527話 一騎討ち
「ふ〜、はぁ〜……」
(さぁ〜、こいっ!)
獣人族は腰を低く落とし、呼吸を整える。
右手に剣を握りしめ、帯刀の位置で止める。
顔を少しだけ上げ、幻想種を睨みつける。
背の小さい彼女を攻撃しようとすると、その方法は限られてくる。
獣人族はそれを理解し、睨みつける事で挑発し、帯刀する事であえて隙を見せ、正面での打ち合いに持ち込む。
そして獣人族はその戦いを繰り返すうち、居合が可能な距離おける抜刀術は神域に到達した。
強化魔法を極め速さで全てを凌駕し、正面からの打ち合いであれば全てを斬り伏せる力を発揮する。
相手がそれを理解しフェイントなどをかけて来る時、先手を取るか後手に回るかのその場での冷静な判断力と、後手に回った際の二の矢、三の矢に繋げるための重心の置き方と身のこなしを理解している。
そして普通の動物よりも知性があるはずの幻想種、一角獣ユニコーンはその獣人族の強みを洞察出来ず、闘牛のように突進を始める。
冷静な判断力を愛欲と憤怒にまみれた獣以下の幻想種には、それをするしかなかった。
馬よりも速く獣人族に近づけば、一角は獣人族の腹部に向けられ、突き上げんと振り上げられる。
「見切った〜!」
獣人族が顔を上げる。
その顔は先程の威圧感を与えるための睨んだものではなく、勝利を確信した幼な子の純粋な笑顔だった。
その顔とは裏腹に、暴力的な速さでアロンダイトが抜刀され、下から掬い上げようとする一角と衝突する。
石をぶつけ合ったような音が、大きく鳴り響く。
獣人族は右手だけの力、下向きの払い切り、決して力が入るような体勢でも手の向きでもない。
さらに言えば、自身に向けられる攻撃は上からの物が多い。
手慣れた攻撃のいなし方ではない。
しかし、この攻撃を許せば自身の腹部は貫かれ、致命傷を負う。
この打ち合いでは決して負けてはならない。
「すぅ〜、とりゃあ〜〜〜!!!」
獣人族は覚悟と力を込める。
捩じ伏さん、斬り伏さんとその剣は角と拮抗しているはずなのに、さらに勢いが増していく。
幻想種の助走分の勢いはすでに消え、後は角を振り上げんとする首の力と四足での踏ん張る力のみ。
3秒もの拮抗、既に獣人族が有利。
幻想種は徐々に押され始め、地面の土が削れながら後退し始める。
既に満身創痍、角ごと地面に頭を付けることになるか、角が折れるかな二者択一。
「ぶぅるる、ぶぅるる!」
幻想種の呼吸はどんどんと荒くなっていく。
「うりゃうりゃうりゃ〜〜〜!」
対して獣人族は余裕綽々、手加減なく力を加え続けるのみ。
幻想種は瀬戸際に追い込まれ、誇りなく地面に頭をつけるか、誉れたる角を斬り落とされるかを考えていた。
情けないことに、既に盛り返すことなど諦めているのだ。
徐々に幻想種の頭が地面へと近づく。
しかしてここで、獣人族にとって幻想種が頭を地面に擦り付けようが、何も嬉しいことなどない。
そもそも相手のプライドをへし折って嘲笑うような、そんな戦い方に興味がない。
レイは剣を少しだけ内側に回す。
ピシンと音が鳴り、角がひびが入る。
痛覚を働かせるよりも速く、ひびをなぞるようにして角を叩き斬る。
パキン!!!
弾かれるようにして角は勢いよく低木の中へと飛んでいく。
押さえつける力から解放された幻想種は首を振り回しながら後退する。
「うわぁ〜、どっか行っちゃった〜!」
獣人族は飛んでいった角に視線を奪われる。
真正面から打ち合っていた幻想種には目もくれず、本当にそれで大丈夫かと聞きたくなる。
「マリンちゃんにあげようと思ったのに〜!」
幻想種にとってなんたる屈辱。
この獣人族にとって、勝利することがさぞ当然かのように、角を持ち帰ることに専念しているのだ。
しかし、誉れをおられたこの幻想種にとって、これは敗北以外の何物でもなかった。
幻想種の生において、一騎討ちでの打ち合いで、これ程までに惨敗したことがなかった。
酷く放心している。
そんなことを気に留めず、低木の中に入ったボールでも探すように、獣人族は身を包んでいるドレスを気にしながら低木に視線を向ける。
「ユニコーンの角〜、ユニコーンの角〜、つのつのつの〜」
言い方は悪いが、馬鹿な獣人族の娘とそれに惨敗した馬鹿な幻想種が迷いの森の中にいるのだが……
迷いの森に迷い込んだことも、迷いの森に閉じ込めたことも忘れている。
どちらも目先のことに気を取られすぎている。
さて、いつになったらこの獣人族は第1回登山RTA試走から帰ってくるのか。
ふんわりと待っているもう1人の獣人族と金髪の冒険者と青い魔導士は知るよしもない。




