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36.マフラスの町と苺日和 その三

 俺はボリエヌ嬢に領主の屋敷へと案内されていた。

 彼女はここの領主の姪だという。その縁で、赴任先にここの教会を選んだとか。


 あの後教会で聖職者の方々に挨拶し、ありがたいお話の後、生徒は自由行動が許された。

 何故かクピリナ様も自由行動を取っていた。それに呆れた顔をしたのは、ここに勤めている聖女のアンブロシア様だった。

 どうやら二人は、旧知の間柄らしい。


「相変わらずね貴女、たまには他の場所の請け負いもしたらどうなの」

「いいじゃない、ここは私の聖地なの。アンブロシアこそ、上手いことこの町に赴任しちゃってずるいわ」

「私はここの出身なの!」


 二人のやりとりを思い出して笑う。仲よさそうだったなあ。

 その後クピリナ様は、オーシャとマリガを引き連れてマフラス苺スイーツツアーへと出かけていった。

 正直スイーツ祭りには後ろ髪ひかれまくった……。



「叔父様は今いないから、気を使わなくてもいいわ」


 中庭へと通される。

 手入れされた庭園の真ん中には、日傘のついたガーデンテーブル。

 その上にお茶菓子とお茶を用意しているメイドの姿があった。


「し、失礼します……」


 綺麗に整えられた芝の上を、申し訳ない思いにかられつつ踏み歩く。

 椅子に座ると、メイドさんがカップに紅茶を注いでくれた。

 そして何と、マフラス苺がぎゅうぎゅうにつめこまれたタルトが出されていた。

 俺は喜んで食させていただいた。

 甘い!サクサク!ほどよい酸味!えとえと、とにかく美味しい!


 満足そうに食べる俺を見つめ、ボリエヌ嬢は紅茶を口へ運んだ。


「相変わらずですのね、豪快と言うか、元気がよすぎると言うか」


 つまりガサツと言いたいのですね、わかります。

 俺はタルトをぺろりと平らげると、腹ごなしのお茶を飲んだ。ふー。

 では本題に入らせて貰おう。


「凄く美味しかったです、ご馳走様でした!……それで、お話いいですか?」

「元よりそのつもりですわ。わかることなら、何でも聞いて」


 ボリエヌ嬢は俺の顔から察したのか、姿勢を正した。

 そう、一学年の時に聞くつもりであった事を聞くつもりだ。

 まずは俺の書き取り板の事から尋ねた。ナナリエーヌ様に聞いたとおり、犯人は彼女だった。

 彼女は、今思い出すと恥ずかしいのか俯きがちに語った。


「魔道具を隠そうと思ったのは、元々考えていたわけじゃなくて、刹那的なものだったの。ついというか……」


 つい、で高価な魔道具を持っていくのはどうかと思う。貴族だから金銭感覚がおかしいのだろうか。


「ナナリエーヌ様が言うには、ただ隠しただけと聞きましたが」

「ええ、そうよ。守衛の方がとても紳士な方で、ついお喋りしながら保管室へ入ったのだけれど、魔道具が珍しいのか守衛の方が興味深く見てらして」

「守衛も部屋の中に?」


 オーシャの時は、部屋の外にいたと聞いたけど。


「ええ、でも何も触ってはいませんでしたわ。それで私が担当の箱を持っていこうとした時に……」


 ――これは一年生の棚ですか?

 ――ええ、そのようですね……。

 ――凄いですね、一年生からこんな物を使って勉強するのですね。とても大事に使っているのでしょうね。


 それでつい、守衛が先に部屋を出た際急いで抜き取り箱の下に隠したと言う。

 俺の教室や番号は、騎士団の修練場騒ぎの後、呼び出しする気まんまんだったので前もって調べてあったらしい。こわい。


「その後守衛はまた中に入りました?」

「いいえ、私が出た後鍵をかけて、一緒に戻りましたわ」


 うーん、守衛が犯人じゃないのか。

 とりあえずこれ以上聞けることないし、次の事を聞こう。

 魔瘴獣を出現させた、あの空き家の事だ。


「じゃあ次の質問いいですか?三人が使ったあの、寂れた館の事なのですが」


 ボリエヌ嬢がビクリと肩を震わせた。

 思い出したのだろう、あの魔瘴獣と、それをしでかした自分達の事を。


「ええ……、わかる事ならなんでも言いますわ」

「責めるわけではないので、気を抜いてください。ナナリエーヌ様がおっしゃるには、あそこはボリエヌ嬢が調べてきてくれたと」


 ついでに、ナナリエーヌ様はボリエヌ嬢を庇っていた事も伝えた。目の前の淑女は嬉しそうに微笑んだ。


「確かにあの無人の館の事はうちのメイドが持ってきましたわ。でも違うの、私メイドに調べさせてはいませんでしたわ」

「どういう事です?メイドが勝手にやったって意味でしょうか」

「ち、違いますわ!私付きのメイドは、私が幼い頃から私の面倒をみてくれて……とても大切なの。だから心配かけさせたくないし、色々と秘密にしてましたし」


 ボリエヌ嬢は焦って叫んだ。ああ、メイドに罪をなすりつけたいわけじゃなかったのか。良かった。

 彼女はテーブルの上の小さな箱を、俺に渡した。


 蓋を開けると、綺麗な紙が折りたたまれている。微かに良い香りがする。何だか覚えがあるような……。

 開くと、町の一部の地図が描かれていた。これはあの無人の館の場所とそこへのルートだ。

 その地図にはルートの他に、いくつかバツのマークが書かれていた。騎士の巡回場所なのだろうか。

 俺がナナリエーヌ様から受け取った招待状にはなかったから、意味がわからず写さなかったのかもしれない。


「これは?」

「いつだったかしら、ダンスパーティよりは前ね。メイドがこれを持ってきたの。描かれている地図の場所にも心当たりはないし、メイドはこれを渡してきた男にも見覚えがなかったと言っていたわ」


