532話 危険な山
さっきまで穴だらけだった右足を、レイは遠慮なく確かめるように触ってくる。
「ど〜?痛くない〜?」
「ふぅー…… うん、痛くはないかな?」
もう回復魔法は終わってるし、見てくれも元通り。
ちゃんと立てたら何も問題なし。
「レイ、手貸して」
「あいあいさ〜!」
レイに手を引っ張ってもらって、勢いよく立ち上がる。
ふらっと前に体勢を崩しそうになりながらも、確かに自分の二足で地に足つける。
ただ右足だけは正座した後の痺れみたいな、ピリピリしながらも自分の足じゃないような感覚が強い。
もう少し時間が経てば血が巡って、いつも通りの足に戻りはしそう。
例え右足が穴だらけになっても、医者なし入院なしで復帰出来るのは本当に素晴らしいね。
大前提は怪我しないのが1番だけど……
「ありがと、よーしよしよし」
「んふ〜」
お礼にケモ耳を巻き込みながら頭を撫でれば、レイが甘い吐息を漏らす。
尻尾も揺れて、本当に犬みたい。
いやいや、そんなことしてる場合じゃない。
「とりあえず戻ろっか」
「は〜い」
いつの間にか迷子だったレイとも合流して、敵対生物も排除して、やるべきことが終わったからアリスとマリンの所に戻らないとね。
「そういえばレイにしては遅かったけど、何かあったの?」
「あ〜、えっとね〜……」
しばらくレイが考える。
記憶容量が余りにも貧弱過ぎる、という訳ではなさそう。
何か隠し事をしてる?
いやでも、ただ山を往復する課題を出しただけで、そんな隠し事って出来るかな?
「鳥ぴっぴを捕まえようとしたら変な森に入っちゃって〜」
「鳥ぴっぴ?」
「うん、鳥ぴっぴ〜」
鳥ぴっぴ。
ぴっぴって何?
どのぴっぴ?
それより、どうして鳥を捕まえようとしてるの?
目移り激しすぎじゃない?
「それで?」
「ユニコーンがいて〜、倒したら出れた〜」
「??? うん」
レイがにっこにで経緯を説明してくれるけど、絶望的に間が足りてない気がする。
「えっと、鳥を追いかけたら森に迷い込んじゃって、魔法か何かで出れなくなって、その森にいたユニコーンを倒したら出れたってこと?」
「そうそう〜」
サラっと言ってるけど、確かユニコーンって幻想種だよね?
マリンとそんな会話した覚えあるよ。
可愛らしい顔して、どうして星の守護者的な種族を倒しちゃうかな?
色々とレイの話を聞きながら、ちょっと急ぎ足でアリスとマリンのもとに向かう。
ただ、マリンの錬金素材を集めていた場所に2人の姿はなかった。
シフトベアの叫声がアリス達に届いて、この場を離れた可能性を信じたい……
「ミオちゃんが目を離しちゃダメでしょ〜!」
「うっ」
2人は飛行魔法も使えるしマリンに至っては旅の分で危機感強いし、まさか襲われる訳がない。
でも、当然で真っ当な言い分過ぎて、何も言い返せない。
私が保護者じゃん!
更に急いで小屋まで戻る。
緩やかな斜面を走って降りて、2人がいないかと探し回る。
「こっちです!」
上の方からアリスの声が聞こえる。
そっちを見ればアリスが、そしてマリンが空で待機していた。
マリンは周囲に目を配って警戒している。
「魔物の声が聞こえましたけど!」
アリスが空から降りてくる。
やっぱりシフトベアの叫声が聞こえてたみたい。
「アリスが言ってたシフトベアって魔物のだね。それでここまで逃げてきたの?」
「はい、マリンお姉ちゃんがすぐに離れた方がいいって」
「そっかそっか、いい判断だと思うよ。えらいえらい」
アリスを軽く抱き寄せて、緊張状態を和らげる。
「マリンちゃ〜ん、ど〜?」
「あっ、えっと、と、特に見えない、ですかね……」
マリンの索敵では、シフトベアはいないみたい。
「マリンがここで暮らしてた時って、シフトベアが攻撃してくる事ってあったの?」
「い、いえ、全く……」
攻撃が即死級だから、それはないよね。
「何かを襲ってる所は?」
「そ、それもありません。と、あの、言いますか、声すら初めて聞きました……」
マリンが住んでた数日では、シフトベアが攻撃性を見せた所が見たことがない。
つまりこの生態系の捕食者はシフトベアであって、外から何かが来ないと攻撃してこないと……
私かレイに反応して、臨戦体勢に入ったって考えた方が無難だね。
「これ、私とレイはこの山に入らない方が良さそうだね」
「えっ、どうして〜?」
「何でも何も、私とレイがいるせいで攻撃されるから」
「ほへぇ〜、アリスちゃんとマリンちゃんはいいの〜?」
「うん、大丈夫なんだと思う」
「ずる〜い」
「ず、ずるい、ですか……」
何とも言いづらそうに、マリンが苦笑いを浮かべている。
レイには「弱いから狙われない」って理屈が届いてないのかもしれないね。
「それで結局、シフトベアは大丈夫なんですか?」
「あぁー、どうなんだろうね。私を襲ってきたシフトベアは氷漬けにしたから、その分はもう動かないんじゃない?」
「じゃあ、それ以外はどうなんですか?」
「うーん、言い切りは出来ないけど、個人的にはもう採集はオススメ出来ないかな」
シフトベアって集団で動く魔物だし、まだいるシフトベアが激化してるって説は十分ある。
「とりあえずは、沈静化するまでは離れた方がいい気がするね」
「ミオお姉ちゃんがそう言うなら、今日はもうやめておきますか?」
アリスはすっかり怯えちゃっていて、なんかもう早く帰りたそう。
私のマントをしっかりと握っている。
「ま、まぁ、必要な分は、集め終えましたし、後は市場で買えば、間に合いそうなので……」
「宿題がいいなら〜」
2人もどっちでも良さそう。
「じゃあ、今回は大事をとって家に戻ろっか」
「そうしましょう、そうしましょう」
「で、では……」
「はいは〜い」
マリンも警戒をやめ、降りてくる。
とりあえず、今日の所はドロンドイ山脈を離れ、ユスティアに戻ることにした。




