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34.マフラスの町と苺日和 その一

 本日は実地訓練の日です。もとい、社会見学。

 前回もそのはずだったが、魔瘴獣が現れてハードな実践訓練となってしまった。

 本来はもっと実地訓練は行われているはずなのだが、最近は魔瘴が頻繁に発生して、安全の保障ができないと伸びに伸びになってしまっていた。

 聖都にいるおかげでその実感はなかったが、離れた地では被害が結構でているらしい。

 学園でも、生徒達の聖女の力が減ったり戻ったりと不安定で、大丈夫なのかと不安になる。


 今回の俺のグループは、俺とオーシャとマリガだ。

 オーシャには、前に俺が貴族令嬢に捕まっているのを助けられた事がある。

 マリガは、成績優秀で実技でも力の具現化に成功している。


「今日はよろしく、二人とも」


 前と同じ様に、学園の敷地の門前で待ち合わせだ。

 ただ今日は、幌馬車に乗るのは町の外でなので、迎えの騎士が来たら一緒に町の東門へ向かう事になっている。


「おはよう、こちらこそよろしくね」

「よろしくね」


 オーシャとマリガが微笑んだ。

 まだ迎えの騎士は来ていない様だった。


「全く、聖女様を待たせるなんて駄目ね」


 マリガが腕を組んだ。


「まだ時間より早いし、仕方ないわよ」


 オーシャが苦笑しながら騎士をフォローした。

 そんな話をしていると、騎士が一人門から歩いてくるのが見えた。


「お待たせして申し訳ありません。お迎えに上がりました、それでは東門へ参りましょう」

「いいえ、全く待っていませんわ」


 マリガが即答した。

 俺とオーシャはつい顔を見合わせてしまった。



 東門を出ると、他のメンバーは全て揃っていた。

 幌馬車も、前より大きい。


「聖女クピリナよ、よろしくお願いしますね」


 赤い髪を揺らし、クピリナ様はにこりと笑った。

 コフィル様より若い女性だ。


「私は司祭のパジリストと申します。この試練を、無事乗り越えられるよう女神様に祈りましょう」


 パジリスト様は真面目そうな中年男性だ。

 騎士達もそれぞれが紹介を始める。


「このクピリナ小隊の隊長を務めます、レノーと申します。マフラスへは少し遠いですが、皆様に不自由の無い様、心がけさせて頂きます」


 レノー隊長が微笑むと、マリガが「素敵……」と手を合わせ呟いた。

 その後に隊員である騎士様達が名乗ってくれるけど、何せ八人もいるから覚えてられない。

 前の時より増えてるのは、最近魔瘴が活発化しているからだろうか。

 それよりも印象強く残ったのは、騎士達が名前を言い礼をとるたびに、マリガがうっとりした事か。

 惚れっぽすぎだろ!彼女はきっとリリシュと気が合う事だろう。


 紹介しあうと、各々馬にまたがり幌馬車へと乗り込む。

 目的地はマフラスの町。国境近くの町だ。

 前と同じ様に道中の魔瘴を潰しながら、向かう。

 今回はその距離から、確実に野宿が挟まれるだろう。

 魔瘴退治のために、道中森も入るからなかなか忙しなさそうだ。


 しばらくゴトゴトと馬車に揺られる。

 前の幌馬車より大きく、中の横長の椅子は柔らかく座り心地がいい。

 外を覗くと、まだ聖都が近いせいか魔瘴の姿は見えなかった。

 このまましばらくは街道を走る。



 聖都が見えなくなり、だいぶたった頃に、魔瘴はぽつぽつと姿を見せた。

 街道沿いのものは、ねずみや兎大の大きさで、それは馬上の騎士達が蹴散らして行った。


「そろそろ森に入ります」


 レノー隊長の声が聞こえた。

 森といっても、道は舗装されているので馬車も通れる。

 ここは毎回こうやって魔瘴の駆除ルートに入っているから、北の森程鬱蒼とはしていない。

 ここから、野営地までは司祭様と聖女様も馬車から降りて魔瘴の駆除に参加する。


 クピリナ様は手に持つ錫杖から白い光をだし、コフィル様の様に小さな玉を一行の周りに浮遊させた。

 これで弱い魔瘴の霧は近づけないだろう。

 ……手からじゃなく、杖からってのもかっこいいな。これ、剣でもできるのだろうか。

 ホーリースラッシュ!とか叫びながら光の斬撃とか出せないかな。


 聖女の卵は、幌馬車で待機だ。しかし、見学も重要なので後部座席から覗き見する。

 前の方での戦闘は、立って覗き込まないと厳しいので馬車が揺れるとよろけそうになる。


「ノイルイー、危ないから一緒に後方の皆様を見学しましょうよ」


 危なっかしいと思ったのか、オーシャが俺に声をかけた。


