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48.暖房器具とお買い物

 さてさて週末。

 先週話した通り、俺とリリシュにプラゥを加えたいつもの三人で町へと来ていた。

 護衛は勿論約束したローシオンだ。


 今日こそは、今日こそはちゃんと暖房器具を買うぞ!


 まずは前に来た、家具生活雑貨のお店だ。

 花のリースのついた、木製のドア。それを開いて中へと入る。


「いらっしゃいませ!」


 前と同様、元気な声が響いた。しかし見やると、声の主は前に来た時の店員とは別の女性だった。

 ちょっと残念に思い、俺はリリシュとプラゥを奥にある家具売り場へと案内した。

 ローシオンは店の外にいるらしい。暇だろうに、中へ入ってくればいいのに。


「すみません、暖房器具って入ってますか?」


 奥に座る眼鏡の中年のおじさん。前に来たときに応対してくれた人だ。

 俺の事を覚えててくれてるのかはわからないが、商品ががらりと入れ替えられた棚へと案内してくれた。


「あら、結構種類あるじゃない。あれなんか、しっかりした作りで昔から人気がある職人の所よ」


 リリシュが棚に並べられた暖房器具達を眺めながら、感心したように声を出した。

 確かに棚には色々な形をした暖房器具が並べられていた。前に見せられた古い型という物よりサイズも小さい。


 だがどれがいいのかはさっぱり判断がつかなかった。

 どこどこ製とか何々工房とか書いてはあるが、それ自体知らない。

 学園の寮にある物も多分いい物だろうから、どこのメーカーか調べてくれば良かったな。参考になりそうだし。


「みんな小さいし綺麗だしどれでも良さそうに見えちゃうんだけど、どれがいいんだろう」


 うーんうーんと悩んでいると、リリシュがいくつかピックアップして、そこの製造元の説明もしてくれた。

 持つべきものは博識の友人だ。流石商家の娘。イケメンの知識だけはやたら豊富とか思っててごめん。


 さっさと決めたかったので、俺はリリシュの目と知識を信じて手頃な値段のものを選び、おじさんに郵送の手配もお願いした。


「ありがとうね」


 柔らかく笑うおじさんに、お願いしますとお辞儀をし店を出た。

 家具売り場にいないと思っていたプラゥは、お母さんに何かを買っていたみたいだった。


 さて用事が終わってしまった。

 しかも最初の店一軒で。

 リリシュにこれからどうしようか聞いてみると、服を見ましょう!と即決された。


 それから俺達は、リリシュに連れられておすすめだという服屋をはしごする事になった。

 ちゃんと商品券が対応しているお店だ。

 店の外で待とうとするローシオンまで引っ張り込まれていた。


 折角なので、シンプルなワンピースを一枚買った。またワンピースかと言われそうだが、これが一番楽なのだ。

 そもそも、貴族が着るドレスだって似たようなものじゃないか。ドレスだって上から下まで繋がってるんだし。

 装飾やその生地に比べ物にならない程差があるけど……。


 何件目かの店で、既にリリシュの両手は衣料品でいっぱいだった。

 これを持つのは、最終的にローシオンになる。かわいそうに。

 そう思いながら目の前の棚を見ていると、リリシュが俺の今の格好を見て小さく唸った。


 今日は学校があった日といえど、こうして買い物に出るという事で一度寮に戻って着替えてきている。

 着ているのはいつもの灰色のワンピース。長袖で生地もそこまで厚くない。

 暑い日は袖をめくったりしてしのいでいる。

 そんな姿だから、リリシュからは寒そうに見えるのかもしれない。


「せめてコートくらいは買いなさいよ、安いの探すから」

