505話 黒の違和感
アリスとレイと戯れて10分近く、カミラに言われて立ち上がる。
心配されながらも門の前に立つ。
「ど、どうですか……?」
マリンが記録用の用紙片手に聞いてくる。
ちゃんと研究職だね。
門を通して要塞の中が見える。
さっきまで感じていた深淵でも覗いていたかのような、どうしようもない恐怖はなくなっている。
使い過ぎはよくないと思うけど、それでも薬に頼ることは絶対悪じゃない。
「うん、よくなったよ。それよりも抗体が出来た感じ?」
「あっ、いい、いいですね、的確だと、思います」
マリンが満足そうにペンを走らせる。
想定してた答えだったのかな?
「では向かうぞ」
私の受け答えを聞いて、カミラはこっちの様子を気にすることなく前を向いて要塞の中に入っていく。
心配してくれてるのかしてくれてないのか、分からない。
むしろ私の体調が悪いって分かってから、アリスとレイがずっと近くにいて、手を握ってくれている。
両手に花だね。
コツコツと足音が鳴る。
黒い床を鳴らす数は5つ、私達だけ。
潮風の匂いが消えて、区切られた空間に入ったという強い印象を感じて、少し緊張感が増す。
「天井があるのにお外みたいに明るいですよね」
「魔法でしょ〜」
「こ、この建材も、魔法、ですかね……?」
要塞、要塞内に建っている黒い塔、街も道路も何でもが同じ黒い建材に統一されている。
向こうに見えるコロッセウムらしき聖堂も、同じようにそれで作られてそう。
マリンが不思議そうに近くの塔の壁に手をつく。
私もこの黒い建材は分からない。
大理石とか何かしらの石材だとは思うけど、それにしてはヒビがなく、石像みたいな巨大な岩石を削って作ったようにしか見えない。
仮に削って作るなら労力が果てしないのと、黒い山でもないとこの要塞は作れない。
「魔法じゃない?」
「魔法っておしろとか作れるの〜?」
「作れるんじゃない?ほら、王都の壁って金で出来てるでしょ?あれは魔法じゃないと作れないよ」
「ほぇ〜、そういわれればそっか〜」
レイは物珍しそうに辺りを見渡す。
でも言われて気付いた、魔法の建造物って思ったよりない?
面倒事を楽にするのが魔法なのに、ユスティアとか王都、あと北のアンクインとかも、建物を魔法で作るのは流行らなかったのかな?
むしろルルイエでは流行りすぎ。
「……何か、変ですよね」
アリスが同じように見渡しながら呟く。
「変って?塔の形?」
「それもそうですけど、色ですよ、色!」
色?
確かに大理石だったら所々に白色が混じるけど、魔法であったとしても、ここまで綺麗に黒なのは確かに変かもね。
黒をイメージしても、どこかで雑念が入って他の色が入っちゃうからね。
カミラは会話に参加せずに前を歩き続けている。
「まっクロだね〜」
「そうじゃないんですよ、なんて言えばいいか分からないんですけど…」
アリスはその違和感の理由を考えて、要塞の中を見回し始める。
どこを見ても黒、そんなに見回して分かるような事じゃないと思うけど……
心なしか、私の手を握る力も弱くなってる気がするから、私がしっかりと握っておく。
「ミオちゃん分かる〜?」
「さぁ、何だろう?」
「マリンちゃんは〜?」
「う、うーん……」
マリンは首を傾げる。
マリンにもその違和感が何か分からないみたい。
「お主は学園に通っているのであろうミオ?ならば理解出来そうな物だが」
「私も通ってます〜!」
「学ぶにして若すぎると思い至ったまでよ」
「あ〜、びっくりした〜」
レイが馬鹿にされたかと思ったみたいで、胸を撫で下ろす。
そんなこと気にしてるのがちょっと馬鹿っぽくてかわいい。
じゃなくて、私なら学んでそうなこと?
「旅をしていたマリンも、経験から導けそうだな」
「そ、そうなのですか…?」
旅の経験から理解出来る、もしくは勉学があれば理解出来る違和感……
というか、私が言う学園って現実世界の小中高だからねぇ。
この世界の学園で学ぶ内容は同じじゃないから、本当に分かるかはちょっと……
「カミラお姉ちゃんはこの違和感、分かるんですか?」
「恐らくな。現実のように感じれない、だな?」
「そう!そうなんですよ!」
アリスは違和感の正体が少しだけ言語化されたおかげか、激しく同意している。
現実っぽくない?
旅の経験からも分かるって事は、魔法とかでもなさそう?
レイが分からなそうってことは、科学的なこと?
うーん、私自身がその違和感を感じてないからさっぱりだね。
「マリン分かる?」
「い、いえー……」
「カミラお姉ちゃんは分かってるんですよね?教えてくださいよ」
「教えない方が面白そうが故な」
「なんですかそれー!」
カミラがニヤッと笑い、それを受けてアリスが頬を膨らませる。
うんうん、平和だねぇ。
ただそのアリスが持った違和感が気になるのは私も。
ちょっと考えておこ。
「さて、そろそろ聖堂だ。魚人族の本拠地と言えよう」
さっきのニヤけ顔は消え、カミラが真剣にこっちを見てくる。
「お主らにいくら腕があろうが、分が悪い。地の利もなければ、ノーデンの加護も届いていないような領域だ。俗にこう呼称される、禁足地と」
禁足地って、象牙の塔がある場所だよね……?
あれ、確か東にあるとかって聞いたよ?
「先ずは魚人族の正常な範囲内での要望には耳を傾けろ。中にはグレートセブンがいる、明確な敵意も向こうにはないはずだ」
「ちょ、え、ちょっと待って?」
「安全は保証する、お主らが下手な真似をしなければな」
それ早く言ってよ!?
というか、私に精神安定剤飲ませてまで来るべき場所じゃなくない?
流石に不味いと思ったカミラ以外の私達4人は、駆け足でカミラに近付いて問いただしながら、とうとう中央の聖堂へと入っていくことになる。




