第19話 決闘③ 魔法の【真髄】
バリアン・メラ・ドゥランダルは、幼少より「神童」として育てられた。
生まれたのは、戦火のなかにあっても盤石な名門魔導師の家系。
男子として生まれたバリアンは、厳格な父と病弱な母の期待を一身に受けて育てられた。
いや、それだけではない。
親から子へと受け継がれる、一子相伝の火焔の魔法。
バリアンはその後継者だった。
ドゥランダル家の火焔を継ぐ者が、膝をつくなど許されぬ。
だから、バリアンは訓練を怠らなかった。
長く続く戦役。
いずれ、その戦場に立つことを求められていた。
恵まれた血筋と環境を使って魔術と固有魔法の訓練に明け暮れていた。
【爆焔】の名をいただくことになる固有魔法は、ドゥランダル家に脈々と受け継がれる才。
その誇りある魔法を、バリアンの力不足で汚すわけにはいかなかった。
(俺は強い。年は若くとも、才能にも環境にも恵まれている――戦場で、役に立たないわけがない)
そう、思い込んでいた。
――結果は、惨敗だった。
意気揚々と躍り出た初陣。
バリアンの率いる部隊は全滅していた。
視界を覆うような砂煙。
耳の奥にこびりつくような悲鳴。
血の、におい。
――どうして。
はじめに思ったのは、そのことだった。
自分は努力をしてきた。
才能だってあった。
家柄に恵まれて、それに胡坐をかかなかった。
なのに。
それなのに。
「……どうして」
絶望。
若き司令官だったバリアンの目に映るのは、迫りくる敵陣営と崩れ落ちるように散り散りになる自軍の手勢だった。
まさか、戦闘用のドラゴンまで実戦に投入されているなんて。
バリアンは、参謀の計算違いと自らの弱さを悔いて唇を噛んだ。
ああ、この地を突破されてしまえばシュトラ王国は崩れる。
王都へと続く一番の要所。
後ろには、【魔導書使い】の異名をとる腹の底の見えない将が率いる小さな部隊が控えている。
けれど、それだけだ。
バリアンが、そしてバリアンの軍勢が止められなかった敵の勢いを、たった数十人規模の、しかも傭兵が過半数を占めるあやしげな部隊が止められるはずがない。
――止められるはずが、なかったのに。
「――なっ!」
最初に感じたのは、まるで花のように優美な香りだった。
そして、温かな湯気が頬をかすめた。
その日、バリアンが意識を失う前に見たのはひとりの少女だった。
まだ年端も行かぬ少女が、紅い液体をまとってバリアンの前に躍り出る。
その、小さな背中。
靡く、紅茶色の髪。
――そして、その動きのひとつの無駄のない強さ。
それが、バリアンが戦場で最後に見たものだった。
バリアンが屋敷で目覚めると、絶望的だったはずの戦況は見事にひっくり返り、バリアンの軍勢によってシュトラ王国は敵軍の侵攻を免れたことになっていた。
真実を――その勝利をシュトラにもたらしたのは、おそらくはあの紅茶色の髪の少女であったことを知っているのは――バリアンのみだった。
先の大戦の英雄とまつり上げられ、バリアンは誓ったのだ。
「俺は……俺は二度と、あのような恥辱はうけない……! この国をもっと強く……魔法大国シュトラに、沈まぬ灼熱の太陽を――!」
目の前に立つ【紅茶の魔女】を睨みつけながら、バリアンは叫ぶ。
そう。
ステラ王女と婚姻関係を結ぶことは、バリアンにとって重要なことだった。
王家に流れるより強力な魔力をはらんだ高貴なる血。
ドゥランダル家の秘伝の【爆焔】と、より強い血――それさえあれば、一族は、国は、もっと強くなれる。
シュトラ王国に、輝かしい未来を!
二度と戦場で恥辱にむせび泣くことのない強さを!
