517話 揺れる尻尾
また遅れました!
すみません!
「スーナ!」
「わっ」
リビングに戻るなり、スーナが飛びついてくる。
大した力ではないけど、この骨がないぐらいに柔らかい体、反射的に傷つけずに受け止めようとするのは難しい。
壁を支えにして優しく受け止める。
「どうしたの?」
「ミ、オ?」
スーナが首を傾げながら聞いてくる。
「合ってるよ、ミオ」
「ミオ!ミオ!」
カーペットの上で寝っ転がってるレイ、すぐ近くのソファに座っているアリスの元まで、スーナが手を引っ張ってくる。
2人ともだらだらしていて、何となくお母さんの気持ちが分かる。
「さっきまでルールエに居て潮風に当たってたんだから、お風呂入ってきたら?」
「え〜?まだお昼だよ〜?」
「ゴワゴワしてないですよ、ほら」
アリスがニコニコしながら、綺麗な金髪を手ぐしでならす。
通りはいいし、そうなのかもしれないけど……
そうじゃなくて身体についてる潮風の汚れで、部屋が汚れるのがね?
「うーん…… でもそうだね、座るぐらいないっか」
甘いなぁ。
「う〜ん?なにか言いたいことでもあるのかにゃ〜?」
レイが寝っ転がったまま、煽るように尻尾を揺らしてくる。
なにその語尾。
「オォー!」
スーナが歓声を上げる。
まるで猫のように尻尾を追いかけ、レイが笑いながら、おちょくりながら遊んであげている。
本当に私の尻尾と違って器用だよね。
「あんまりカーペット汚さないでね?」
「わかってるって〜」
本当に分かってるか分からない返事が返ってくる。
「わぁー!」
全く私達の話も気にも止めず、レイの上を行き来しながら尻尾を捕まえようとしている。
運動神経いいね、いい冒険者になれそう。
「そうですミオさん、今日からお休み期間ですか?」
「うん、そうなるね。また1週間ぐらいかな?」
「おぉ〜、どこか行く予定ある〜?」
「休みだよ、休み」
「休みだから遊びに行くんでしょ〜?」
んまぁー、確かにね?
「王都とかですかね?エールさんのカフェとか行きませんか?」
「おぉ〜、いいねぇ〜!」
王都にあるエルフの店主の隠れ家的カフェ。
今思えば懐かしい、行くのはありかもね。
「でもそうだ。マリンの素材集めに行くけど、行く?」
「うぃ〜ね〜」
「森に行くんですか?あれでも、フェンリルの森には入れないですよね?」
ルールエから帰ってくる途中、チラッとだけフェンリルの森の様子を見たけど、まだ色の断片が残っていて、森の入り口には立ち入り禁止の甲板が立ち並んでいた。
「フェンリルの森は入れないね。だから行くとしたら、マリンが住んでたドロンドイ鉱山側の森じゃない?」
マリンが勝手に住んでた小屋があった森。
ステルス発信器が残ってるから、転移は出来る。
「そこはマリンお姉ちゃんが決めるんですか?」
「そうだね。もしかしたら妖精の森かもしれないし」
「おぁ〜、妖精の森もいいな〜!」
「いいじゃん、王都も妖精の森も行ったら?」
「妖精の森はミオちゃんいないと入れないよ〜」
あれ、転移魔法使えないんだっけ?
「まぁ、言ってくれたら連れて行ってあげるよ」
「あれはやらないんですか?魔法授業とか」
「そうだね、やろっか」
「剣もやる〜?」
「剣もやりましょう!強化魔法も使えるようになりましたから、短剣をもっと振れるようになってるかもしれません」
「なってたらいいね〜」
レイはだらだらしたまま、尻尾は休めずにいる。
それに、言葉の裏には何かあるようでないような言い草。
アリスはそれを純粋に受け止めてそうで、まっすぐに遊ばれてはスーナを見ていた。
強い力が使えるっていうのは剣術の近道ではあっても、力が強くなっただけでは実力にはならない。
剣術は技術の世界、その辺りはレイがよく教えてくれるはず。
「スージーは何か困ったこととかない?」
「特にこれといってありませんよ」
スージーは本を読んでいて、視線を上げてニッコリと笑いかけてくる。
「ねぇねぇ〜、なによんでるの〜?」
「ユスティアの歴史についてですよ」
「へぇ〜」
一気にレイの声から興味の色が消える。
本当に分かりやすいよね、勉強が嫌いで。
「そうだレイ、また余裕見て獣人族の大陸に戻るよ」
「げっ」
「げっ」じゃない。
現実世界も大切でしょ、勉強を疎かにさせる訳にはいかないからね。
「獣人族の大陸のお医者さんでも、ミオお姉ちゃんの耳は治せないんですか?」
「うーん、ちょっと難しそう」
現実世界の医療って、もしかしたら鼓膜が破れた耳でも治してくれるのかな?
でも、実際に獣人族の大陸で治る訳じゃないし、現実での私は鼓膜破れてないから関係ない話だもんね。
「私を飢餓状態から治して頂きましたが、回復魔法は使えるのですよね?」
スージーも話に入ってくる。
「使えるけど、耳治せるかはちょっとね」
レントゲンとかでどう傷ついてるか見えてる状態ならね、やれるかもしれないけど。
変に治っちゃったら嫌だから、自分からはできない。
「私も使えるよ〜」
「それだったらレイさんが治したら良いのではないですか?」
「いや〜、いやいや〜、いやいやいや〜」
「何それ、どういう感情?」
「私の魔力でミオちゃんの体ができるってなんかいいな〜、でも失敗したときこわいな〜って気持ち」
ちょっと前半怖かったね?
「回復魔法を覚えたら、そういうことできるんですよ」
「え、私の体つぎはぎにしようとしてる?」
「そんなことないよ〜?」
「ないですよね?レイお姉ちゃん」
「うん、ないない〜」
えっ、目が怖い。
2人の目が怖い。
冗談って分かってるのに怖いよ。
「にー!」
その目でまだスーナと遊び続けられるレイが怖いよ。
「それじゃあ、今度指とかなくなったらアリスに治してもらおっ」
「えっ、こわいです!」
「そうかな?」
左手を前に伸ばして眺める。
2回目同じことになっても、私はやる勇気がある。
「まだ使えないので、この話はまた今度にしましょ!ドロンドイ鉱山の方の森に行くんですよね!」
ちょっと怖い方向に言ったのが嫌だったのか、アリスがすぐに話を変える。
そんな日常的な普通の時間を過ごして、今日1日を終えるのだった。




