529話 シフトベア
「これはいる?くるくる巻いてるの」
「えーっと、わかんないですね。マリンお姉ちゃーん!」
「えっ、と、アルブカは、あっても困らないので、採っておきましょう」
「りょーかい」
「はーい」
お嬢様ドリルみたいな伸び方をしている雑草で、何に使うかは分からない。
燃えてる花みたいなのだったらまだ使い道は想像出来ても、私にはただの雑草を集めてるようにしか見えないからなぁ。
詳しい使い道とか知れば、形とかも覚えれて一々聞かずに集められるんだろうけど。
これじゃあマリンの素材集めを邪魔するだけだから、近くの魔物退治した方がむしろ効率いい気がしてきた。
探知魔法で魔力をソナー状に飛ばして……
すぐ横にいるアリスと、ちょっと遠くにマリンがいて。
地面は東に向かってなだらかな上り坂、約3m間隔で木々が立ってて、地面は腐葉土が積み重なっていて石に引っかかって転ぶみたいなことはなさそう。
そして重要な魔物方だけど、こっちが興味ないのか気付いていないのか、クマみたいなのが何体か歩いているのが分かる。
あっ、クマはクマでも、テディベアね。
何を言ってるか分からないかもしれないけど、私も何を言っているのか分からない。
それでもいる者はいるんだから、少しは警戒しとかないといけない。
テディベアねぇ……
世の中にはいいテディベアと悪いテディベアがいるからね。
「アリス」
「はい、なんですか?」
アリスはわざわざ手を止めてこっちを見てくれる。
「ユスティアの常設依頼って覚えてる?」
「えぇーっと、どうですかね。さすがに全部は覚えていませんね」
「それじゃあさ、クマの魔物の依頼ってあったりしたの覚えてる?」
「クマさんですか?動物のクマさんじゃなくてですか?」
「動物じゃなくて、魔物のね」
「そうですねぇ」
アリスは膝を抱えて丸まったまま、頭をかしげ、数秒考える素振りをする。
困り眉になっていて、大変可愛らしい。
「あっ!あれですか?シフトベア!」
「ランクは?」
「ランクはEです!」
1番下がGだから、そこそこの脅威ではありそうだね。
こうやってのんびり素材を集めしているところを奇襲かけられたら、死にかける可能性がありそう。
「でも大丈夫ですよ、攻撃しない限りは襲ってきたりはしませんから」
「そうなんだ、じゃあ気にしなくていっか」
「あれですか、探知魔法で見つけたんですか?」
「そうそう。だいたい8匹ぐらい?」
「8匹ですか、結構多いですね」
アリスが周りをきょろきょろと見始める。
やっぱり安全とはいえ、魔物が8匹もいたら気になるよね。
「どういう性質なの?」
「えっと、ここの山の中を歩いてて、危ない物を見つけたら攻撃するんですよ!」
「へぇー、不思議な魔物もいるんだね」
「そうですかね?この山の魔物って、みんな凶暴じゃないって有名ですよ。だからマリンお姉ちゃんもこの山で暮らせてたんだと思います」
「言われてみればそっか」
戦う手段を持ってないマリンが、安全じゃない街の外で暮らせていたのは、たまたま中立的な魔物が住んでる山だったからっていうのは、筋が通ってる。
ただシフトベアの性質を聞く限り、シフトベアが「凶暴な魔物」は「危ない物」って判断して駆逐するから、この山は安全って有名になったんだろうね。
シフトは英語で「ふるいにかける」って意味だし、名前の付け方は頷ける。
「倒したらダメなのかな?」
「ダメではないと思いますけど、1体を攻撃したら他のシフトベアも気づいちゃうので、大変みたいですよ」
「なるほど、多勢に無勢タイプね」
「たぜ、え?」
「多勢に無勢、少ない数を多い数で倒すって意味だよ」
「分かりました!シフトベアはたぜいにぶぜいですね!」
あんまり言い慣れてなさそうでかわいい。
それにアリスの素材集めの手は止まってて、マリンが不思議そうにこっちを見ている。
「それじゃあちょっと、私も危険がないかちょっと見て回ってくるから、アリスは素材集め頑張ってね」
「あぁ!もしかしておサボりですか?」
アリスが咎めるように言ってくる。
「サボりとかじゃないよ。適材適所だから」
「もぉ、レイお姉ちゃんみたいに全然戻ってこないのはなしですよ!」
「はいはい」
アリスに手を振って、素材集め班から離脱する。
ただあまり離れすぎず、アリス達に危険が近づいたら1秒で戻れるぐらいの距離でね。
それにしても、レイの戻りが遅いのは気になる。
山の往復だからこれで遅いって表現はややこしいけど。
レイはルート開拓を着々とやるより、何度も繰り返し往復して、タイムを縮めてくタイプだと思う。
タイミングを見て探しに行きたいところだけど、山だからねぇ……
困ったらユスティアに戻ってカミラを呼んで探してもらう、それしかない。
「さーて、シフトベア君?」
「?」
私がその小さいテディベアのような存在に話しかける。
本当に見た目はテディベアで、森の中を歩いているというのにどこも汚れていない清潔な状態。
武器の類もなく、部屋にポンと置かれていたらただのテディベアと思っちゃうね。
シフトベアは私の呼びかけに応えるように顔をこっちに向け、作り物のような丸くて黒い目を向けてくる。
言葉は通じるのかな?
「山というか森というか、ここで素材集めさせてもらってるんだけど、危ない魔物とかいない?大丈夫そう?」
外から見れば人形に話しかける痛々しい獣人族だけど、その人形は確かに魂が宿っている。
シフトベアは首を横に振り、私の方を見る。
「ここにいる8匹は、私達を守るためにいるの?」
シフトベアは首を縦に振る。
魔物というには優しすぎる。
ただ危ない魔物がいるっていうのは、すごく気になるね。
「その魔物からは遠い?」
シフトベアは首を縦に振る。
さて、どうしたものか……