「コートくらいあるよ、リリシュだって見たことあるでしょ」

「学園指定のコートじゃないの……!」


 別に寒さはしのげるんだから制服だっていいじゃないか。

 プラゥは持ってるのか聞いてみると、俺よりは結構な衣装持ちだった。


「お母さん、お針子してるから」


 なるほど手製か。それはお母さん子のプラゥには既製品より嬉しいだろう。

 そういえばうちの孤児院は、繕いものが得意なのってママ先生しかいなかったな。

 年長者のナーラは俺と同じくらい女性らしい事が苦手だった。でも俺と違って細かい作業が苦手ってわけでもなかったんだよね。

 細工物は得意だったし、確か火の魔力持ちで遠くの町で鍛冶か彫金かそれ関係の仕事についたって聞いた気がする。


「ローシオン様からも、言ってやってくださいな。女の子なんだからもっとお洒落意識しなさいって」


 急にリリシュから矛先をむけられたローシオンは、何と無しに見ていた帽子類の棚から驚いて目をこちらへと向けた。

 真面目なローシオンにそんな事言われても、困るだけだろう。思ったとおりに彼は必死に言葉を探している様だった。


「はいはい、ほらローシオン様も困ってるでしょう。それに私もそろそろ行かないといけないから」

「あら、もうそんな時間だったかしら。大聖堂に行くのよね?」

「あ、う、うん……」


 第一騎士団の宿舎なんだけど、そうだった、リリシュ達には本堂で司祭様に教えを受けてるって言ってたんだった。

 この機会に、言っちゃおうかな。それに俺のイリュージョンを見せたい気持ちもある。


 三人を店から出し、ちょっと付き合って欲しいと申し出た。

 よくよく考えたら、本堂までの護衛も必要だしこのままローシオンに付き合ってもらおう。


「私達も本堂に行くの?」


 リリシュが首を傾げる。プラゥは何も言わず黙って着いてくる。


「うん、実はさ、本堂じゃなくて第一騎士団の修練場で力の解放の実験っていうの?やってて……」


 喧騒の中、誰も他人の会話なんて気にしないだろうが一応小声で話す。俺の説明に、リリシュは呆れた顔をした。

 プラゥの表情は相変わらずで、ローシオンは心配そうな表情を浮かべた。


「もう、どうして黙ってたのよ。ああいいえ、わかるわ、どうせ心配かけたくないって思ってたんでしょう?……でも、知らないより知ってた方がいいわ」


 何をしているかわからない心配より、知っていてもしかしたら解決策がある心配の方がずっとましよ、と口を尖らせた。

 ローシオンも何か言いたそうだったが、先程と同じ様に言葉を探し、結局何も言えずに口を閉じた。

 ただその瞳がとても心配の色を浮かべているのはわかった。


「私達も、それ、見てもいい?」


 プラゥが興味深そうに俺を見上げた。勉強になりそうな事は、彼女の興味をひく。

 元よりそのつもりで、彼女達を連れて行こうと思ったのだ。


「勿論。意識失っちゃうから帰りは一緒できないけど、ローシオン様に送ってもらってね」

「意識を失うって、体に支障、ないの?」

「今のところ全くないよ。ぐっすり寝ちゃうだけだから。あとお腹が空くだけ」


 プラゥは俺らしいと言い、リリシュは聖女の力にも限界があるのねえと呟いていた。

 そうこうしているうちに宿舎へと着き、騎士達へと挨拶をしながら中へと入る。

 第一騎士団の宿舎とあってか、ローシオンは若干緊張していた。


「ああ、来ましたね。おや今日はご友人と一緒ですか」


 パラデリオン様が俺達に向かって手を上げて挨拶をすると、後ろでリリシュが緊張に身を硬くしていた。

 加えてライアールまでいる。見る間に彼女の顔は赤くなり上気した。……俺より先に気絶しないよね?

