503話 黒の街 ルルイエ
浮上した海底の島ルルイエ。
岩盤がせり出てきたような黒い大地に、空間が湾曲したせいでねじ曲がった建物が建っている。
そして中央に聳え立つ、円形の要塞の壁。
街はほとんどが黒、不安を煽るような形をしていて、心の中がザワザワし始める。
野性の勘か、人間としての本能か、近づいたら戻って来れないような恐怖を、この日に晒されている黒の街から感じる。
他の4人はと思って顔を見てみても、怯えているとかもなく、未知の領域に期待を膨らませたアリスやレイの目がキラキラしてる表情が眩しい。
マリンは旅人としてか研究職としてか、興味深そうに街中に目を走らせている。
カミラは怯えよりも警戒の色、真剣な表情で街を一望している。
カミラはこっち側なのか、それとも明確な敵意を探知魔法で確認したのか、どっちなんだろう。
「なんだ〜、おもったより普通の街じゃ〜ん」
「普通?普通かな?」
「建物の形とかは変だけどね〜?」
びっくりした、私だけ幻覚が見えてるのかと思っちゃった。
「ほら、ちゃんと道がありますよ!石で出来てるんですかね?すごく綺麗な黒色ですよ」
アリスが自慢げに言ってくる。
アリスの言う通りに道は舗装されていて、石畳と街灯、フェンスから他の街並みと大した違いはない。
明確な違いは全てが真っ黒なこと、植物が1つも生えてないこと、そして人間族がいないこと。
清掃は行き届いていて、海底にあるが故の藻屑とかヘドロとか、砂とかフジツボとかも見当たらない。
奇妙なまでに完璧に清掃は行き届いてはいるものの、それ自体は悪いことじゃない。
むしろ素晴らしい、褒められるべき所だからね、奇妙に思う方が失礼だよね。
「うん、歩けそうだね。これならちょっと歩いてもいいんじゃない?」
「……うむ。疑問は残るが、良いであろう」
カミラにしては珍しい、思い切りのない曖昧な返答。
「それじゃあ行きましょう!」
「れっつご〜!」
「あっ、ま、待ってください…!」
3人は瞬く間にルルイエへと降り立っていく。
「お主はどう感じたミオ?」
「うーん、ちょっと怖い?明確に象牙が住んでる場所っていうのもあるかもしれないし、魔術がかかってる気がする。それか精神汚染とか」
「精神汚染の類はある。お主は感化されやすい体質なのだろう」
「そっちはあんまり気にしなくていい?」
私がそういうのに敏感、もしくは弱い体質で皆が大丈夫なら私は我慢するよ。
ただカミラの言い草から、カミラの警戒している物は魔術でも精神汚染でもない。
「妾らが不可思議に思う理由は1つ、魚人族はいるのは見えるな?」
「うん、いるね」
アリス達が降りた近くにも、何人かの魚人族が見える。
「恐らく、彼奴らはどちらの派閥でもない」
「うん?恩寵派でも象牙派でもない、中立ってこと?」
「なのだろう。そしてだあの要塞、数多の魚人族がひしめき合っている」
カミラは探知魔法で見ていたみたい、向こうに見える黒い要塞、円形の塊の中に魚人族がいる、と。
「この時、かの要塞に両派閥の魚人族が一堂に会している」
「どうして?」
「さぁな。教祖が生まれた祝福の宴か、これからの行動指針でも示しているのか、そこは測りかねる。が、見知った魔力の持ち手もいる。それを察するに、セリア関連での集いなのは間違いない」
「ミオちゃ〜〜〜ん!!!カミラちゃ〜〜〜ん!!!」
レイが大声で私とカミラを急かしてくる。
もうこれでもかブンブンと腕を振って来てる、お姫様がはしたないですよ。
「降りるか」
「そうだね」
レイの熱烈なアピールを無視したらね、レイ泣いちゃうからね。
地面に降りて、レイの頭を撫でる。
「んふ〜」
すごい満足そうな声が聞こえてくる。
カミラもすぐ横に降りてくる。
「どうしますか、ルルイエです!どこ行きますか?」
「どこ行くも何も、何もしらないからどうしよっか」
「冒険者ギルド行く〜?」
「あるかなぁ?」
「な、ないのでは、ないでしょうか……」
ないよね?
冒険者ギルドって、そもそも個人カードもろもろを含めてのインフラがないと機能しない施設。
海底に沈んでた街にその辺りのインフラは望めない、同じように冒険者ギルドも望めない。
「そうなると商業者ギルドもなさそうですか?」
「ないと思う」
「じゃあ、街の地図をどこで貰えるかも分からないですね」
「そこの魚人、良いか?」
カミラが躊躇なくコミュ力を発揮して、ローブを着ている魚人族に話しかける。
すごい生意気な感じで。
「吸血鬼の方、どうかされましたか?」
「あぁ、初めてこの街に赴いたが故な、地図が欲しいのだが。それとすまない、レイ」
カミラが魚人族に待つように合図してから、翼を畳むようにレイを見て背中を指差す。
「あいあいさ〜」
文句も言わずに、むしろ楽しそうにレイはカミラの翼を折り畳み始める。
「すまない、それで地図はあるか?」
「地図ですか…… 皆さんもご存知の通り、ルルイエはずっと海にありまして、紙を使っておらず」
「そうか、地図はないと」
言われてみれば当たり前だよね。
粘土板とかそういうのを使うにも不便だろうから、文字媒体の情報は発達してないとかあるのかな?
「中央の聖堂に行けば、紙の地図はあるかもしれませんが……」
「聖堂とはあれか?」
「はい、あちらに見える建物です」
中央にある要塞を指差す。
「そうか、助かったぞ魚人」
「いえいえ。それにしても早い来訪ですね、観光ですか?」
「うむ」
「そうですか」
ローブの向こう側、口元がニヤリと笑う。
それがいい意味か悪い意味の笑みかは分からない、ただ少し不気味に感じてしまった。
魚人族は立ち去っていく。
「さて、どうするお主ら?」
「聖堂行く〜?」
レイが翼を服の中へと畳み終わり、軽くカミラの背中を払うように叩く。
「他に行く所もなさそうですし、そうしますか」
「そうしよっか。1番気になるし」
「と、飛びますか?」
「うん、認識魔法お願い」
「あっ、は、はい、大丈夫です」
マリンは人がいないのを確認して、認識魔法をかけてくれる。




