33.ザーグルのおっさんと第二騎士団 その二
「ああ!思い出した思い出した!そんな報告聞いた様な気もするな!」
がははと豪快に笑うザーグルに、細身の男は呆れた目をする。
報告、という事は教会関係者なのだろうか。
尋ねると、
「ああ、俺は第一騎士団、この無愛想な奴は第二騎士団に所属してるぜ」
あっさり教えてくれた。
第二騎士団、初めて見たな。第一騎士団が一番強いって事くらいしか知らないけど、第二騎士団はどんな所なのだろう。
今度プラゥに聞いてみるか。
「第一騎士団と第二騎士団って、よく一緒に行動するんですか?」
素直な疑問だ。合同訓練とか戦線で組む事はあるだろうけど、こんなごろつき退治でも組むんだろうか。
いや、二人とも私服に見えるし、ただのプライベートなのかもしれない。
「まあそんな時もあるが、こいつはちょっと特殊でな」
「ザーグル様、余計な事は言いません様」
残念、遮られてしまった。
細けえなあと笑うザーグルは、ごろつきを抱えながら俺の目線にしゃがんだ。
「それより俺達はこいつを持ってくが、嬢ちゃんはどうする?どこに行こうとしてたんだ?」
聞かれて、慌てて本来の目的を思い出す。
そうだ、商品券をザーグルの肩の上の男から返してもらわないと。
「店でその男に私の商品券を盗まれまして、できれば返してほしいのですが」
「お、そうだったか」
よっと、また荷物の様にごろつきを地面に降ろす。
俺がそいつの体を漁ろうとすると、細身の男に止められた。
「私がやります」
俺が返事をする前に、さっさと懐やポケットをまさぐり始めた。
はしたないと思われたんだろうか。
「いやあ優しいねえ」
「黙ってください。……これですか?」
ザーグルがにやにやしている。
細身の男はザーグルに冷たく返すと、ごろつきから抜き取った商品券の束を俺に見せた。
「あ、そうですそうです、これです!助かりました」
受け取り、今度は無くさぬようにとぎゅっと胸に抱く。
商品券ちゃん、もう二度と離れたりなんかしないからね!
「じゃあ、俺はこいつを持って行くぜ。お前は嬢ちゃんを送ってやれよ」
ザーグルはまた豪快に笑うと、ごろつきを担ぎなおし行ってしまった。
一気に喧騒が去り、静かな空気が包む。
しばらく互いに無言だったが、横に立つ男が一歩歩き出した。
「では行きましょう。目的地はどこですか」
「え、いや、一人で戻れますので大丈夫です。そんなお手数おかけするのは……」
意外にも嫌がるかと思ったが、普通にザーグルの言う事を聞く様だ。
だが俺もわざわざエスコートして貰わなくても、さっきのごろつき程度なら平気だ。
……逃げられたけど。
「強いからと一人で行かせるわけにはいきません。私も騎士団の一員ですので」
そりゃそうか。見習いといえど聖女をこんな裏通り、しかもごろつきがいた場所に放置はできないか。
そんな事をしたら、騎士団の矜持にかかわるのかもしれない。
「わかりました、では大通りまで……」
「もう陽が落ちます。今日は帰った方がいいでしょう」
あ、はい。結局、学園の敷地まで送って貰う事になった。
途中、せがんで生活雑貨と家具のお店に寄ってもらった。
「すみません、買うつもりだった商品カウンターに置きっぱなしにしちゃってたもので。お会計もすませる事できました」
店の前で待つ男に、俺は今更ながら名前を尋ねた。
割と秘密主義者みたいなので、何か影響があるなら無理にはいいですと断っておいた。
「構いません、私の名はピルドアと言います」
「わかりました、ピルドア様ですね。よろしくお願いします」
学園の敷地までの道中、おすすめの屋台の話などをした。
主に俺が喋ってるだけだけど。返事が薄くとも、気にならなかった。
褐色の肌に、ピルドアの性格が、どこかプラゥに似ていたからかもしれない。
「では、私はこれで」
門前へと着き、ピルドアは礼をとると背中を向けた。
俺はその後姿に、お礼と別れの挨拶を叫んだ。
「第二騎士団?」
「そう。第一騎士団と第三騎士団はよく話に聞くけど、第二騎士団はあまり聞かないなって思って」
本から顔を上げ、プラゥは少し考えるような仕草をした。
「第二騎士団は遠征が多いから、あまり聖都にはいないと聞いた。あと、特殊な仕事もしてるって」
「ほー、そうなんだ」
特殊って、ザーグルも言っていたな。
ピルドアのあの身のこなし、諜報とかだろうか。……暗殺とか、だったらどうしよう。
いや、そういう裏の仕事だって、あるかもしれない。あまり深くは入り込まない様にしよう。
プラゥはまた本を読む作業に戻った。時折、テーブルに広げた紙へ何やら書き込んでいる。
ちらっと覗くと、歴史の年代やその時代に起こった事などが書き込まれていた。
授業が終わった後も勉強……。俺にはとてもじゃないができそうもない。
今居るこの図書室も、プラゥに用事でもなければ来る事はないだろう。
何をするでもなく、プラゥの作業を見つめる。
書き込まれた紙が、何枚にも重ねられていく。
その度に、紙の音がカサリカサリと鳴った。
「紙ってさー……、もっと貴重かと思ってた」
目の前で重なっていく紙を見ながら、呟く。
「うん、私も。ここ来た時、もったいなくて使えなかった」
「同じ同じ。貴重品のごとく扱ってたのに、お店の梱包とかに、普通に使われてるし……」
屋台ですら、包み紙に使っている。
それはそれ程この国が豊かだからだろう。
「もっと貴重な魔道具、あるから」
そりゃそうか。そっちの方が、遥かに貴重だ。
北の地でしか取れない、魔力の篭った鉱石。
それから作られる魔道具は、広範な用途に使われている。
まあ、一般市民が使うようなのは、混ざり物が多いだろうけど。
孤児院へ贈る暖房器具は、ちゃんとしたのを買いたいな。
本へと目を落とすプラゥを見ながら、同じ肌を持つ騎士団の青年と、陽気な熊の様な男を思い出していた。
また会う事もあるのだろうか。
ぼんやりと思っていたら、うつらうつらしてきた。
はじめは図書室の、この騒いではいけないと牽制されている様な張り詰めた空気に緊張していたが、それが慣れてくると静かな中微かに聞こえる紙の音に眠気を誘われた。
今度、いつお店行こうかな……。
かさり、かさり。プラゥが鳴らす紙の音に、目をそっと閉じた。