 第一騎士団は第三騎士団みたいにリリシュ好みのイケメンだらけじゃないから大丈夫だと思ったんだけど。

 そういえば初めてパラデリオン様と話した時も、リリシュは恥ずかしくて顔すら上げられなかったんだっけ。


「第三騎士団所属のローシオンです。今日は彼女達の護衛で参りました」


 ローシオンが司祭様、第一騎士団の騎士達に敬礼をする。パラデリオン様は、よろしくお願いしますねと微笑んだ。

 リリシュ達は警護で立つ騎士達の後ろにまわった。他の見物の騎士達と一緒だ。

 プラゥは調査道具を持つ神官達の事を気にしていた。


 俺はいつもの様に修練場の中央へ移動し、手を胸元で掲げる。

 とりあえずのジャブで、光のシャボン玉だ。


 手のひらからそれをイメージし、どんどん放って行く。

 流石にシャボンの虹色にはできないが、ふわんふわんと丸く半透明な白い光の玉があたりいっぱいに放たれて行く。

 それと共に、足元にもすっかり得意となった光の波紋。


 シンプルながら幻想的な光景に、リリシュが頬を赤くし口を開いていた。

 おっし、反応は上々だ。プラゥはあまり表情動かさないから判断しにくいけど、食い入るように見てくれてるし。


 今度は右手を斜め下から孤を描くように走らせる。

 その手のひらからは、まるで光が水の様に伸び、俺の体を中心にぐるぐると囲みながら走って行く。

 イメージは新体操のリボンだ。まあ実際やった事なんてないから、ファンタジーらしく大げさに見せる。

 なんだか魔法少女の変身シーンっぽいかも。


 やがて俺を包む光のリボンは小さくはじけ、光の花弁となって空に散っていった。

 きゃーと、リリシュの高い声と拍手が聞こえた。

 それにのっかって、ザーグルのおっさんのげはげは愉快な笑い声も聞こえた。

 プラゥも、その小さな唇を少し開けていた。


 気をよくした俺は、今度は足元に小さな光の玉を複数発生させた。

 それは浮いたりはせずその場に留まり、ぴょんぴょんと地面を跳ねる。

 単純ながら、小さい空洞の顔つきだ。


 傍目からは白饅頭がジャンプしてるだけにしか見えないだろうけど……。

 ザーグルがかわいいかわいいと手を叩いて笑っていた。おっさん向けじゃないから!女の子向けに作ったんだから!


 その後も水芸を頭に浮かべ、色々とサービス満載で頑張った。頭からしぶきだした時は、リリシュが頭を抱えてたけど。

 そろそろかなって時に、ライアールが柱から背中を離した。

 それに気付いたパラデリオン様が、彼に片手を上げて制す。


「今日は私が。カーデ、手伝いをお願いします」


 二つ返事でカーデがすっと前に出る。

 リリシュが心配そうな顔を浮かべた。大丈夫だと、俺は彼女へ微笑んだ。

 体から力が抜ける感覚。伸ばされる細い腕。柔らかい感触に、目を閉じた。





「私も中々気がきくでしょう」


 いつもの様に宿舎のゲストルームで目を覚まし、食事を取り司祭様の待つ応接室へ。

 ソファに腰を下ろした瞬間、前に座る彼はその眼鏡の奥で目を細め開口一番そう言った。


「ええと、何がでしょうか」


 菓子をほおばり、お茶を嗜む司祭様は楽しそうに口を開く。


「何って、ほら、貴女達と一緒にいた若い騎士くんがいたじゃないですか。ライアールにまた嫉妬しないよう、気を使ってあげたでしょう?」


 若い騎士とは、ローシオンの事だろうけど。ライアールに嫉妬とは一体何を言っているのだろうか。

 よもや司祭様まで、リリシュやマリガの様に思考がピンク色でできているのだろうか。

 甘いもの大好きだしお喋りもどうやら好きみたいだし、もしかしたら見た目好青年で中身は年頃の乙女なのかもしれない。


「何か勘違いをされてるみたいですが、私とローシオン様もライアール様もそんな関係ではありません」


 失礼なのはわかっているが、思いっきりため息を吐いてやる。

 そもそも、去年の舞踏会や最初の実地訓練で、それは誤解だとローシオンと話した記憶がある。

 尊敬する第一騎士団の副団長が少女偏愛嗜好ではと疑っていたのを、それは誤解だと解いたのだ。

 何かちょっと違うような気もするけどだいたいそんな感じだ、うん。


「おや、年頃の少女はこういった話題が好きと思っていましたが。貴女はそうでもなさそうですね」

「興味ありませんから。それよりも色々考えることがいっぱいありますし」

「はあ、折角甘酸っぱい話題でお話でもと思ったのですが。貴女達は変わってますねえ」

「司祭様もあまりライアール様をからかっていると怒られますよ」


 そう返して、ふと『貴女達』という言葉にひっかかった。

 流れ的に、俺と他の誰かだよね?まさか今の話を他の生徒にしてないだろうな。


「まあ確かに、今の貴女は学生の身で見習い候補で、まだ十四歳です。ですが確実に大人へと成長をしています。彼がいつ気付くのか、見ものですね」


 何が見ものなのだろうか。いや、それより貴女達とは誰の事を指しているのだろう。学園の少女達か?

 ライアールは人気があるみたいだし、またかつてのナナリエーヌ様達のような事件を引き起こされたらたまったものではない。

 聞こうとしたら、今度はさっと話を切り替えられ、語りだす実験の結果に切り出すタイミングを失ってしまった。

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