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44.ルバートとローシオン

 帰り道、また俺は声をかけられた。

 またか、とげんなりしながら振り返ると、見覚えのある顔だった。


「ああ、ルバート様。この間はお世話になりました」


 ルバートは俺に名前を呼ばれた事を嬉しそうに笑う。


「体調はどうでしょうか、休まれましたか?」

「はい、おかげさまで」

「しかし、少しお疲れのご様子でしたが」

「いえ、朝からちょっとバタバタしていて……」


 曖昧に笑う俺の鞄を、ルバートはチラと見やる。

 隙間から、白い紙の束が見えている。


「お恥ずかしい事です。騎士としても、貴族としても」


 悲壮な顔をし、拳を胸にあてぎゅっと握り締めた。

 そんなルバートを必死に慰める。


「ルバート様のせいではないんですから。それに、先生が何とかしてくれるって言ってくださいましたし」


 その話に彼はほっとした顔をした。

 だがすぐにまた真剣な顔に戻る。


「別の手で貴女を翻弄する輩が現れるかもしれません、十分なご注意を胸に留め置いて下さい」


 まるで誘拐でもされるような言い草だ。ちょっと考えすぎではないだろうか。

 気にしすぎですよと言おうとしたが、ルバートの目は真剣そのもので、その奥の揺ぎ無い眼光に俺はつい身を引いてしまった。


「あ、ありがとうございます。でも、ここまでいっせいに来られると、もてたと錯覚しちゃいますね」


 硬く重い空気を紛らわすように、努めて明るく笑う。

 だが目の前に立つ彼の表情は変わらない。


「あいつ等を信じてはなりません。彼等はその背後に家を抱えています。貴女を、そこに抱き込もうとしているのですから」


 同じ第三騎士団の同僚達をそんな風に言っていいんだろうか。

 いや、教えてくれるのはありがたいけど。


「そこらの事情は何となくわかっています。流石に本気で急にもてるなんて思ってませんよ、私もそこまで馬鹿じゃないですから」


 あははと笑い返すと、ルバートはずいと俺に近付いた。その変わらない真剣な目がちょっと怖い。


「私は違います。貴女の事を心底お守りしたいと思っています。家の事など、どうだっていいのです。貴女を、片時も離れずお守りしたい」


 どうしたらいいんだろう。その目に浮かぶのが、恋とかそんな甘いもんじゃないのはわかる。

 ギラギラと、ただ一点を見つめ、己の上に居る者をひたすらに崇める。

 ここの騎士団は教会に擁されているわけだから、聖女を守ろうとするのはいいだろう。

 けれど、崇めるのは俺みたいな聖女の卵ではなく、女神様にしてもらいたい。


 告白されているわけではないんだろうけど、こういう事のあしらい方なんてわからない。

 無言の時がしばし流れる。まだ来てない筈の冬が、一足先にその風に乗ってきたかの様に、肌寒さを感じた。


「やめないか、彼女が困っている」


 迫るルバートと戸惑う俺の間に、また別の声が割って入った。

 ルバートがその姿を認めると、眉をひそめた。


「ローシオンか。……君には関係ないだろう」


 ルバートがじろりとローシオンを睨む。ローシオンはだがそれにも引かず、俺達の間に体を差し入れた。

 俺はまた背の高くなった彼の背中を見上げた。……羨ましい。


「関係なくはない。私は彼女の、……友人なのだから」


 ちらと、ローシオンが俺を振り向いた。そんな不安そうな顔するなよ、俺はちゃんと友達だと思ってるよ!

