術の魔女に、彼はただ
「食べる必要があるからです」
と答える。
そこで、魔獣肉を食べると保有する魔力が増えるらしい事、宮廷魔術師は体質関係なしに魔獣肉を食べさせられるらしい噂を思い出した。……噂は本当なのかもしれない。
×
朝食を終え、身支度を整えた薬術の魔女は寮に帰ることになる。だが、薬術の魔女は魔術アカデミーの学生寮の出入り口から外出したため、木の札を用いてしれっと寮内へ帰ることができない。
なので途中まで魔術師の男に送ってもらい、学生寮の出入り口を通って自室に戻った。
「別に、わざわざ送ってくれなくてもいいのに」
送り届けてもらう道中、薬術の魔女が隣を歩く魔術師の男を見上げると、
「私が其処迄の甲斐性無しに見えますか」
と、少し拗ねた様子で言われた。(薬術の魔女は意味を理解していなかったが)せっかく彼がそう言ってくれたので、折角の好意に甘えることにしたのだ。
魔術アカデミーに戻ったあと、友人A、友人B、その2からの質問攻めをくらい、大変に戸惑うことになる。
そして、『何も無かった』という薬術の魔女の返答に友人達は落胆と安堵の混ざった反応を示し、薬術の魔女は首を傾げた。
