506話 招待状はどの手に
そこそこ広い真っ黒な廊下、カミラが迷いなくヒールの音を鳴らし続けている。
等間隔の細い窓から光が漏れ、壁にはキャンドルスタンドと、足元が見えないということはない。
ただただ、見知らぬ場所をこうも自信満々に歩けるカミラが不思議に思えてしょうがない。
探知魔法である程度は把握してるんだと思うよ?
でもあるじゃん?
ここ入っていいのかな、とか。
「カミラちゃ〜ん、あとどれくらい〜?」
「少しは我慢を覚えることだレイ。冒険者が聞いて呆れるぞ」
「冒険者は我慢する遊びじゃないです〜」
「はぁ、それもそうか……」
レイが分かりやすいぐらい子供っぽく言えば、簡単にカミラが引き下がる。
それが本当に納得したのか、諦めたのかは分からない。
冒険者に我慢が必要かどうかは、時と場合すぎるね。
24時間その場で魔物の動向を待機とかあるかもしれないし、咄嗟の判断を要求されるかもしれないからね。
「か、階段、ま、また、上がるんですか……?」
「嫌なら飛行魔法を使うと良い」
「そ、そうではなくて、う、上に何か……?」
そう、カミラがどうして迷いなく歩いてるかを知りたいんだよね。
どういう未来が待ってて、どうなるのか、それがカミラ以外の私達は分かってない。
「言ったであろう?着いての楽しみが故な、妾は言わないぞ」
カミラはこういう風に教えてくれない。
「カミラお姉ちゃん、どうしちゃったんですかね?」
「うーん、いつものことじゃない?いつも何考えてるか分かんないし」
「はぁ、後からなったとは言え、仲間にそう言われるのは心痛むものがあるな」
「あっ、ごめんなさいカミラお姉ちゃん!」
ほらぁ、アリスは純粋だから、そういうのすぐ信じちゃうんだよ?
「これだけはカミラの考え分かるよ。心痛むとか大嘘だから」
「うむ、妾の心情を読めてるようで、喜ばしさこの上ないな」
「だってアリス」
2000年も生きてる強メンタルと私達とはかけ離れた思考をしてるカミラが、何考えてるか分からないって言われた程度で傷つくわけないじゃん。
「それじゃあ… カミラお姉ちゃんは傷ついてないってことですか?」
「むしろそう思わせてる方が心痛む故な。妾はその程度の事で傷つくミオのような精神性はしてないぞ」
あれ、飛び火が…
私だけがっつり精神汚染の影響を受けてるから、メンタル弱いのかなってちょっと悩んでるところなのに。
ちょっぴり悩みの種が成長しちゃうって。
「ふぅ、びっくりしました」
どこまでも純粋なアリスは、安堵の息を漏らす。
「け、結局、は、はぐらかされてますけれど……」
「はっ、たしかに〜!」
「マリン、余計なことを言うでない。もうしばらくだ、大人しく着いて来れば良い」
どうしてもカミラは教えたくないみたい。
仕方なく、カミラの言う通りに大人しく着いていく。
そしてしばらくして今までの廊下とは違う、広い廊下に合流する。
階段も質素な物から、装飾のなされた階段に、壁掛けのキャンドルからシャンデリアへと形が変わっていく。
聖堂といえばそうなのかもしれない、でもそれよりも西洋の王城と言った方がしっかりくる。
相変わらず真っ黒だけど。
広い廊下を抜け、巨大な門の前でカミラが立ち止まる。
私達よりも3倍ほど大きく重厚な扉、扉には神話の1シーンを切り取ったような、怪物や周りの風景の絵が彫られている。
黒しか使わない文化で色塗り出来ないから、彫って絵を作ってるのかな?
「ここ〜?」
「この先だ」
「開くんですか?」
「強化魔法でも何でも、開ければよかろう?やらないなら妾が開ける」
「ノ、ノック、とか……」
「厚い扉にノックは響かん。開けた方が早い」
カミラは手首を爪で傷つけ、血の鉤爪を生やしていく。
「正き姿で行くか」
カミラは背中の羽を広げる。
わざわざレイが畳んであげてたのにね。
「ただしきすがたってなに〜?」
「うーん、正装みたいな?」
聖堂だし、厳粛な場所なのかもしれない。
でも血の鉤爪とか、それは正装じゃないよね?
もしや戦闘入る?
「冒険者ならば、武器は担い手の強さの指標だ。武器に振り回されているかはさて置き、こういう場では指標たる物を持つと良い。貴族は実力なくともその指標だけで敬われるからな」
カミラの相変わらずな貴族嫌い。
何の恨みがあるのやら。
ただカミラの言ってることは頷ける。
聖堂に来た冒険者が舞台に木刀を持って来たら、見てる人は冷めるよね……
あれ?
「ちょっと前に、聖堂に人が集まってるって言ってたよね?」
「間違いない」
カミラはもう扉に両手をついてる。
「もしかして、今から大勢の前に出る?」
「もちろんだ」
「えっ、なんでですか?どうしてですか!?」
「え……」
アリスが驚きの声を上げ、マリンが緊張してるのか、分かりやすく手が震え出す。
「妾らは今回の件で深く関わり、成果を上げた。つまりはそういう事だ。妾とてそれを誇らしいなどと思ってなどいない。妾の目的はグレートセブンらに話を聞く、それだけだ」
なるほど、表彰式みたいなね?
私達は結論としてセリアのための行動をした。
それはルルイエを浮上させたい恩寵派、教祖が欲しい象牙派のどちらともの益になる選択。
象牙の敵たるグレートセブンがいる以上は、立場隔てなく喜ぶ式が用意されてると……
「どうする?武器持つ?」
「の、飲み込み、はっ、早いですねぇ……」
マリンの語尾がいつもより空気が混じってる。
緊張してるね、間違いなく。
「じゃあエクスカリバー持と〜!」
レイはノリノリでアロンダイトを取り出して光らせる、エクスカリバーを握る。
私も偽神のナイフを取り出す。
「お2人が持つなら、私も」
アリスも鷲獅子加護付き、緑色の宝石のような刃をした短剣を持つ。
「わ、私も、な、ナイフ、持ちますか……?」
「マリンちゃんは魔導士だから〜、箒とか〜?」
「な、なるほど…」
そうしてマリンは箒を持つ。
「では良いな?」
マリンが扉を強く押す。
鉄よりも重そうな扉は、押された余韻だけで開いていく。
扉の向こう側が見える。
「お主が前だミオ。リーダーであろう?」
「う、うん、そっか」
カミラに言われて1番前に出る。
魚人族の群衆がこのコロッセウムのような聖堂のアリーナでけたたましい歓声を上げる中、それを見下げることがベランダのような、まるで演説でもする用の場所に出る。
そこには見知った顔が多くあった。
封印の冠士ルシフェル、陣式の冠士ヴェスパー、時間の冠士イクス。
色の断片ザ・カラー、黄衣のハイータ。
商業者ギルドマスターのラムラッド、冒険者ヴァリアント。
その中でも一際目に入ったのは少女の驚いたような顔。
幼くも整った顔立ち、側頭部にヒレのある、まだまだ背の小さな魚人族の少女。
宿で目にしなかった時、もう会えないかとさえ思った少女。
「皆ひゃま、皆様!お待ちしていました!」
今日だけはフードを脱いでいる魚人族の少女セリアが、私達の顔を見るなり嬉しそうな表情に変わり、声をかけてきた。