「そうよ、私達は優雅に高みの見物なのよ。それに後方なら、騎士様の正面顔を見れるのよ。前方は、背中しか見えないわ」

「ちょっと!私そんな意味で言ったんじゃないわ」


 マリガの邪な見学に、オーシャが怒る。


「まあまあオーシャ。馬車はゆっくりだし、大丈夫だよ。ありがと」


 二人に苦笑し、俺は再び前方に目を戻した。



 野営地で、野宿の準備が執り行われている。

 柱を立て、テントを立てる。よくある三角形のものだ。

 寝るだけの低いものではなく、大人が立てるくらいの大きさだった。

 その前では火が起こされ、食事の準備がされていく。

 下味を確かめながら鍋をかき混ぜているのはオーシャだ。


「うちで作ってただけだから、美味しいかわからないけど」


 恥ずかしそうに笑う。

 家庭料理、いいじゃない。芋のスープだって、作る人で味も変わる。


「料理を作る騎士様の姿も、見たかったけどねえ」


 マリガが火の前に腰をおろす。


「また貴女そんな事言って……」


 オーシャは吊り上げた目を、マリガに向けた。

 うふふ~、とマリガは笑っている。


 周辺では、キャンプ地を囲むように四方へと先に黒い石がついた棒が突き立てられた。

 その黒い石には、見覚えのある聖なる文字。

 魔よけ書きのバイトで、何度も見て書いた文字だ。

 クピリナ様が、その石に触れていくと、先端が白く光っていった。

 結界みたいなものだろうか。

 パジリスト様は、幌馬車のへりに腰をかけていた。


「ねえオーシャ、私にも手伝えることない?」


 何だか手持ち無沙汰で、オーシャに尋ねる。

 料理はできないけど、近くの川で水汲みとか薪になる枝を拾って来いとかないかな。


「ではそこの小川で、この瓶を冷やして来てくれないかしら」


 返事は背後から聞こえた。

 振り向くと、赤い実が入った小瓶を、クピリナ様が嬉しそうに持ち上げていた。


「何ですかそれ?」

「うふふ、冬苺よ。冷やすと甘くて美味しいの!」


 少女の様に目を輝かせている。

 魔よけ作業で忙しいクピリナ様のかわりに、引き受けた。


「ではちょっと行って来ますね」

「あら待って、近いからって一人では駄目よ。誰か彼女についてやって?」


 クピリナ様に止められ、待っていると一人の騎士が駆けつけてきた。


「私がお供します。さ、行きましょうノイルイー嬢」


 その騎士は嬉しそうに俺を促した。

 名前、なんだったかな……。


 小川へ瓶を浸すと、俺はその辺の石に腰を下ろした。


「しばらく暇ですね」


 騎士へと笑いかける。

 騎士はまた嬉しそうに笑い返した。

 やけに愛想のいい人だ。


「また貴女とご一緒できて嬉しいです、ノイルイー嬢」


 知り合いの様だった。やばいぞ、思い出せない。

 ここでお名前何でしたっけ、なんて言ったら駄目だよね……。

 今日も朝に自己紹介されてるのに。

 でも下手にごまかして、ばれた時の方が悪いかな。

 悩んで返答に困っていると、察したのか騎士は苦笑した。


「貴女は必死でしたでしょうし、覚えていないかもしれませんね。私はコフィル隊で貴女に命を救っていただいた、ルバートと申します」

「ああ!あの時の!……怪我は、どうなりました?」


 最初の実地訓練で、護衛をしてくれた騎士様だった。

 北の森で現れた魔瘴獣の爪に倒れ、俺が無我夢中で癒したんだった。


「もうすっかり。……あの時は死を覚悟していました。改めて御礼を言わせてください」


 ルバートは俺の前に跪くと、深く頭を下げた。


「いえいえ!そんな頭下げないで下さい、こちらも守っていただいて同じくらい感謝しているので!」


 慌てて頭を上げさせる。その手に、ルバートがそっと触れた。

 どこか恍惚とした表情で、俺を見上げている。


「何と謙虚でお優しい。命を懸けて御身を守ると、お約束します」

「あ、ありがとうゴザイマス……」


 えーと、今回の護衛の話だよね?



 冬苺の瓶を片手に、焚き火の元へと戻るとマリガがにやにやしていた。


「うふふ、随分いい雰囲気だったじゃない。羨ましいわあ」


 川が見えるという事は、俺達も丸見えだったという事だ。

 悪気がないとはわかるけど、あの騎士にちょっと文句を言いたくなった。


「マリガ、からかうもんじゃないわ。ノイルイー、食事にしましょ」


 オーシャが湯気の立つ木の器を、俺に掲げて見せた。

 待ってましたと俺のお腹が返事をした。

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