 力いっぱいうんうんと肯定してやる。だが、ローシオンは少し複雑そうな顔をしながらまた顔をルバートに戻した。


「そんなに付きまとったら、ノイルイー嬢だって困るだろう。彼女の自由を奪う気なのか?」

「お前だって、彼女の奇跡を見た事があるだろう?彼女こそ、真の聖女だ。称えるべき、女神様の申し子だ。絶対にお守りしなくてはならない方なんだ」


 そんな過剰な持ち上げ方やめてくれ!俺は心底叫びたい気持ちだった。

 俺に命を救われて恩を感じてるにしたって、ちょっと狂信的すぎやしないだろうか。

 どうしたら、目を覚ましてくれるんだろう。俺は、平凡な一人間だってのに。


 二人は無言でにらみ合う。

 無いとは思うけど、互いに剣を抜きそうな勢いだ。

 これはヤバイと、ローシオンの背中から顔を出す。


「あのっ!すみませんルバート様、実はローシオン様と約束をしてまして、彼は信用できる人なので安心してください!」


 俺の言葉に、ルバートはまだ何か言いたげだったが、結局口を閉じ礼をとって背を向けた。

 ルバートの小さくなっていく背中に、俺は安堵の息を吐く。

 そんな俺に、ローシオンが気遣わしげな表情を浮かべた。


「その、すみません。私の同僚が……」


 申し訳無さそうに謝罪する。


「いえ、助かりました。ルバート様が悪いわけではないのですけど、ちょっと私の事持ち上げすぎですよね。砦で寝こけてただけなんですけど」

「その事ですけど、お体は大丈夫ですか?実は、私は今日他の生徒さんの実地訓練から帰ってきたばかりで、先程知ったのです」

「ああ、そうだったのですか。お疲れ様です。この通り、体は大丈夫です」


 力瘤をつくるポーズをする。

 ローシオンはそれにほっと息をつくように笑った。


 それからしばらく、二人でたわいもない話をした。

 ローシオンは俺の実地訓練の事を聞きたがったので、それも話した。


 重傷者の治癒や魔瘴の浄化のくだりで、ルバートの様に態度が変わったらどうしようと不安がよぎる。

 だが彼はそれよりも、俺が倒れた事をとても気にしていた。本当にお体は大丈夫ですかと、心配を口にした。

 俺はそれに感謝し、安心して続きを話す。

 話がそれて、マフラス苺の甘さを一番語っていたかもしれない。俺の頭に、冬苺の瓶詰めを抱えるクピリナ様の微笑がうかんだ。

 それから外出届が受理されなくて、買い物にいけない愚痴もちょっとさせてもらった。

 そうしたら、


「護衛がいればいいのですよね?なら私が」


 と名乗り出てくれた。

 ローシオンなら他の人ほど気にしないで買い物ができそうだ。

 俺は彼に迷惑でないのなら、とお願いした。


 ローシオンは律儀に『花冠の館』傍まで送ってくれた。これには正直助かった。

 多分一人で歩いてたら、またどこぞの騎士様が手紙を持って現れただろうし。

 寮についてしまえば、こっちのものだ。ここには彼らも入って来れない。


「では、外出届を出す際に私を指名してください。必ず駆けつけますから」

「駆けつけるって大げさな……、でも、ありがとうございます。そうさせて貰いますね」


 帰って行くローシオンの背中に大きく手を振る。彼は振り返り見えるように片手を上げていた。

 子供の頃の、夕方になり友達との別れ際の挨拶を思い出す。

 こんな風に、手をブンブンと振ってバイバーイって叫んでた。

 リリシュとプラゥとは別に、同性の友人もまたいいものだ。心の同性な!


 館へ入ると、静けさが包んでいた。

 他の生徒たちは寄り道でもしているのだろうか珍しく一人も姿が見えない。

 寮母のアジリマさんはいるかもしれないが、目の届く範囲にはいない。

 オーシャとマリガは部屋にいるのだろうか。それとも、まだ学園か。

 あの二人は外出届は普通に貰えるだろうし、いいよなあ……。


 理不尽な思いを胸に抱きながら階段を上る。

 自室へと向かいながら、いつパラデリオン様の返事貰えるかなと考えていた。

 また礼拝堂にお伺いにいかないとな。

 いつにしようかと、頭の中で日程を確認しながら部屋へと入った。

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