 という事はナナリエーヌ様がドレスの件でぶちきれる前なのか。


「そのメイドさんとお話できますか?その男の話とか聞きたいのですが」

「ええいいわ、少しお待ちになってね」


 テーブルの上のベルを鳴らす。すぐに小さな足音が聞こえた。


「あ、あ、お嬢様!目元が潤んでおります!何かありましたか?大丈夫ですか?」


 一人のメイドが駆け寄ってくる。そのままボリエヌ嬢の顔にハンカチをあて、おろおろしている。

 ああ、彼女がボリエヌ嬢の言うメイドか。……確かにこれは心配性だ。


「大丈夫よライゼ。お喋りしてるうちに、ちょっと色々と思い出してしまっただけ。それより、友人が貴女と話したいそうなんだけど、いいかしら?」

「わ、私にでしょうか?どのようなお話でしょう?」


 おどおどと不安そうに俺に目を向ける。


「私は平民なのでそんなに気を使わないで下さい。この紙を渡してきた男の事を聞かせて貰えませんか?」


 平民……、お嬢様が……、友人……?と目を丸くして呟いている。


「ううん、ライゼ……」


 ボリエヌ嬢が赤くなりながら咳払いをする。ライゼさんははっとして背筋を伸ばした。


「正確な日付は覚えておりませんが、その日いつものようにお嬢様のお召し物を仕立て屋に持って行きました。受付をすませ、お嬢様の好きなアプリコットの紅茶とクリームたっぷりのパウンドケーキを切らしていた事に気付いて」

「ライゼ!関係ないことは言わなくていいの!」


 ボリエヌ嬢が思わず声を荒げた。ライゼさんは再びはっとして、はいぃ!と直立する。


「えと、それで少し遅くなってしまって急いでお屋敷に戻ったのです。その時、暗い道の影からその男が声をかけてきたのです。その男はその紙を私に差し出し、『貴女の主が必要とする物です』と……」

「それでライザはそのまま受け取って、部屋に戻るなり私に渡してきましたの」

「怪しいとは思わなかったのですか?」


 俺の問いに、ライザさんはぽっと顔を赤らめた。


「その、素敵な方だったので……」


 ……おい!顔がよければ怪しくないのか!


「私には当然心当たりなんてありませんでしたし、それでライザと何があるか調べてみましょうって」


 見に行ったのか。貴族のお嬢様なのに意外と度胸あるなあ。


「私はお止めしたのです。私が見に行きますって。でもお嬢様が私一人には行かせられないって……」

「あ、貴女はいつも余計な寄り道ばかりするもの。この書かれたルート通りになんて行かないと思いましたの!それだけですわ」


 照れるボリエヌ嬢が微笑ましい。さんざん意地悪されたけど、知ってみれば根は思いやりのできるいい子だ。

 それで恐る恐る二人で地図通りに向かったが、特になにもなくただの鍵の開いた空き家があるだけだった。

 明るいうちに行ったので、全くではなかったが書かれているルートが人の少ない道だという事もわかった。


「それでどうしたんですか?誰か大人に相談とかはしたのですか?」

「いいえ、ライザではないですけど怪しくないのならばしばらくはいいかって、箱にしまっておきましたの。ダンスパーティーも控えてましたし、それ所じゃなかったですもの」


 俺への嫌がらせもあったしね!……口に出さないけど。


 そんなバタバタでしばらく忘れていたら、舞踏会の日、チャコリン嬢が慌ててナナリエーヌ様とボリエヌ嬢の元へ駆け込んできた。

 聞けば、俺のドレスがライアールからの贈り物だという。その時のナナリエーヌ様の顔は、青に近い白で無言で震えていた。

 取り巻き二人は、どう声をかけていいかわからず顔を見合わせていると、ナナリエーヌ様がやっと口を開いた。


 ――ねえ、協力していただきたい事があるの……。



 語り終えて、ボリエヌ嬢は息をついた。冷めてしまったであろう紅茶で、乾いた舌を湿らせる。

 俺は腕を組み考え込む。謎の男か、一体何者なんだろう。

 学園の守衛も、関係あるのかどうなのか。

 手がかりはどうやらイケメンだって事くらいだ。

 ……あの学園だと、そんな手がかり全く無意味だけどね!


「ダンスパーティーと言えば、私のドレスも隠しました?」


 舞踏会の話で、そういえばと思い出す。

 ボリエヌ嬢は、首を横に振った。


「あれはチャコリンが……。残念ながら、どうしたかまでは私も知りませんの。もしよければ、代わりを用意させてくださらない?」

「あ、いえ!特に必要な物でもないので、お気持ちだけ貰っておきます」


 慌ててお断りさせていただいた。犯人がわかればいいのだ。

 それがまた別の人物とかだったら、謎が増えてやっかいだし。


「そこまで言うなら、わかりましたわ。ではまた後になったら、貴女方の屋敷にマフラス苺のお菓子を届けさせていただきますわね」


 これには俺も素直に好意を受け取った。両手を上げて。

 ……しかし、それは国境から駆けつけた一人の騎士によってお流れになってしまった。

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