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ケモ耳少女はファンタジーの夢を見る(仮)  作者: 空駆けるケモ耳
第5章 アンクイン
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500話 安寧


 目が覚める。

 宿屋の天井が目に入る。


 まだ魔力は満足に回復しきっていない。

 短い時間しか寝てないのかなと思って窓を見れば、外はすっかり明るくなっていた。

 すぐ横ではアリス、レイ、マリンが眠っている。


 カミラはまだ……


 カミラがいない事を除けばいつも通りな朝過ぎて、昨夜の出来事が全て夢だったのかと錯覚してしまう。

 それでもこの疲弊した体と、脳裏にへばりついた怪物の姿が、あれは現実だと知らせてくる。


 私はゆっくりとベッドから起き上がり、コップに水を汲んで口をつける。


 顔を洗いに洗面台の前まで来れば、外着を着ていることに気付く。

 そっか、あのままお風呂入らずに寝たっけ……

 いいや、お風呂はいっちゃお。


 顔を洗うのはやめて、そのまま脱衣所に移動して服を脱ぐ。

 お風呂場に入って、魔法陣に触れてシャワーを出して、頭のから被る。

 お湯に体が流され、思わずため息が漏れる。


「ふぅ…… 怪我とかないよね?」


 姿見で自分の体をよく眺める。


 結局あの後は戦闘してないから怪我してないのは当たり前。

 爆発に巻き込まれたのが少し心配だったけど、どこを見ても火傷痕もない。

 赤くなってる箇所とかもない。


 よく見慣れた私の体だね。


 シャワーにうたれながら、悪夢のようなあの風景が目蓋(まぶた)の裏に強く流れ始める。


 それは1人の少年が生み出した、宇宙の彼方に実在していた虚像。

 それは大人になり、不老不死として生きる事を決めた少年によって封印された。


 しかし、太古から姿を隠し続けた邪神が、1人の少女の魔術に呼応し、深き眠りから覚ます。

 その一部始終を偶然か運命か、私達は目の当たりにしてしまった。


 あの時、天に魔法陣が輝く夜。

 波が生き物のように揺れ、低い轟音が空気を揺らす。

 大地が揺れ、とうとうそれが海から姿を表す。


 最初、私はそれが山かと思った。

 海が隆起し、重力によって水が落ちていく事で少しずつその姿を捉えられるようになってくる。

 だからか、いやそれが余りにも大きすぎたからか、山に見えた。


 ただそれが山じゃないと判断するに至ったのは、その薄く広く柔らかいゴム質の翼が天高くに向かって広げられたから。

 体を大きく逸らし、手を広げ、遠く空へ恐ろしい雄叫びを上げたから。


 海の中から浮上した山は、鱗で覆われた人型の怪物。

 全長は分からない、ただ遠目でも巨大だと理解出来るそれは、その大きさから気張るような圧迫感を感じた。


 腕は肉の塊のように肥大し、湿疹のようにぶつぶつと腫れ上がり、その塊から熊の手の形をした肉が生え、酸化した銅のような爪が鋭く伸びている。

 顎や背中からは触手が生え、ヌルヌルと絡むように動き、その間には鱗のない水掻きが星の光をぬらぬらと反射している。

 そして雄叫びを終えたそれが持つ真っ赤な目が、私達がいる崖へと視線を向ける。


 怪物に目を奪われているあの時、怪物から侵略しようとする意思を全く感じられなかった。

 確かに翼を広げた時は、強大な絶対が世界を蹂躙する未来が見えた。

 暴れる事なくただ静かに崖の方を見続ける、術者であるセリアの方を見続ける怪物からは、何か別の意思がある普通に思えた。


 ただそれが何かは分からない。

 人間の心を読むならまだしも、知性があるかも分からない怪物から意思を汲むなんて私には出来なかった。

 封印を解いたセリアに対しての感謝があったのか、それかセリアに支配されて静かだったのかも分からない。


 そして怪物はしばらくして、崖へと向かって歩みを進めた。

 巨大な波が立てながら近づいてくる怪物には、流石に血の気が引き、それなのに心臓が早まって自分の心音が聞こえるぐらいだった。

 ただ見上げるしかなかった。


 そしてその恐ろしい手をセリアの方へと近づけ、手の平を向ける。

 手から粘性のヘドロが垂れていて、それが海へと落ちている。


 これから何が始まるのかと見るしかなかった。


 セリアは魔法陣の上から離れる事なく、怪物と対になるように手を伸ばす。

 怪物の手との距離は数m程度、近づけば触れれる距離だけど、決して触れることはない。

 それは力を授けるための儀式。


 怪物は自分が出る幕ではないと理解しているようで、深い青色の霧のようなオーラを手のひらから出すと、それがセリアの手へと向かって収束していった。

 たったそれだけの事だった。

 そのオーラをセリアに与えると、クトゥルフは崖から下がって離れ、海底へ手をつき、自ら沈むように海へと姿を消していった。


 その後のことはよく思い出せない。

 気付いたら体中が緊張して、疲れ切った体に力が入っていた。

 その緊張が一気に解け、意識が半分消えているような(おぼろ)げな状態でその後の後片付けから宿に帰るまでをこなし、最終的には引きずり込まれるように寝てしまっていた。


 体から汗をかいた後の不快感とか、海水によるゴワゴワ感が洗い流されていく。

 ただ髪は一筋縄ではいかない。

 入念にゆすがないと、髪を洗ってもよく汚れが落ちないからね。


「ミオちゃ〜ん?」


 脱衣所からレイの声が聞こえてくる。


「どうしたの?レイも入る?」

「ううん〜、聞いてみただけ〜」


 そう言ってすりガラス越しのレイの影は洗面所の方へと動く。

 向こうから洗面所を使う音が聞こえてくる。


「やっぱり私も入っていい〜?」


 レイがすぐに戻ってくる。


「うん、いいよ」

「えへへ〜」


 レイの嬉しそうな声が聞こえて、しばらくしてレイがお風呂場に入ってくる。

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