539話 レイvsカミラ
「100m走だって〜、勝負ね〜?」
「ふむ、そうだな…… 方法は何であろうと良いのか?」
「はい、どのような移動方法でも問題ありません。静止状態から100m到達するまでの時間を測るのが目的ですから」
妾は誇り高き吸血鬼であり、この獣人族如きに負ける訳がないが……
だが侮ってよい相手でもない。
レイは出鱈目な程に肉体を強化し、人間の最高速度を優に超える初速で走り出すという、脳味噌が筋肉のような手段で結果を出す。
瘴気の霧での転移は手段としてはなしではないが、転移までに若干の遅延がある。
この100mという絶妙な距離がこの妾を悩ませる。
転移が完遂する前に、レイが到達する可能性がある故に。
10kmにでもしてくれれば、事は簡単に済むのだが。
しかしだ、妾にはレイのような馬鹿げた馬力の脚はない。
羽を使おうが初速の遅さは誤魔化せなければ、地面を蹴るのと空気を仰ぐのでは加速力は雲泥の差だ。
そも、この測定は緊急時の離脱能力も加味しているはずだ、最速を出さなければ意味がない。
では、答えは。
「わっ、カミラちゃん、これ戦うのじゃないよ〜?」
「構う必要はない。これが妾の全力が故な」
血の代償を払う。
手首を切ろうが首を切ろうが、痛みはない、心配されるような事はない。
吸血鬼の力の源は血の浪費。
血は魔力そのものであり、吸血鬼であれば血を最も高濃度の魔力に変換出来る。
加え、体外に出た血は辿れるのであれば腕であり手であり指である。
そして吸血鬼の肉体は血そのものからなる。
「今や妾には水魔法の加護がある、血の女王であると知れ」
「おぉ〜!負けないよ〜!」
レイは随分と呑気な物だ、さっさと強化魔法をかけるのが先決であろうに。
手首から血が流れる。
鞭のようにうねらせ、手の平の一点に集中させる血の球を作る。
今よりやる術は単純明快、球に血の線で妾と繋げる。
空砲が聞こえ次第、ミオが水の球を飛ばすように、兎に角出来る限りの速度で血の球を飛ばす。
「位置について!」
「パン!!!」
血の球が空気の抵抗により、周囲に血飛沫が飛ぶ。
しかし、暴風を起こしながらスタートダッシュを決めた獣人族よりも速く、球はゴールへと向かっている。
後は。
一気に己の肉体を潰す。
――――――
体が浮く。
上手く力が入らないが、何とか立ってみせる。
気が付けば、妾の前方に獣人族はいなかった。
また、妾はゴールに到達していた。
「嘘でしょ〜!?今のどうやったの〜!?」
レイは風よりも疾い肉体を2本の脚で無理矢理止めれば、驚愕の声を妾に聞かせる。
痛快だが、此奴は負けた癖に悔しがらない点は面白くない。
「簡単に言えば、血の球に妾の肉体を移したのだ」
血の操作は自由自在、それは血から成る肉体も例外ではない。
肉体を血に還し、血の線を辿らせ、肉体を成す為の血の必要量を送る。
後は血の球を肉体に変える。
単純明快だが、水魔法の加護がない妾では、到底あの速度で血を操る事は出来ない。
加えて、脳が潰れるが為に意識が一瞬と途切れるのが難点だ。
緊急の移動手段としては優秀だが、周りの状況が不鮮明になるのは痛手と言えよう。
「あ〜、あれかな〜?雷属性の人が配線とか電気の線を移動するみたいなあれ〜?」
「お主の言っている事は分からないが、恐らくそうなのであろう」
獣人族の大陸にはある、機械という代物。
電気とやらで動くらしいが、妾は見たことがない故な。
「電気みたいなあれ〜?」と言われても理解出来る訳がない。
「そういえばタイムは〜?」
「はい、こちらへどうぞ」
よくもまぁ、通常の人間ではあり得ない記録を、こうも冷静に測定出来る物だ。
「は〜い。私は何秒だった〜?」
「レイさんは1.4秒です」
「すご〜!すご〜い!」
それは凄いだろうな、100mで1.4秒、時速で260kmだ。
馬で時速50kmから80km程度、人がやって良い速度ではない。
「カミラちゃんは〜?」
「カミラさんは0.8秒です」
「カミラちゃんもすごいね〜!」
「そうだな」
100mで0.8秒、時速で450kmか。
妾も大概だな。
そも、血の球の速度が450kmとなるのか、移動手段に限らずとも、攻撃手段としても優秀と言えよう。
「次は何だ?」
「高跳びになります」
「私は魔法で飛べるよ〜」
「そも妾は吸血鬼、蝙蝠の羽がある故な。測定は不要だ」
「飛べる場合は、持久力は分かりますか?」
「え〜、どのくらい飛べるんだろ〜」
「妾は三日三晩と飛べるぞ」
血が枯れるまでな。
「1日使って飛行魔法で来るとかはしたから〜、それぐらい〜?」
「なるほど…… 分かりました。次の種目に向かいましょう」
多いな。
冒険者とは窮地に立たされて初めて、実力が発揮される物だ。
この状況で測定して、果たして意味があるのか疑問だな。




