497話 裏切り者 ミオ
「ミオお姉ちゃん、ヴェスパーさんの準備も終わるみたいですよ」
「おっ、アリス。わざわざありがとね」
「いえいえ!」
アリスの頭を撫でれば、嬉しそうに手に頭を擦り付けてくる。
少し緊張してきた所、アリスのおかげでその緊張が和らいでくる。
そしてアリスが伝令係として来たってことは、ヴェスパーがここに戻ってこる気はなさそう。
悩みの種が1つ消えたね。
恩寵派がやろうとしてること星辰魔術の一連の流れから逸れる以上、恩寵派から妨害が入るのは予想出来る。
術中に「この星辰魔術じゃない!」って気付けるレベルの、最低でもかなりの魔術の知識とある程度の戦闘能力は持った人達がね。
「もう1回聞くけど、魔術は全部セリアに任せていいんだよね?」
「ひゃいっ、はい、私がやりますので」
「セリアさんって私と同じぐらいなのに、星辰魔術みたいな難しい魔法を知ってて、羨ましいです」
「いえ、そんにゃことは…!星辰魔術以外は、全く使えませんから!」
セリア、件の要とされる少女。
魔力量が特殊なタイプみたいで、この日のためにもっと小さい頃から星辰魔術について学び、失われた魔術しか知らない以上は、力なき者として宿屋の奴隷として働いていた。
どんなに小さな子供であれ、研究の進んでいない学問を5年も追究するとプロに肩を並べるようになるみたいで、実際にこの舞台へと抜擢されている。
アリスが羨む気持ちは分からなくもないけど、火魔法とかならまだしも、失われた星辰魔術を追うようなことは応援出来ない。
立派な冒険者になるのが目的だからね。
「セリアはもう精神統一しなくていいの?」
「はい。全ての変更点と特異点の修正とか、他のイメージし終わりましたから!」
「イメージ……」
アリスがボソッと呟く。
そうだよ、魔法はイメージ。
ちなみに変更点とか星辰魔術に使う星、使わない星の取捨選択のことで、特異点は消滅した星や新しく出来た星の事を言うみたい。
星辰は他の魔法や魔法陣と違って、イメージに必要なのは火本体のイメージではなく、その星の位置のイメージ。
その基盤となる星辰によって、火魔法を行使することが出来る。
イメージ先は違うけど、それでもやっぱりイメージが重要なのは変わりない。
でも火が出るイメージより星座をイメージする方が、暗記さえしてしまえば簡単に思えるよね。
星座をパッて思い浮かべるだけで、自分の魔力以上の火が使えるのもあるしね。
「星辰魔術って、この空を使うんですよね?」
「そうだね。簡単な言い方をすれば、星座を結んで、その星座に決まった魔法が使えるって感じ、でしょ?」
「最初はそうでひゅ、そうです!ですが中盤以降は、星座じゃない星の並びを扱うことになります」
「それが難しそうですよね、星座でも覚えるのって大変なのに……」
アリスが空を見上げている。
つまり私が使えるのは最初に学ぶ、初歩的な星辰魔術のみ。
だってゲーム内の星辰魔術って星座の結びだからね。
中盤以降の星辰魔術は全く知らないし使えない。
「そういえばミオお姉ちゃん、魔力の方は大丈夫ですか?」
「えっ、どうしたの急に?」
「だってミオお姉ちゃん、おっきな障壁魔法を使ってたじゃないですか。海の爆発の時、よく私見てましたからね?」
本当によく見てるじゃん。
爆風を防いだのは確かに私の障壁魔法、アリスも大分魔法の知識をつけてるね。
「ううん、全然大丈夫。私はそんなに魔力を使わないよ」
術者自体はセリア。
じゃあどうやってセリアに手助けをするかというと、私はセリアの魔力を変質させる係。
セリアの魔力量と私の魔力、それで星辰魔術を効率的に行うだけだから、セリアの魔力を私の物に変質させていけばいいだけ、難しいことはない。
「やっぱりミオお姉ちゃんはおかしいですね」
「褒めてるんだよね?」
「褒めてますよ!」
アリスの冗談っぽい笑いに私も笑い返す。
そうふざけあってたら、いきなりアリスの顔が強く照らされ、眩しそうにアリスが目を手で覆う。
何かと思って空を見上げれば、この広大な夜空のキャンバスに、オレンジゴールドの魔法陣が展開されていく。
それは円を描き、文字が並び、星を結び、幾何学模様を繰り返し光らせていく。
「こっ、これが星辰魔術なんですかっ!?」
真上を見上げても視界に入り切らない規模で、多重の円、多角形の並び、美しい模様を形成されている。
それは10秒、20秒と過ぎても永遠と線が結ばれ続け、水平線まで永遠と伸びていく。
個と数えられる魔法陣は10、100と永遠に増え続け、それなのに夜空は汚くならず、夢のような輝きをバランスよく放ち続けている。
「これは星辰魔術の基礎になります。ここから、必要な物だけ抜粋していくんです」
抜粋って、億の星があってもおかしくないこの夜空から、必要な星だけピックアップしていくんでしょ?
これもしかしなくても、セリアの知識量って私より圧倒的?
