40.国境砦 その二
「少し休んでいてください。私がかわります」
年配の聖女に声をかけると、俺は前に出た。
扉を守る騎士達に止められそうになったが、俺の殲滅速度を見て通してくれた。
「誰か彼女につけ!」
その際、俺に護衛をつけるべく前方へ叫ぶ。
「私が常に」
だが返事は後方から聞こえた。
「ピルドア様!?」
どこからともなく現れた褐色の男。前の時同様に、全く気配を感じなかった。
「お久しぶりですね、全く貴女はよく無茶をする。しかし、今回ばかりはそうも言ってられませんね」
いつもの様に平坦な口調。
躊躇する事無く、俺の前の魔瘴獣の群れに切り込み、道を作り出した。慌てて後を追う。
「ピルドア様も来てたんですね。あ、そうか、近場に居た第二騎士団も召集されたんでしたっけ」
俺もピルドアも、常に手は動かし続ける。
話している間も、魔瘴獣はどんどん消滅していく。
それを見ていた騎士達も、疲れていた体にもうひとふんばりと気合を入れなおした。
「貴女が学園を発った日から貴女についていました」
しれっと言う。
……嘘でしょ。全然まったく気付かなかったんですけど。
いや、そもそも何で、
「何で私に……?」
何か監視される様な事をした記憶は無い。勝手に魔瘴獣倒した事あるから?
いやだって、それはちゃんと謝罪して話したし。
仏頂面騎士に説教までされたし。
「前回の実地訓練の際を気にしておいでなのでしょう」
……パラデリオン司祭様か。
マフラスに着いたばかりの時だったら、そう何度もあんな事起こらないでしょ!と笑ったんだろうけど。
トラブルメーカーとか思われて要注意人物認定されてたら嫌だなあ。
「危ない!」
不意に目の前で金属がはじかれる音が鳴った。
と、思ったらピルドアの背中ごと背後にはじき飛ばされる。
「うわっ」
下敷きを覚悟していたが、ピルドアは体を捻ってなんとか俺を踏みつける事態を避けた。
ピルドアは膝立ちで体勢を整えたが、俺は無様にも尻餅をついた状態だ。
見上げると、遥か頭上に俺を見下ろす闘志に揺らめく二つの目があった。
「とうとう動き出したぞ!」
「クソッ、まだこっちが片付いてないってのに」
「おい!何やってんだ、制服の子がいるぞ助けろ!!!」
騎士達の怒号が耳に入る。だが、俺は目の前の二つの目から顔を離せなかった。
ピルドアはじめ、他の騎士が動きだした魔瘴獣に向かって得物を構えている。
その魔瘴獣は、そんな者達には傍から気にも留めていないように俺を見つめていた。
ニタアと、笑った気がした。
確かにその表情には覚えがあった。
――アイツだ!
学園に入ったばかりの頃、初めて遭遇した魔瘴。
心臓が早鐘の様に打つ。他の魔瘴には感じない、意思。
そう、この目の前の魔瘴獣は、確かに何かの意思を持って俺を見つめていた。
つと、こめかみを汗が伝う。息苦しさに、呼吸が乱れた。
「しっかりしろ!」
目の前にでかい剣が突きたてられた。白く反射する光にはっと意識を戻す。
腰から引き上げられ、立たされる。
普段は不機嫌そうな、だが今は真剣な顔をした男。
「あ、ライアール……」
ぼんやりと口にすると、背中を軽く叩かれた。
「意識をしっかり保て、立てなくなるぞ」
「はい、すみません……」
胸に手を当て呼吸をし、両手を握り締めた。
危ない、あのまま恐怖に飲まれていたら足手まとい所じゃない。
ピルドアも、構えながら俺の前に立った。
「来るぞ!」
ライアールの叫びと共に、魔瘴獣の前足が振り下ろされた。
横なぎに、俺達にめがけ黒い爪が襲い掛かる。
二人は縦に飛び、巨大な腕を飛び越え剣を振りかぶる。
俺は後ろに飛んでそれを避けた。
ライアールとピルドアの剣は、魔瘴獣の体をえぐる。
他の騎士達の四方からの攻撃も、効いている様だ。
特に他の魔瘴獣と違うわけではなかった。俺はほっとした。
魔瘴獣の口が俺目掛けて勢いよく突き出される。
今度は前転し、地面を食らっている間にその下顎目掛けて殴りつけた。
ジュゥ、と皮膚が焼ける音がした。
咄嗟で出した光が弱かったらしく、拳の表面を少し焼かれた様だ。
頭を戻した獣は、再度俺へとその牙を向ける。
だがそれを、ライアールの大剣が横から斬りつけ軌道を反らした。
下顎から口角にかけて、魔瘴の靄が霧散する。口の片側半分が消滅した。
流石大剣、えげつないえぐり方をする。
体の一部が消滅しても気にしないのか、そのまま魔瘴獣は俺に視線を戻し、何度も前足で切り裂く為の爪を振るった。
ブォンブォンと、激しい風圧に抵抗しながら何とか避け続ける。
「うっわ!……なんで俺ばっかり!」
思わず口に出る。
光の玉でっかいの作りたいのに、全く隙を与えてくれない。
避けながらちまちま削るしかないのが歯がゆい。
俺が的になってる間、ライアール達が削ってくれてるのが救いか。
少し離れた場所で、もう一匹の魔瘴獣と戦っている騎士達が見えた。
あっちはもうちょっとって所かな。もう随分と小さくなってきている。
あれが倒されれば、こっちにも応援に来て貰えそうだ。
ライアールがその腹をめがけて剣を下から切り上げる。
魔瘴獣は跳ねて避けながらも、切っ先で削られる。ピルドアも跳ねた。
跳ね上がった状態では、ピルドアの追撃は避けられずその身に剣を沈められる。
魔瘴獣の胴が抉り取られた。
前に戦った大型の魔瘴獣は、二匹とも大きく削られると発狂した。
だが、この目の前の魔瘴獣はいたく冷静に見える。
俺に隙を与えないように、わざと俺を集中狙いしているのだろうか。
何とかライアールが俺の前に割って入ろうと、大剣ごと体を滑り込ませる。
ずっと俺を攻撃していた魔瘴獣が、今度はライアールへと標的を変えた。
チャンスだ!
俺は両手に力を集中する。ピルドアも、それに気付いてライアールの補佐をしてくれている。
……もうちょっともうちょっと。特大のをぶん投げてやる。
俺の手の中で、光が大きく膨れ上がっていく。
ふと、俺を見る魔瘴獣の目線が、ちらりと横を向いた。
視線の先には、もう一匹の魔瘴獣。だがあっちも、他の騎士達との戦いで劣勢だ。
何をする気だ?俺は訝しがりながらも、光の玉を作り続ける。
再び、魔瘴獣が俺に視線を向けた。ライアールをチラッと見た後、残った口角を限界まで引き上げた。
「ライアール危ない!」
叫んだ時には遅かった。対峙する魔瘴獣が顎をクイッと動かした。
離れた場所にいたもう一匹の魔瘴獣は、まるで見えない糸で引き寄せられるよう、あり得ない速さでこちらへと突進してきた。
対峙している魔瘴獣の爪と、口を開け高速で飛びいるもう一匹の魔瘴獣の牙。
ライアールはその二つに挟まれそうになっている。
間に合ってくれ!俺は地を蹴ってライアールへと手を伸ばした。
ドンッと両腕に手ごたえを感じる。それと同時に、ふくらはぎへ激痛が走った。




