35.マフラスの町と苺日和 その二
「冬苺はね、マフラスの特産品なの。だからマフラス苺とも呼ばれてるのよ」
錫杖から光を飛ばし、クピリナ様が楽しそうに語る。
すぐ脇で、レノー隊長が狐大の魔瘴獣を斬り捨てる。
「聖女クピリナ、集中しなさい」
パジリスト様が思わずたしなめる。しかしクピリナ様は注意を聞き流していた。
パジリスト様はパラデリオン様と違って豪快な撃退はせず、騎士が討ちもらした小さな魔瘴獣を杖で突き刺していた。
マフラスの近くの街道は、その特産品を求めて他国からも往来があるという。
その為人も多く、魔瘴が生まれやすい。また、盗賊などの被害もたまに出ているらしい。
野党の類は騎士団や領主の兵士にまかせるとして、魔瘴は聖職者の出番となる。
街道は魔瘴避けのお守りが設置されているが、その周辺、それ以外の場所はこうやって浄化してまわるのだ。
宿営地からずっと、魔瘴の発生地を探しては処理をしている。
流石騎士達はまだ平気そうだが、パジリスト様とクピリナ様には疲れが見えていた。
オリガとオーシャは馬車に乗ったままだが、俺は手伝いを名乗りでた。
ただクピリナ様は、疲れを顔に見せたまま、喋り続けていた。メンタルが凄い。
「今はまだ収穫時期じゃないから青いままだけど、その時期になるとほんと凄いのよ。一面赤く染まって、どこにいても甘い香りが風に乗ってやってくるの」
「じゃあ行ってもつまみ食いできませんね」
俺の返しに、彼女はふっふっふと笑った。
「つまみ食いなんかしなくても、町へ行けば冬苺だらけよ。貴女達の年頃なら、あの誘惑にはあらがえないわ」
俺は魔瘴獣を蹴り上げた。そのままそれは霧散する。
素手で直接殴るのは怖いけど、靴の上からならまだやりやすい。
制服のスカートがひらりと舞った。
俺の傍で戦っていたルバートが、それを見て慌てる様により多くの魔瘴獣を斬り付けていく。
「近くに来たものは私が対処しますので、ノイルイー嬢はおやめください」
お願いしますと懇願され、光の玉を飛ばすだけにした。
「あらいやだ、お熱いわねえ」
マリガがそれにちゃちゃを入れる。俺は肩を竦めた。ほんと、恋バナ好きだなあ。
あらかた片付いただろうと、面々は馬と幌馬車へと乗り込んだ。
その際、マリガが擦り傷を作る騎士達の腕を癒していった。
さすが全てが優秀な彼女だ。余計な事さえ言わなければ。
「そろそろ耕地に入ります。広大な苺畑は壮観ですよ」
先を行くレノー隊長が幌馬車へと声をかける。
待ちきれないのか、少女達より率先してクピリナ様が身を乗り出した。
「あ、ほら!苺畑が見えてきたわよ!」
目が輝いている。今日ばかりは、食いしん坊の称号はクピリナ様に譲ろう。
一行の前に広がるのは、まさしく陽の光に緑輝く苺畑だった。
目に入る土地いっぱいに、支柱が順序良く並べられ、そこに太いツタが絡み付いている。
そのツタの隙間から、丸い梅干大の実が覗いている。あれが冬苺だろう。
まだ青いから、確かに収穫するにはまだかかりそうだ。
それでも、微かに甘いにおいが風に乗って感じられた。
手入れをする農耕人に、水やりをする農耕人、あそこで屈んでいるのは土の様子を確認しているのだろうか。
「凄-い!あんな遠くまで苺がなってるんだ」
オーシャがおでこに手をかざし、遠くを見渡す。
これが全て熟したら最高だろうな。
俺は昨晩クピリナ様にわけてもらった冬苺の、溶ける様な甘さを思い出して生唾を飲みこんだ。
苺畑を抜けると、大きく開けた門が目に入った。
肥料や農耕具を積んだ荷車が行き来している。
門の脇には、汗を拭い腰を下ろし一息ついている耕作人の姿もあった。
水を配る女性と軽口を叩きあい、まなじりに皺を寄せている。
スピードを落とした騎士と幌馬車の一行は手を振りながら門を通過した。
途中この町の衛兵か、兵士が駆け寄り案内を買って出る。
俺達は聖都とはまた違った町並みにはしゃいだ。
石とレンガが積み上げられて造られた建物は、白や茶、赤色のカラフルな壁がとてもかわいい。
同じ様な造りの風車も建っている。羽根車の下部分が黒いので、魔道具が差し込まれているのかもしれない。
そこかしこでマフラス苺の天日干しや、ワイン樽の荷運び人、売店入り口で客寄せをする女性店員などの姿が見られた。
どこも活気良く、呼びかけや人々の笑い声に満ちていた。
「蜂蜜漬けにマフラスパイ、シフォンケーキにかかる冬苺ジャムにタルト……。クピリナ様じゃないけど、これを見せられて我慢しろとか辛すぎるわ……」
オーシャが過ぎていく風景を、恨めしそうな目で追っていった。
「大丈夫!北マフラスに入ったらお茶を頂きましょう。そこでお菓子を堪能できるわ」
クピリナ様がうなだれるオーシャの肩に手をかける。
パジリスト様がやれやれと頭を振った。
「北マフラス?」
という事はここが南なのだろうか。尋ねると、クピリナ様は頷いた。
「南マフラスはこの見ての通り、冬苺の加工場やそれを売る商店街のつまった観光地ね。一般市民の住居もここ。北マフラスは貴族向けの売店と施設、領主様の屋敷と教会があるの」
道を真っ直ぐ進むと、また大きな門が見えてきた。そこも大きく開かれていて、往来を見るに平民にも開かれているようだった。
お金があれば平民でも貴族向けの高級店で買い物ができるというわけだ。それに、教会へ祈りにだって行くだろうし。
門を通過する際、案内をする兵士と門を守る兵士が敬礼しあう。
北マフラスは、教会を中心にアーチ状で建物が建てられていた。大きく目立つ屋敷は、領主のものだろうか。
こちらの建物は、レンガ造りで揃えられていた。
南マフラスでは雑多だった通りも、ここでは生い茂る垣根で整頓され、区切られていた。
ただちょっときっちり区切られすぎて、目的地まで遠回りしないといけなそうだ。
近道がほしいが、高貴な人は横着などしないのだろう。
幌馬車は更に奥に進み、別の屋敷の前で停まった。
その屋敷の前に、迎えなのか僧衣を着た少女が立っていた。
「遠路お疲れ様でした。お休みはこちらの屋敷になります。司祭様と聖女の方々は、教会まで私が案内させていただきますわ」
「あっ!」
見覚えのある顔に、思わず叫ぶ。
「お久しぶりね、ノイルイー嬢。おかわりはないかしら?」
ボリエヌ嬢が、俺にに向かってにっこりと笑った。