セリアの足元の魔法陣がライトシアンに輝き、水色の光の粒子が辺りに漂い始める。
不自然な風が吹き、セリアの青いローブがなびく。
邪魔なのかセリアはフードを脱ぎ、その幼くも整った側頭部にヒレのある顔をあらわにして、真剣に何かを描くように空むけて指を動かす。
その風貌は本当に魔術師という言葉が相応しく、私が使ってる魔法は大したことないんだって直感的に理解出来てしまう。
「わぁ……」
アリスが思わず声を漏れす。
そこには本当に美しさがあった。
この世ならざる美しさ、失われていた美しさが、ここに蘇っているのだと思える。
「うぅっ、素晴らしい。2000年前の景色が見られるとは……」
「ってうわ!泣くことないじゃん」
ドロドロのザ・カラーの面倒を見ていたルシフェルが涙を流している。
ザ・カラーも薬のおかげが、元通りになって、フラフラなんとか立っている。
「星辰魔術…… なるほど……」
ザ・カラーも空を見上げ、何かを考えている。
悪いことじゃなければいいけど。
「これがあれば、再封印を出来る!あぁ、なんと素晴らしい!!!」
厳粛な雰囲気のセリアに対して、ルシフェルのテンションが戻ってうるさくなり始める。
「ほら見てみたまえ、あの水色の結びを!」
ルシフェルに言われるまでもなく、オレンジゴールドからライトシアンの輝きに変わっているのがすぐに分かる。
「主導権を握るって話してただろう?これ誰が結べるかーっていうのが、主導権を握るってことさ!」
「あぁね?」
今までちょっと不思議だったけど、そういうことだったんだ。
「ほら今!赤いの見えただろう?すぐ消えたが、あれはセリア君が抑制してるんだよ」
確かにチラッとだけ赤色に変わったけど、すぐに消えてオレンジゴールドに戻った。
セリアの方に視線を向ければ、その赤色が出る度に指で払っているのが分かる。
熟練の魔術師みたいな手際してるよ?
それにしてもルシフェルはさっきから大興奮、私だってアリスだって、ザ・カラーも、下で争っている魚人族すらもが空を見上げている。
これが星辰魔術。
ライトシアンの結びが夜空に魔法陣を結んでいく。
「ミオさん、お願いしまひゅ、します」
そう言ってセリアが私に手を伸ばしてくる。
私はセリアに近づいて、その手を握り、魔力を流し込む。
「……はい、ありがとうございます!」
セリアが笑顔を見せてくる。
私はセリアの手を離し、後のことはセリアに任せて、ルシフェルの方を見る。
「それじゃあルシフェル、ちょっと戦おっか」
「? ……え?」
ルシフェルがこっちを二度見してくる。
「ルシフェルに邪魔されたら困るからね」
「ふぅん?まさかここで裏切られるとは」
急に悪役になった気分、でも必要なことだから。
「ミオお姉ちゃん!?どういうことですか?」
「アリスは危ないかもしれないから、ちょっと離れてね。ザ・カラーはこっち側かな?」
「まだ傷が酷いからパスさせて頂きます!」
そう言ってザ・カラーは色の断片になって逃げていく。
「説明してください!どういうことですか!?」
「そうだぞミオ君、今戦うのは懸命ではない」
「ごめんねアリス、でも悪いことをしてる訳じゃないから。それと私も時間を稼げるなら説明に時間をかけるけど、いいの?」
ルシフェルを見ながら上へ指差す。
「あの魔法陣、本当にあれで合ってる?」
セリアが結んでる魔法陣を見て、ルシフェルの表情が真剣な物に変わっていく。
「なるほど、再封印ではなく戴冠の儀式か。考えたねミオ君」
「いやいや、考えたのはセリアだよ」
そこまで頭が回るほど賢くないからね。
「アリス君、一旦下がっていてほしい。確かにミオ君は悪いことはしようとしていない。ただ少し遠回りになって少しのリスクがあるぐらいのことだ」
アリスはそへを聞いて、何か言おうとしながらも箒に乗ってここから離れていく。
「さぁーてミオ君、僕の計画変更は否定して自分の変更だけ許すとはならないね?」
「そうだね」
「別にこの計画がダメとは言わない。ただ、ね?再封印を魔術ではなくセリア君の説得に任せるのはいくらなんでもだろう?」
「だね」
セリアの計画の1番の肝は、再封印を戴冠に変えるせいで、別の方法で再封印が必要なこと。
そこを教祖になったセリアに出来るのかは私は分からない。
ただ力を貸すって約束した以上は、私はセリアを信じる。
最悪私が怪物を倒す所までは考えてはいるよ。
それでもこの選択を取ったのは、セリアが教祖になったら厄介な象牙グループが減るから。
それにやっぱり、約束したから。
「さっ、戦うなら戦おうよ?私は説得に応じるつもりはないよ?」
(これがミオ君かぁ……
厄介と言えばそれっきりだが、どぉもそれだけでは腑に落ちない、圧がある。
判断は幼い、考えも幼い、容姿も幼い、ただその戦いに対しての自信だけは、どうも末恐ろしいんだよなぁ、これが……
ハナノクニでは鬼と呼ばれるオークだとかに近しい妖怪なる存在がいる。
僕は鬼の話を聞いて、人間が脅威と感じる気迫があると思ったが、ミオ君の圧は本当にそれによく似ている。
あれは戦いを生業とする者以上に、戦いを知り、戦いに生きている。
非戦闘員の僕がどうにか出来る相手ではない。
ヴェスパー君がいれば分からない戦いにはなるとは予想するが、そうか、アリス君がヴェスパー君を呼びに来た時に微かに微笑んだのは、敵が減ったから……
落ち着いていながら強かさを隠せないのは、そのチラッと見せる目論見のせいか。
僕はこの鬼に勝てるとは思えない。
胸に抱えた決意と、そのひた隠しにしようとする鬼の意志を曲げるには、僕は遠く及ばない。
さぁてここは、見逃した方が賢明かもしれない。
それよりかは、セリア君の意志を強くする魔法をかけ、クトゥルフの再封印を確実にした方が最適かもしれないね。
うん、そうだ、諦めた!
それにミオ君は唯一、不死性を取り除ける、僕を殺せる存在だ!
戦いはよそう!
僕の性分じゃあない!)