「あんな……誰とも知らぬ小娘に……」
「さっきから、ごたくばかりだね、【爆焔の魔導師】――決闘中だろ?」
静かに、レミィ・プルルスは語り掛ける。
怒りと興奮で、すでにここではないどこかに意識を飛ばしているであろうバリアンに――まるで、戦場を知らぬ坊やに諭すように語る。
「戦場にごたくはいらない――勝つか、死ぬか、どちらかだけだよ」
わずかにレミィがゆらりと体を揺らせば、その微かな動きに反応してポットから紅茶があふれ出る。
あふれた紅茶は、鞭のようにしなってバリアンに襲い掛かる。
「……好き勝手にさせるかッ!」
咆哮とともに、バリアンの剣が火を吹く。
しかし、めちゃくちゃに振り回す剣も炎も、レミィをとらえることはない。
「遅いね、朱雀班班長殿」
「な……くそっ!」
爆焔と呼ばれた魔法は、情緒の乱れと動揺で見る影もない。
――それが、かつて戦場でバリアンが敵の前に敗れた原因でもあったわけだけれど。
その高潔さと誇り高さは、ときにバリアンの視野をひどく狭く、頑なにさせた。
戦場において、その視野の狭さは命取りになる。
たとえば。
決闘場に立会人がいることも、その立会人のなかに他ならぬシュトラ王国国王がいることも忘れて――その身に宿る炎を暴走させようとするほどには。
「俺は……勝つんだ……貴様ごときに……俺の国づくりを、この国を誇り高く強い国にするという志を――止めさせはしない!」
バリアンが叫ぶ。
地面に突き立てた剣が、炎を吹く。
それはレミィに襲い掛かる……わけではなく。
「すべてを灰燼へと還す、炎の巨人の力をここに!」
バリアン自身を、飲み込んだ。
「へーぇ? レミィがんばれ♡ きっとそれ、バリアン君の血に宿ってる固有魔法の真の姿ってやつじゃなぁい? すごーい♡」
「うわぁぁ!? せ、先輩逃げてください!! バリアン様の固有魔法の【真髄】ですよそれ!!」
炎を避けるための山茶花の結界の中から、アリシアとディルがやいのやいのと叫んでいる。
真髄――魔術師の血に宿る、固有魔法を生み出している根源的な存在。
身体の外で力を振るえば、呪文もなく強大な力を振るえるかわりに、その根源を破壊されれば術者の命にもかかわるもの――それが【真髄】である。
ちいさな妖精や幻想動物の姿を取ることが多いが、なるほどバリアンの【真髄】は炎の巨人であるようだった。
「でかい図体してるじゃない」
自らの発した炎によって、爆焔の巨人へと変貌したバリアンは――振り上げた腕をレミィに向けて振り下ろす。
何度も、何度も。
それは、猛攻といっても差支えがないものだった。
ディルが、その様子に悲痛な叫び声をあげる。
だめ、そんな、先輩が死んじゃいますよ!……と。
――けれど。
「おっと……、頭に血が上ったかな」
触れればすべてが蒸発するような、灼熱の猛攻撃。
しかし、レミィの呼吸は乱れない。
「――どんな形になろうが、炎は炎だ。紅茶を沸かすにはちょうどいいわ」
レミィが、手にしていたティーポットを中空高くに放り投げる。
ティーポットは注ぎ口から紅茶を吐き出しながら、らせんを描いて舞い上がる。
ダムの鋼鉄とアリシアの山茶花で、決闘立会人たちが守られているのを横目でしっかりと確認して――レミィは指先を振るう。
「――その手足、大きすぎて邪魔でしょう」
らせんを描いていた紅茶が、レミィが振るった指先に応えるように爆焔の巨人に斬りかかる。
鞭のようにしなる紅茶の剣が――
「ごめんあそばせ」
――バリアンの爆焔の魔法の【真髄】である巨人の手足を、あっけなく切り落とした。




